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9話

荒れ果てた墓地の中にある一台の魔道車。

灰色とくすんだ青色の塗装が所々剥げてしまっているその魔道車の前には、三人ほどの人影があった。


一人は手持無沙汰に何もせずに立っている。

もう一人は地面に腰を下ろし、工具らしきものを周囲に並べて残りの一人、何らかの作業の為か、魔道車の下に潜り込んでいるため下半身だけが見えている人物の出す声に従って、並べた工具をその都度淀みなく受け渡ししていた。


立って二人の作業を眺めていた男、不思議と不潔さを感じさせない短い無精髭にブラウンの髪をしたブロドが、その頭を擦りながら声を出した。


「あー、どうだダニガン。何とかなりそうか?」

「まあまあってところだな」


魔道車の下に入り込んでいた人物、声からして間違いなく男だと分かるその人物が、そのままの姿勢でブロドの問いに答える。

それからすぐ、小さな掛け声と共に、魔道車の下からぬっと男が抜け出してきた。


顎にたっぷりと髭を蓄えたその男はその場で立ち上り、声を漏らしながらぐっと伸びをした。

大柄なその男は見た目で五十代といったところで、くたびれた灰色のつなぎを着ている。

袖をまくったその太い腕の先には黒ずんだ白い手袋を両手にしており、今の今まで使っていたのだろう工具を握っている右手で腰を軽く叩き、反対の左手で額に浮かんだ汗を拭った。


おかげで額が黒く汚れてしまったが、そんなことはこれっぽっちも気にしていないのか、ブロドに向き直ったその男ダニガンは、続けて口を開いた。


「予定よりも色々手に入ったからな。手の届くはずじゃなかった所も何とかなりそうだ」

「不幸中の幸い・・・と言っていいのか」


小さく苦笑するブロド。

そこに、広げられたままの周囲の工具を整理していたもう一人、腰を下ろしたままでもその背の低さが分かる女性が口を挟んだ。


「でも、本当に良かったんですか?」


そう言って顔を上げたその女性は、下ろすと長いのであろう艶のある綺麗な黒髪を頭の後でまとめており、その顔は見た目で言えば二十歳ぐらい、ひょっとしたらもっと若く見える外見をしていた。


「良かったって、何がだホノカ?」


ダニガンが言うと、ホノカと呼ばれたその女性は一度ダニガンの方を向き、それからその黒い目をある方向へと向けた。


「あんなことして、後でどうなるか分かりませんよ」


ホノカの視線の先にはジルによって倒されたタイタン、の無惨な残骸が地面に転がっていた。

堅牢な外装は殆ど剥がされ、無傷で残っていたはずの腕と足は胴体から切り離され、内部の部品は細かく分解されて辺りに無造作に転がっている。


「なーに言ってやがる。こんだけ迷惑をかけられたんだ、部品の一つや二つ貰っても構わねえだろ」


ダニガンは同じくタイタンの方に視線を向けると、鼻を鳴らして言う。

ホノカはその言葉に苦笑を交えて言葉を返した。


「一つや二つって・・・修理に使わない物も含めて、重要な部品は殆ど抜き取ってるじゃないですか。あれで幾らすると思ってるんです」

「元手は掛からないしな。最低価格で売り払ったとしても、うはうはじゃないか」

「そういうことじゃないんですけどね」


そう言って助けを求めるようにブロドに視線を送ったホノカ。

ブロドは視線に気が付くと、一つ咳払いをしてから話し始めた。


「ホノカの心配も分かるが、まあその辺は大丈夫だろう。どうせ警備団はこの戦いを公にしない、いや出来ないはずだ。あのタイタンも、最初から存在しなかったことになるだろう」

「でもタイタン一台が殆ど全損ですよ、無視できるレベルじゃないと思うんですけど」

「そうだな。だがどうも出来ないだろう。物が物だけに部品を売れば確実に足がつくが、警備団がこの戦いを公にしない以上、事実はどうあれ俺達はなにもしていない。確実に目をつけられることにはなるだろうが、そうなっても今更だろう?」


そう言って笑うブロドに、ホノカは少し引きつった笑みで返す。


「簡単に言いますね」

「お前さんは気にしすぎだホノカ」


ダニガンは両手の手袋を外してつなぎのポケットにねじ込むと、顎に手をやって蓄えた髭を撫でる。


「理由は知らんが、喧嘩を売ってきたのは向こうで、話し合いの余地は無かった。当然こっちは大人しく殴られる気がない。だったら、どうしたって関係は悪くになる。今更ぶっ壊したタイタンの部品がどうので変わるもんじゃない」

