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7話

暖かな日の光が円形の天窓から差し込む、何処か哀愁を感じさせるここは墓地。

よく手入れのされていることが窺える草花や樹木、石畳の通路を挟むように墓石が整然と並んでいる景色の中には、数える程しか人の姿は見えない。ただただ静謐せいひつな時間が流れている。


そんな中で、一つの墓石の前に立っている二人組がいた。

一人は、生え際が後退しているのが一目で分かる、眼鏡をかけた白髪頭の初老の男性。もう一人は、隣にいる初老の男性とは違って、豊かな黒髪をした小さな男の子。

祖父と孫の間柄だろうと誰もが一目見て思い込み、事実その通りである二人は、黒い礼服を着て立っている。


そんな二人の前にあるのは、周囲に整然と並んでいる他の墓石と殆ど同じ色と形をした墓石と、その前に置かれている綺麗な花束が一束。


目の前の墓石に刻まれている名前を黙して見つめていた二人であったが、やがておもむろに祖父である男性の方が口を開いた。


「これが現実だ」

「え?」


誰に向けての言葉なのか、墓石を見つめたままの祖父の言葉に反応して、男の子が隣の祖父の顔を見上げる。

相変わらず前を向いたままの祖父は、独り言のように言葉を続けた。


「名誉だとか、国の為だとか、勇敢な最期だったなんて言われておったが、こうして一年経てば、ここに立つのは儂ら二人だけしかおらん」


男の子はよく分からないと言うように眉をひそめるが、祖父はそれに気が付いていないのか、視線を変えないままである。

独白のような言葉は続く。


「夢見がちなあいつが、儂ら二人を残して逝く覚悟をしてまで得たかったものが何だったのか、今となっては分からん。だが、こんな花束一つだった訳がない」


涼やかな風がふき、供えられた花束の花を揺らす。


「・・・身の程というやつだろう。それ以上のものに手を伸ばしたところで、掴めるものなど高が知れとる」


それらの言葉には嘲りの感情は存在せず、ただ何かを堪えているような、苦し気な印象を受ける。


「不相応な夢なんて、見ん方がいい。馬鹿を見るだけだ」


何処か悲しげに言い捨てた言葉。だがやはり、幼い男の子はよく理解出来ていない様子である。それでも、その言葉の中に垣間見える苦し気な祖父の存在に敏感に勘づいた男の子は、心配そうに声をかける。


「じっちゃん?」

「・・・平凡でいいジル。お前さんは、普通に生きてくれればそれが一番だ」


そう言って男の子の頭に手を置いた祖父は、ゆっくりと後ろを向いて歩き始めた。

後ろを振り返ることなく歩いて行く祖父の背中を見つめていた男の子は、もう一度目の前にある墓石に目を向けた。

そこに刻まれているのは、よく知っている名前。まだ幼い男の子が読み書き出来る、数少ない文字でもある。


「・・・それでも、歩き続けろ」


その名前の主が言っていた言葉を思い出す。

意味は分かるが、それで伝えたかったことは分からない。

だから兎に角男の子は、去っていく祖父の背中を追って歩き始めた。



◆◇◆



ーー身体中が痛くて、ひどく怠い。


ジルが目覚めてから最初に感じたのは、異様な身体の痛みだった。

身体の中で痛くない所がないのではないかと思ってしまう程の、何をしたらこうなるんだとはなはだ疑問に思う異様な痛みと怠さに、ジルは顔をしかめる。

堪えきれずに叫び声をあげる程ではないが、しかし眠気は消し飛んでいた。


ジルは覚えのないベッドに横になったまま視線を巡らせて、見知らぬ部屋の中を軽く見回す。


(・・・これ、どういう状況だ?)


寝惚けている訳ではない、と思う。

この痛みの理由も、知らない部屋のベッドで寝ていた理由も、何も思い出せない。


取り合えず起き上がろう。

そう何の気なしに考えたジルは、横たわっているベッドから身体を起こそうと力を入れる。


「っ!・・・てぇーー」


その瞬間、全身を刺すような痛みが走り、ジルは顔をしかめて苦悶の声を漏らした。

しかし暫くするとその痛みも引いてきたので、今度は先程よりも慎重に、ゆっくりと身体を起こそうとジルは力を入れた。


「いっ・・・!」


当然の如く痛みが走り、ジルは再び顔をしかめる。

二度目であり心構えも多少できていたので、最初の時よりは痛みを感じない。しかし、起き上がるのはちょっと無理そうである。


ジルは仕方なしに再びベッドに身体を預け、痛みの余韻に耐えつつ、首を少し動かして改めて室内を見回した。


知らない部屋。

白を基調とした、清潔感のある室内の配色。

室内には今自分が横になっている物を含めて三つのベッドが横並びに置いてあり、その右端に自分はいる。

仕切りの為だろうカーテンレールが天井に付けられているが、他の二つのベッドには誰も居ない為、カーテン自体は頭側の壁にまとめられていた。

小さな窓が一つ頭側の壁につけられていたが、横になっている今の位置からでは見える角度は狭く、外の様子はほとんど把握できない。光が射し込んでいることから、少なくとも昼間ではあると思う。


「・・・目が覚めたか?」


窓の方に目を向けていたジルの耳に、ふと女性の声が届いた。

何処か聞き覚えのある凛としたその声に反応して、ジルは声の聞こえた足先の方に目を向ける。


そこに居たのは、入り口の扉の横にある椅子に足を組んで座っている一人の女性だった。

長い黒髪を後ろで一つに束ねている比較的端正な顔立ちのその女性は、鋭い目付きで睨むように此方を見ている。

何処かで会ったことがあるのか、その顔には見覚えがあったが、名前が思い出せない。

自分が忘れてしまっているのか、それとも、顔は知っているが名前は知らない程度の仲だったのか。


「・・・私のこと、覚えているか?」


数秒程の時間、その女性のことを思い出そうと努力していると、返事を返さないことを不審に思ったのか、女性は続けて質問してきた。

その質問から考えて、やはり何処かで会ったことがあったのだろう。しかし、まるで霞がかかっているかのように、何時何処で会ったのか、そこだけが曖昧だ。


「・・・」


それにしてもこの女性、とてつもなく恐い。

椅子に座ってはいるのだが、背もたれから背中を離してやや前傾姿勢。そして何故か、傍らの壁に立て掛けられている剣に手を伸ばしている。鞘に入ってはいるが、そんなものは関係がない。まるで今にも斬りかかって来そうな迫力がある。


はたして自分は、この女性に対して何かをしたのだろうか。それとも忘れられていることを察して、それについて怒っているのだろうか。

いずれにしても、自分がいま置かれているこの状況と、目の前でこちらを睨んでいるこの女性は、何か関係があるのだろう。

だとすれば、彼女についての記憶にかかった霞を取り除かなければ、現状を正しく理解出来ない。しかし、


「・・・」


それに集中できないくらい、目の前にいる女性の迫力が凄い。

今、完全に剣を握った。

ここはもう正直に、忘れていることを話そう。ジルはそう決断する。それでいきなり斬られることはないはずだ。きっと。だぶん。おそらく。


「お、覚えてない、です」


正直にジルが答えると、女性の眉がぴくりと動いた。

暫しの沈黙。ジルにとっては気が気でない時間が続く。

やがて、


「では改めて、私の名前はギムレットだ」

「ギムレット、さん」


おうむ返しするジルに、ギムレットと名乗った女性は一つ頷いた後、再び口を開いた。


「私のことは構わない。それより、何があったのかは覚えているか?」

「その、すいません。俺、何も覚えてないんです」

「・・・ふむ・・・」


再びの沈黙。

しかし先程とは違い、ジルは余り恐怖を感じなかった。

ギムレットは握っていた剣を壁に立て掛け直し、椅子の背もたれに身体を預け、何かを考え込むようにしてじっとジルを見つめている。その視線は、先程までの鋭く睨むような物ではなくなっていた。