「・・・ぶっ壊したのは私達じゃないですけど」

「敵の敵は味方なんて甘いことは言わないが、あの坊主がいなけりゃ、こうして呑気に話も出来なかったかもしれないんだ。それは頭に入れとけよ」


ダニガンがため息まじりにそう言うと、手に持っていた工具を少し手荒に工具入れにしまったホノカは、不貞腐れたようにそっぽを向いた。


「分かってますよ。降って湧いたような現状に、少しムシャクシャしてるだけです」

「だから、お前さんは気にしすぎなんだよ。襲ってきた奴等を返り討ちにして、その戦利品を売った金で良い酒が飲める。それぐらいで良いだろ」

「・・・良い訳ないじゃないですか、仲間が二人も死んだんですよ」


睨み付けるようなホノカの視線を受けても、ダニガンは少しも気にした様子を見せずに言葉を返す。


「知ってるさ、ダンジとラッツだろ」

「だったら・・・」

「ダンジは酒の趣味は合わなかったが気の良い奴だった。ラッツは酒が弱い癖にいつも沢山飲んで、俺に面倒を掛けさせた。二人とも俺の飲み友達だったよ」


ホノカの声を遮るように話し始めたダニガンは、淡々と言葉を続ける。


「あいつらが飲めなくなった分を、変わりに俺がたらふく飲んでやる。弔いってわけじゃねえが、俺にはそれぐらいしか出来ないからな」

「・・・」

「はい。そこまでにしろ」


ブロドが手を叩き言ったことで、二人の視線がブロドに向けられた。


「ホノカ、ダンジとラッツは残念だった。そのせいでお前がおくびょ、いや、心配になるのは分かるが、落ち着いて考えてみろ。奴等にどれだけ気を使ったところで、確実にもう一度は戦うことになる」

「・・・本当にそうでしょうか」

「あれから結構な時間が経つが、俺達をここから逃がさないように周りを囲んでいるだけで、向こうは歩み寄りの姿勢を見せていない。このまま何の保証もなく、その歩み寄りの姿勢を待つことはそれこそあり得ない」


このまま待った挙げ句に再びタイタンが、なんてことは流石に無いだろうが、増援が来るというのは普通に考えられることだ。

ホノカはそこまで考えて小さく頷く。


「それは、そうです」

「なら、戦いになる覚悟でこっちから動くしかないだろ。もちろんそれで平和的な解決に落ち着く可能性もあるが、相手は有無を言わせずに殺しに来るような奴等だ。期待するだけ無駄だろう」