ジルは心中で安堵して、ギムレットからの次の言葉を待った。

やがて、


「本当に何も覚えてないのか?あの戦闘のことも?」

「せんとう。戦いですか。俺はそれに巻き込まれて?」

「その表現は正しくないが、まあそんな所だ」

「それじゃあ、ギムレットさんが助けてくれた。そう言うことですかね?」

「本当に覚えてないのか・・・君はタイタンを」


ギムレットの言葉を途中まで聞いた所で、ジルの脳裏にある光景が閃光のように甦った。

それは『死』の光景。

自身に向かって降り下ろされる、無慈悲な暴力の塊。


「タイタン・・・そうだっ!!っか・・くっ・・・っつーーー」


痛みも忘れて思わずといった様子で身体を起こしたジルが、襲い来る痛みに悶えて声にならない叫び声をあげる。

ギムレットはその様子を見て苦笑を漏らすと、椅子から立ち上がり、ジルが横になっているベッドへと近付いた。


「何だ、やはり覚えているんじゃないか」


そう少し意地悪げに言葉を漏らしたギムレットは、ベッド横に付いている端末のようなものに手を触れた。

すると、ジルが横になっているベッドがゆっくりとギャッチアップしていき、頭側が程よく上がったところでその動きを止めた。


「これで話しやすいだろ」

「っつー・・・」


ギムレットはなおも痛みに悶えているジルを見て仕方ないなと少し呆れたように息を漏らした後、先程座っていた椅子の所まで戻り、壁に付けられている端末を少し操作して、その端末に付いている半球状のガラスのような部分に軽く手を添えた。


程なくしてそのガラスのような部分が青く光り始め、それを確認したギムレットは、端末に顔を近付ける。


「こちら病室。・・・ああ、少年が目覚めた。ブロド隊長に知らせてくれ。・・・いや、そっちは必要ない。先生を呼んでくれ。じゃ、頼んだぞ」


端末ごしの誰かとの会話を終えたギムレットは、そのまま最初の位置に戻るように傍らの椅子に腰を下ろした。


「今から私達のリーダーが来る。君にはその人と話してもらう」

「リーダー、ですか?」


幾らか痛みが落ち着いてきたのか、眉を寄せて険しい顔をしながらも、ジルは疑問を口にした。


「ああ、この集団のリーダーだ。私達のことは、リブから何も聞いてないのか?」

「リブ・・・そうだっ。リブはっ!?って・・・っくぅーー!」

「あの子なら、君と違って全く問題ない。それにしても・・・ふむ、君も学習しないな」


咄嗟に身体を起こして当然の如く痛みに悶え始めたジルを見て、ギムレットは少し呆れたように言いながら足を組み、胸の前で腕を組んだ。

その仕草からは、最初の頃の敵意があるような態度は全く感じない。


「言うまでもないだろうが、君の身体は今、まともに動ける状態ではないからな。まあ、それでも最初よりかはましになっている。生きているのが不思議なくらいな状態だったのを、仲間の治癒魔法でそこまでにしたんだ」

「ど、どうも・・・?」

「礼はいらない。君の戦いで、むしろ私達の方こそ助けられた気分なんだ。だから、身体を完全に治さなかったのはすまないと思っている。てっきり、目覚めれば君は暴れだすものと思っていたんだ」

「いや暴れませんし、暴れたところででしょ。って言うか・・・俺の戦い?」


最初の敵意があるような鋭い視線はそういうことだったのか、とぼんやり納得したジルは、苦し気な顔をしながらも律儀に応える。

それを見たギムレットは顎に手をやり、ぼそりと呟いた。


「・・・そこだけ本当に欠落してるのか」

「え?何です?」

「何でもない。兎に角、君は安静にしていろ」

「はあ・・・」


気のない返事をしたジルは幾らか落ち着いたのか、ギムレットがベッドに付いている端末を操作してベッドを動かし、上半身を起こしてくれたお陰で、よく見えるようになった室内を見回す。