「・・・」


それきり黙りこんでしまったホノカ。

そんなホノカを僅かに眉を寄せて見ていたダニガンに、ブロドは続けて言葉をかけた。


「それからダニガン」

「ん。俺もかよ」

「酒は控えろと先生に言われたはずだぞ。ちゃんと制限はしろよ」

「・・・そう言うあいつが煙草を止めない限り、俺も控える気は無い」


ダニガンは最近少し気になり出してきた自身のお腹を擦りながら、目線を横にずらして若干苦しそうに答えた。

そんな様子に、ブロドは頭を掻きながらため息をつく。


「まったく・・・」

「なんだよ」

「何でもない。とにかく、早いとこ作業を終わらせてくれよ」

「・・・ふん。九割がたは終わったところだ。後はホノカの魔力に最適化するための微調整だな。頼むぞ運転手」


ダニガンはホノカに向かって言うと腰を下ろして、地面に広げられた工具を片付け始めた。


「分かってます」


傍らのホノカも小さく短く了解の意を伝えると、片付けを手伝い始める。

ブロドはそれに続かずに、車に視線を向けて言う。


「つまり完了ってことだな」


ダニガンとホノカが手を止めてブロドを見る。

視線に気が付いてブロドがそちらを向くと、ダニガンが口を開いた。


「おい話し聞いてたか?」

「・・・なあ、いつも思うんだが、その微調整は必要なのか?」


質問に質問で返したブロドに、ダニガンはその場で立ち上がり、傍らの車の側面に手を当てて得意気に答える。


「タイタンでもあるめぇし、車両には普通必要ないな。だが、俺が弄るからには普通じゃ終わらせねえ」

「・・・やるかやらないかで全く違ってくるのは事実ですし、実際に運転する身としてやらないというのは・・・」


ダニガンに続いてホノカが遠慮気味な語気で、しかし確りとブロドを見据えて言った。

ブロドは困ったように眉根を寄せながら頭を掻く。


「何だかんだ仲良いよなお前ら。まぁ、二人がそう言うなら止めはしないが、さっき言ったように早く終わらせてくれよ。意外と早く、あっちの方も答えが出たみたいだしな」


そう言ってブロドは後ろを振り向く。

少し遠くに二つの人影があった。

ブロドが面白い物を見たような笑みを浮かべる。


「ほお・・・あれは予想外だったな。あいつ意外と手が早いのか?」

「なぁおいあれって・・・まさか」

「私には手を繋いでいるように見えるんですけど・・・リブが」


そう。そこには手を繋いだジルとリブがいた。

リブがやや先行するようにして前を歩き、それに手を引かれるように歩くジルが、若干俯かせた顔を落ち着きなく動かして周囲に視線を向けている。


「あのリブが」


ホノカが繰り返して呟く。

その声は静かではあったが、内心の驚愕が手に取るように分かるという不思議なものだった。


顎に蓄えた髭に手をやりもてあそび始めたダニガンが、ブロドと同種の笑みを浮かべて口を開く。


「こいつはまた珍しいもんを見たな。あのリブにもいよいよ春か?先を越されたなホノカ」

「い、言っておきますけど、私にだって春くらい来たことありますからねっ。これでも故郷では『小さい大和撫子』って呼ばれてたぐらいなんですから」

「ヤマト・・・何だって?」

「ヤマトナデシコ、です。故郷の言葉で、簡単に言うと美人って意味ですね」


無い訳ではないが主張の控え目な胸を張り、どこか得意気に言ったホノカ。

ダニガンとブロドの視線がその胸の辺りに向けられると、視線に気が付いたのか、ホノカが不審そうにダニガンを見て言う。


「何です?」

「いや、確かに小さいなと思ってな」

「・・・最低ですね」


冷ややかな視線をダニガンに向けるホノカ。

全く意に介していないダニガンとは違い、ブロドは気まずそうに一つ咳払いをして二人の注目を集めると話し始めた。


「本当に仲が良くて結構だが、二人とも早く作業に戻ってくれ」

「ブロドさんの視線にも、ちゃんと気づいてましたからね」

「・・・」

「おう、そうだったな。行くぞホノカ。さっさと終わらせちまおう」

「はいはい。分かりましたよ」


ダニガンとホノカは残っていた工具を手早く片付け終えると、ダニガンはブロドに短く言葉を残してさっさと歩いていき、ホノカは最後にもう一度ジルとリブの方に視線を向けて、何処か名残惜しそうにダニガンの後を着いていった。