やがてその視線はとなりの無人のベッドに落ち着き、そこを見詰めたままジルは再び口を開いた。


「ところで、何処なんです?ここ・・・」

「ああ、私達の魔動車の中だ」

「車の、中・・・?」


驚いた様子で、ジルはギムレットに向き直った。

ギムレットはそれを見て、優越感を感じさせる仄かな笑みを浮かべながら言葉を返す。


「その疑問はもっともだな。ただ、私も専門外だから詳しくは説明出来ないんだ。要するに、魔法で空間を拡張しているということらしい。この部屋はその中の一つだ」

「え、他にも部屋が?」

「ベッドしか置いてない部屋一つな訳ないだろう」


ギムレットはそう言って仄かに笑うと、ジルの背後の壁に一つだけある窓を見上げて続ける。


「因みに、まだ墓地からは出られていないが、戦いはひとまず落ち着いている」

「・・・警備団は?」

「タイタンを失ったらすぐに退いて行った。ここから逃がすつもりはないみたいだがな、今も建物の周りを囲んでいる」

「た、倒したんですか!?あのタイタンを?」


根拠もなくギムレットがそれを成したのだと思い込んだジルは、ギムレットに驚きと尊敬が入り交じった感情を向けた。

それを受けてギムレットは一瞬だけ面食らったように目を見開いたが、すぐに堪えられないというように『ぷっ』と小さく吹き出した。


「・・・?」


何故笑われたのか困惑顔のジルに、ギムレットは面白いものを見るような目を向けた。


「すまない。あまりにも的外れだったのでな」

「的外れ?」

「ああ。信じられないかもしれないが、あのタイタンを倒したのは・・・」


ギムレットが言いかけたところで、そのすぐ横にある扉が唐突に開いた。

室内にいる二人の視線が自然とそちらに向き、扉から一人の男が入ってくる。


「そこからは俺が引き継ごう」


そんな台詞を放ったその男は鍛えているのか体格がよく、顎に短い無精髭をはやした男であった。

その容姿は、ギムレットと違って見覚えはないはずである。


ジルが男を見てそんなことを考えていると、傍らの椅子に座っていたギムレットが立上がり、男の方を向いて言う。


「ブロド隊長。早かったですね」

「囲まれてるんだ。あまり悠長にもしていられないだろ」


ブロドと呼ばれた男はギムレットに視線を向けて苦笑気味に応えると、次に迷いなくジルを見据えてきた。

ジルはギムレットの言葉の中にあった『隊長』という単語から、この人が言っていたリーダーかとぼんやり見ていたのだが、その視線は当然ながらブロドのそれと重なる。


ジルが驚いたように一瞬目を見開き、そして両者ともが不思議な沈黙。耐えきれなくなったのかジルの方から視線を逸らすと、ブロドはそこでようやく、ジルに向けて言葉を話した。


「ブロド・ミリガンだ。まずは最初に礼を言うべきだな、お陰で助かった」

「・・・えっ、いや、俺は・・・」

「隊長。そのことなのですが、彼はそれについての記憶がいくらか飛んでいるらしく、覚えていないそうで」

「覚えてない・・・」


ブロドは虚を衝かれたような顔でギムレットを見てから、ジルに視線を戻した。


「マジか?」


一気に砕けた口調のブロドに少なからず動揺したのか、ジルは言葉ではなく小刻みに首肯する事で答えとした。

ブロドは自身の額に握りこぶしを軽く添えて言う。


「面倒だな・・・。それで先生も一緒に呼んだのか」

「はい。それで・・・」

「怪我してる奴はまだ沢山いるからな。こっちは後回しだ」


ギムレットに答えたブロドは面倒くさそうにため息をついて頭を掻くと、『それで』と前置きしてから改めてジルを見据えた。


「どこまで覚えているんだ?」

「どこまで・・・えっと、タイタンが現れて、リブがぶっ飛ばされて、それで・・・気が付いたらここに」

「覚えていてほしかったところが丸々抜けてるな」


ブロドは嘆息するように言うと、徐に歩みを再開させた。

そのままジルの隣にある無人のベッドまで行き、そこに浅く腰掛ける。

ギムレットが入り口の扉の側に立ったままでいることが気になるジルであったが、全く気にしていない様子のブロドに、そういうものなのだろうと曖昧に納得して、視線を隣のベッドに移した。