ブロドは魔道車に乗り込む二人を見送ると、静かに目頭を指で押さえて目を閉じた。

しばらくそのままでいると、やがて二人分の足音がブロドに近づいてきて、聞き知った声がかけられた。


「ブロド、ちょっといい?」

「ん、ああリブか。ジルは見つかったみたいだな」


ブロドは振り替えってリブ達二人を視界に納めると、繋いだままである二人の手元に視線を落とした。

その視線に全く反応しなかったリブとは違い、ジルは顔を一層赤くして俯いた。


「うん、お墓参りしていたみたい」

「あー・・・なるほどな。で、どうしたんだ?」

「ジル」


リブが何か促すようにジルに振り返ると、ジルは俯かせていた顔を上げて頷き、若干名残惜しそうに繋いでいた手を離した。

そしてそのままブロドに顔を向けると、ゆっくりとリブの前に進み出て口を開く。


「えっと・・・その、答えが出ました」

「そうか、それで?」

「俺を・・・俺をブロドさん達の仲間に入れてください!お願いしますっ!」


自然と頭が下がった。

ブロドはその差し出された頭に無言で手を置くと、ぽんぽんと軽く叩きながら言う。


「お願いときたか。それはちゃんと、お前自身が決めたことなんだな」

「は、はいっ。そうだと思います」

「言い切れ」

「そ、そうですっ」


頭に手を置かれているため顔を上げることができないジルは、そのままの姿勢で短く答える。

ブロドはにやりと笑い、髪の毛をわざと乱すように少し乱暴にジルの頭を撫でる。


「よし。ならき使ってやるから覚悟しとけよ」

「ちょっ、わっ、分かりましたから」


ブロドの手から逃れたジルは、乱れた髪を手で押さえてブロドから少し距離を取る。

その様子にブロドはニヤリと笑みを浮かべた。


「もうすぐ動き始める。その時、たぶんだが早速働いてもらうことになるだろう。中に入って適当に休んでろ。リブ、案内してやってくれ」

「うん、分かった。ブロドは?」

「外の様子を少し覗いてから戻る」


そう言って二人を通り過ぎて行ったブロドは、肩越しに手をひらひらと振って去っていった。

その後ろ姿を頭に手をやったままの姿勢で呆然と眺めていたジル。その横に同じくブロドの背中を見詰めるリブが並んで口を開く。


「あっさりしてて驚いた?」

「え?あ・・・うん」

「面白いでしょ、ブロド。何でもないようにしているけど、あれでも結構喜んでるんだよ?ちょっと分かりにくいけどね」


そう笑みすら浮かべずに言うリブに一言言いたくなるジルであったが、何とか堪え、遠くなっていくブロドの背中にもう一度視線を向ける。


どうにも実感が湧かない。

たった今、自分はあの退屈な日常から一歩踏み出すことが確定したのだ。

にも関わらず、いまいち実感が湧かない。

もっと晴れやかな気分になると思っていた。

これからに期待できると思っていた。

こんな物なのだろうか。

何かが足りない気がする。


「じゃ、行こうか」


呆然と立ち尽くすジルに、リブが声をかけた。

はっと気が付いたようにリブに顔を向けるジル。


「えっ・・・と、行くってどこに?」

なか。案内してくれってブロドが言ってたから」


リブは傍らの魔道車の側面にある、タラップの付いたドアの方に体を向けて答えた。

ジルはリブの視線の先を追って納得の声を出す。


「ああ、これの中」

「うん。広いしよく分からないでしょ」

「そう、だね」


病室にいたことはあるが、そこから外に出る時には体を治してもらったヤノックに案内してもらっただけで、車内がどうなっているのかは殆ど把握していない。

興味はある。

それに何より、再び二人きりである。


「何やってるの?行くよジル」


リブの声に思考を中断して顔を上げると、既にタラップに足をかけ、ドアの取っ手に手を伸ばしているリブがそこにいた。

ジルは小走りでそちらに向かいながら言う。


「ごめん。ちょっとぼーっとしてた」

「いいけど、着いてきてね」

「分かった」


ジルの返事を聞くと、リブはドアを開いて中に入り、振り向いてタラップの下にいるジルに手を伸ばした。

細く長いしなやかな指。その女性らしい綺麗な手に、ジルは僅かに見とれた。


「さあ」

「あ、ありがと」


遠慮気味にジルは差し出されたリブの手を握り、引き上げられて魔道車の中に入った。

柔らかくひんやりとした感触がジルの手から離れる。


「・・・」


ジルが呆気なく離されてしまった自身の手を見つめて立ち止まっている間に、リブは行くよと小さく声を残して先を進んでいく。

リブの声に引き寄せられるように顔を上げたジルの目の前に広がっていたのは、十メートル程の長くて狭い通路だった。


「・・・おお」


少しの間呆気に取られていたジルだったが、やがて思い出したかのように後ろのドアを勢いよく閉めると、先を進んでいくリブの後を追い始めた。


通路の左右には合わせて四つの扉があり、今はどれもが閉まっている。

天井には端の方に大小幾つかの管が剥き出しで走っているのが見て取れるが、先を辿るとどれもが壁の中へと続いているため、管の先がどこに繋がっているのかは確認できない。

壁の上部には照明が付けられており、そのうちの奥の方にある一つがちかちかと弱々しく点滅していた。


ジルは不思議そうに視線を彷徨わせる。

どういう理屈なのか一応は簡単に聞いているが、改めて見るとやはり不思議である。

外観から想像できる中の広さと違いすぎるのだ。


「この辺りの部屋は殆ど物置きになってるんだ。で、突き当たりに見えるあれがトイレだから、覚えておいて」

「物置き、トイレ・・・あるんだ、車の中に」

「?当たり前でしょ」

「ど、どうかな」


後ろのジルを振り返り小首を傾げるリブは、しかしそれを言葉にすることなく歩みを進め、突き当たりまで行って一度足を止めた。


「ここを左に行くと運転席とか、あとはまあ比較的重要な場所が色々あるんだ。行く機会はあんまりないと思うけど、一応覚えておいて」

「分かった」

「それじゃあ、次はこっち」


頷くジルを見て満足したのか、リブは突き当たりの右手の通路を進み始める。

そこは先程よりも少し短いくらいの通路が続いており、先の方で十字に分かれているようだった。

リブは慣れた様子でその十字路まで行き、後ろを着いてくるジルを振り返る。


「ここを左に進めば売店と食堂と、あとは大きな倉庫があるから。右には体を動かすのに調度いい少し広い部屋が幾つかあって、あとはシャワールームと体を鍛える為の器材とかも何個かあったかな。で、真っ直ぐ行くと居住エリア」

「倉庫って」


ジルはたった今通ってきた通路を振り返る。


「ああ、この先の倉庫にあるのは大体が売り物だから、さっきのとはまた別なんだよ。売店にはちょっとした食べ物や飲み物があるから、欲しい時はそこで買って」

「そっか、そういえば行商って言ってたよね」

「ブロドが言ってたの?」

「ん、そうだけど」

「そう・・・じゃあそういうことにしておく」


リブは少し考える素振りを見せた後、そう言い残して真っ直ぐの道を進み始めた。

ジルは言い残された言葉についての疑問を飲み下して後を追う。

リブの横顔に言い知れぬ不安を感じたのだ。


詳しく聞くのはもう少し後にしよう。

ジルの足は自然とリブの隣に並んだ。

隣に来たジルにちらりとリブは視線を向ける。


「この先に行くとちょっと大きなラウンジがあって、何かあると大体みんなそこに集まることになってる。その先からは居住エリアかな」

「さっきも言ってたけど、居住って・・・ここに?」

「そう、だいたい一人部屋。簡単なキッチンも付いてる。トイレとお風呂は共同だけど」

「・・・本当に車の中、なんだよね?」

「そうだけど?」


額を擦りながら困惑気味なジルに、リブは首を傾げて答える。

ジルは板に着いてきた苦笑を浮かべて言う。


「いや、風呂とか一人部屋とか、なんか家って感じでさ」

「それはそうだよ。私達にとってはここが家だから」


ジルはその言葉になるほどと納得した。

あちこち回る行商の旅である。

現地でその都度宿を取るとなると、おそらくとても手間なのだろう。それを考えれば当然と言うか、賢い方法である。


「そっか、みんなここに住んでるんだ」

「部屋は沢山余ってるし、ジルも部屋が一つ貰えると思うよ。男の人だから一階かな」

「・・・二階があるの?」

「三階まであるんだ。でも使ってない部屋が多いし、もて余してるんだよね」

「ほんと、広いんだね」

「すぐに慣れると思うけどね。あ、ほら見えてきた、あそこがラウンジ」


リブの視線の先を見ると、通路の先に扉が見えた。

二人はその前まで進み、リブが「今は誰もいないだろうけど」と呟きながら扉を開く。


ジルが顔を覗かせて見た室内は、ラウンジと言うだけあってやはり広い。テーブルにソファー、小さなバーカウンターも隅にあるようで、奥には流しと冷蔵庫、そして食器棚が置かれているのが確認出来た。しかし、