ジルの視線を待っていたかのように、ブロドが口を開く。


「・・・信じられないかもしれないが、今から話すことは全て事実だからな」

「は、はぁ・・・」

「よし。それじゃあまず最初に、あのタイタンを倒したのはお前だ」

「は、はぁ!?いやいや何言ってるんですか、俺がタイタンを倒す?そんな訳ないでしょ」


何を馬鹿なことを言っているんだと笑い飛ばすように、或いは自嘲するように言うジルに、ブロドはさも面倒くさそうにため息をついた。


「だから、信じられないかもしれないと始めに言っただろ。と言うか、この際タイタンを倒した云々は正直どうでもいい」

「ど、どうでもいいんですか・・・」

「ああ」


ブロドはそこで身を乗り出して先を続けた。


「俺達が知りたいのは、あの時お前が使った剣のことだ」


身を乗り出してまで言ったブロドの言葉に、しかしジルはきょとんとした顔で反応した。


「俺が使った、剣?」

「やっぱり覚えてないか。くそ・・・副作用か何かなのか」

「隊長、ククルーからは何も?」


相変わらず立ったままのギムレットが言う。


「元々寝不足の上に、あれが本物かもしれないと知って相当興奮していたからな。こっちから聞かない以上は、最後まで調べきってからの報告になるだろう」

「いいんですか?」

「その方が早いだろうからな」

「ですが・・・ん?」


言い返そうとした所で、ギムレットは何かに気付いたように先程ブロドが入ってきた扉の方を向いた。

扉の外から、誰かが走っている足音のようなものが聞こえてくるのだ。その音は次第に大きくなっていき、やがて扉の前まで近付いて来て、そして通り過ぎた。と思ったらすぐに引き返して来たようで、今度は部屋の扉が開けられた。


入ってきたのは、ぼさぼさの長い金髪にカチューシャ、そしてフレームレスの眼鏡をかけた一人の女性。白衣を羽織っている。

年齢はジルより上、二十代に入ったばかりといったところだろう。

カチューシャによりあらわになっている広めのおでこの下にある顔は整っているが、目の下にはっきりと浮き出ている隈、そして不摂生を隠そうともしない青白い肌によって、魅力と言うものがことごとく破壊されている。