「・・・誰もいない」

「ん、普段は誰かしらいるんだけど、今は色々と立て込んでるから」


ジルのとなりから同じように顔を覗かせたリブは、そう言いながら通路に顔を戻す。

釣られてジルも顔を戻すと、視線をやや上に向けたリブが小さな唸り声を上げていた。


「んー・・・あと案内する所となると・・・」

「ねえ、この先には何があるの?」

「ん。さっき言ったように、個人に割り当てられた部屋とか大浴場とか、あとは洗濯室なんかがあるんだ」

「なるほど」

「でも、特におもしろい物がある訳じゃないし。そうだな・・・」


そう言って再び考え込むリブ。ジルは小さく笑みを浮かべ、後ろ手にラウンジの扉を閉める。


「別に気を使わなくてもいいって」

「そういう訳にはいかないよ。こういう時はとにかく相手を楽しませるのが成功の秘訣だって、トランが前に言ってたし」

「トラン、さん?誰?」

「仲間の一人で男の人。何の成功の秘訣なのかは教えてくれなかったけど・・・ジルは分かる?」


首を傾げるリブ。

ジルは何の成功の秘訣かをある程度察しはしたが、察したからこそ、苦笑混じりに誤魔化して答えるしかなかった。


「いや、ちょっと分からないかな」


リブは少しだけがっかりしたように俯いて「そう・・・」と呟くと、顔を戻してから言葉を続ける。


「ジルなら分かると思ったんだけど・・・ジルの案内は楽しかったから」

「え?」

「ん?」

「・・・そ、それって、俺が君の買い物に付き合った時のこと?・・・って、そういや買い物袋!あれ外に置いてきちゃたんだけど!?」


ジルは隠しきれていない笑みを携えて、リブにちらちらと視線を向ける。


「ああ、それなら大丈夫。色々と手に入ったおかげで必要なくなったから、付き合ってもらったジルには悪いけどね」

「そ、そっか・・・」


少しだけ落ち込んだ様子のジルにしかしリブは気が付いていないのか、最初の思考に戻って小さく唸る。


「食堂も売店も今はやってないだろうし、あとは・・・」

「あ、それじゃあさっき言ってた体を鍛えるところは?」

「ジル、怪我が治ったばかりでしょ、ダメ」

「いや、もう平気だよ」


ジルは力瘤ちからこぶを作るように片腕を曲げておどけて見せる。

そんなジルに目を向けたリブは、表情を全く変えることなく言う。


「ダメ」

「あ、はい」

「あとは・・・そうだ、私の部屋にでも来る?」

「っ・・・へ、へやに、来る?」

「うん。お茶くらいなら出せるし、くつろげるとは思うよ」


続くリブの言葉を意識の端で捉えながら、ジルは以前に見た男性向け雑誌『男の流儀』の中にあった内容を思い出す。


(こ、これは・・・『男の流儀』第36号に載っていたシュチュエーションによく似ているっ!)

「・・・ジル?」

(思い出せっ。あれには確か・・・)


その場にうずくまり、何やらぶつぶつと呟き始めたジル。

リブは自分の言葉に反応を示さずに不審な行動を始めるジルを不思議に思ったのか、傍らで膝を折って体を屈めると、じっとジルを見つめて首を傾げた。


そのまま数秒が過ぎ、やがて決心がついたのかガバッと擬音が付きそうな勢いで顔を上げたジルは、耳まで赤くなった顔をリブの方に向けた。

傍らに屈んでジルを見ているリブの顔と、想像以上の距離、こぶし二、三個程の近距離で対面する。

ジルの視線はまず自分を見つめる大きな翡翠の瞳に行き、それから自然と、形の良いやわらかそうな唇に釘付けになった。

無意識の内に、ジルの喉がごくりと唾を呑み込む。


「ジル?」

「っ!?」


ジルに見据えられたリブが再び首を傾げると、ジルは一層顔を赤くさせて一度顔を背けたが、今度はすぐに顔を戻してリブに向かって口を開く。


「お・・・」

「お?」

「お・・・」

「お?」

「おね・・・!」


そこで突如、通路の天井付近に設置されているスピーカーから、アナウンスサインであるよく響くブザー音が鳴った。

瞬間ジルはがっくりと頭をたらし、リブは音に釣られて天井付近のスピーカーを見上げて呟く。


「なんだろ?」

「・・・緊急事態?」

「いや、この音は違う」


リブが小さく首を振るのと同時に、スピーカーから落ち着いた女の声が聞こえてきた。


『はいはい。えっとー・・・ジル、君?誰なのその子?・・・リブと一緒にいるはずなのね、分かったわ。リブ、聞こえたかもしれないけど、一緒にいるジル君を連れて運転席の方まで来てくれる?頼んだわよ。では、放送終了』

「・・・」


やけに砕けた放送にジルが肩を落としながら呆然としていると、リブはその間に立ち上がり、ジルを見下ろして「行こ」と、静かに語りかけた。


「行くって、運転席?」

「そ。たぶん何か動きがあったのか、もしくは何か行動を起こすのかな。どちらにしろブロドが呼んでる。行かなきゃ」


今歩いてきた通路の先を見てからジルに視線を戻すリブ。

ジルは自分を見据えるリブの瞳から有無を言わせない物を感じて素早く立ち上がったが、そんなジルの挙動に少し驚いた様子のリブを見て、勘違いだったと思いを霧散させる。


「早く行った方がいいのはそうだけど、放送もああだったし、急がなくても大丈夫だよ」

「そ、そうだよね。ごめん」

「それじゃ、行こう?」

「うん。分かった」


ジルとリブは来た道を二人で戻っていく。

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