入室してきたその女性に対してジルがそんな感想を抱いていると、無表情ながらもギラギラと見開かれた女性の両目がジルの姿を捉え、お互いの視線が重なる。

そのあまりの眼力にジルがベッド上でたじろぐと、見かねたようにブロドが声を出した。


「思った以上に早かったな。何か分かったのか?ククルー」


ククルーと呼ばれた女性は、ギラギラとしたその視線をブロドに動かし、ただ一言。


「何も」

「何も?」


ブロドが思わずおうむ返しすると、ククルーの無表情が突如として崩れた。


「そう・・・何もっ!」


激怒するように叫んだククルーは、明らかに引いているジルに再び視線を戻して、ゆっくりと詰め寄りながら続ける。


「あれの力を直に見て!これは本物だと意気込んではみたものの!いざ調べてみたら、箱に入っていた時と同じく何の反応もないっ!どういうことですかっ!?」

「え、いや、その・・・」

「・・・あれから何も分からないなら、実際に能力を引き出したあなたを調べるしかありませんよね?」


突然の真顔から、ククルーは不気味な笑みをその顔に張り付ける。


「大丈夫です。ちょっとだけ切って開いてみるだけですから・・・ウチには腕の良い治癒魔法使いもいますし、傷も残りませんよ?」

「ちょっ、ちょっと・・・」

「さあ。さあっ。さ、ほげっ!?」


徐々にジルに詰め寄っていたククルーの首に、後ろからギムレットが腕を回して軽く絞めあげていた。

間抜けな声を出した後は、ひたすら自身の首に回された腕をタップする機械となったククルーをひたすら無視して、ギムレットが口を開く。


「おい、あまりはしゃぐなククルー」

「・・・」


タップする間隔が速くなってきたククルーを若干引き気味に眺めるジルに、ブロドが呆れの混じった声をかけた。


「驚かせてすまないな、徹夜続きでテンションがおかしいんだ。いつもはこんなんじゃ・・・」


ブロドはちらりとククルーの方に視線を向ける。


「あー・・・なかったと思う」

「そう、なんですか」

「ああ。だがククルーが言ったことは正しい。あの剣から何も分からなかったとなると、お前の方を調べる必要があるのは本当だ」

「え?」

「心配ない。切ったり開いたりは無しだ」


その言葉に安堵したジルの隙を突くように、ブロドはさらりと言葉を続ける。


「まあ、それでも何も分からなかった時は・・・考えるけどな」

「え"?」


固まるジルを見て小さく笑ったブロドは、そのまま笑みを浮かべたまま鋭い視線でジルを見据えた。


「だから思い出せ。あの時お前は何かをしたか?それとも、何らかの魔力異常を持っていたりするか?それに反応した可能性もある」


ブロドから感じる何とも言えない迫力にごくりと唾をのみこんだジルは、少しだけ言いにくそうに、或いは恥ずかしそうに答える。


「あの、やっぱりその時のことは覚えてないんですけど・・・でも一つだけ、これは魔力異常って言って良いのか分からないんですけど・・・」

「言ってみろ」

「その、俺には魔力が、何て言うか・・・無いんです」


その時のブロドの顔は、まさに鳩が豆鉄砲を食ったようと表現するに相応しかった。

いや、ブロドだけではない。傍らで聞いていたギムレットも、そのギムレットに絞め上げられているククルー・・・は、青くなっていた。


「魔力が、ない?どういうことだ?」


予想していた回答とあまりにもずれたジルの言葉に、ブロドはその言葉の通りには受け取らず、何か別の意味があるのだと解釈して疑問を口にする。


ブロドのその反応は、世間一般では正しい反応と言えるだろう。

魔力を持たない人間とはそれほどに珍しく、極めて認知度のひくい存在なのだ。


稀少ではあるが貴重ではないため、周囲には認知されるがそれ以上の範囲にはその存在が知れ渡らないのである。現にジルは、自分以外の魔力無し(能無し)の存在を聞いたことがない。ウン十億人に一人という確率を考えると、現状で存在するのは世界中でジルただ一人ということも考えられる。


「いや、言葉通りの意味ですよ。俺には魔力がない。少ないんじゃなくてゼロです」


ジルは何処か馴れたように答える。

ブロド達にとってはあまり経験したことがない類いの珍しい問答であったが、能無しとして十五年生きてきたジルにとっては、ブロド達の反応など馴れたものなのだ。


「ゼロ・・・」


ブロドがぼそりと呟いたのを最後に、室内に沈黙がおりる。

何処か疑わし気な、そして珍妙なものを見るような目で、ブロドとギムレットはジルを見ていた。

とそこで、ギムレットの腕から何とか抜け出したククルーが、息苦しそうに肩を上下させながらも言葉を放った。


「一つ・・・仮説が立ちました」


ククルーは一度大きくゆっくりと呼吸して荒い息を整え、言葉を続けた。


「以前から、あれを使うのには何か特別な条件があると考えてきましたが、それが『魔力を持たない者にしか扱えない』という条件なのだとしたら?」

「そんな馬鹿な・・・」

「あり得なくはないですよ。むしろ色々と納得できる部分があります」


ククルーはブロドにちらりと視線を向けて言った後、ベッド上のジルを見据える。


「持たざる者が、持てる者に対抗する為の武器。あの剣は元々、魔力を持たない人間の為に作られたのではないでしょうか。だとしたら、魔力を持つ私達に反応しないのも納得ができます。ま、それも本当に彼が魔力無しだった場合の仮説ですけど」


新しい玩具おもちゃを前にした子供のような目で自分を見るククルーに、ジルは無意識の内に体を強張らせた。


ククルーの言葉を黙して聞き終えたブロドは、顎に手をやり虚空を見つめ、何かを考えているかのように黙していたが、何かしら結論が出たのか、やがてククルーに向き直ると口を開いた。


「・・・その仮説が正しいとして、ククルー。それを俺達でも扱えるように出来るか?」

「無茶苦茶言わないで下さい。見たことも聞いたこともない技術が使われていて仕組みも分からないのに、出来るはずないですよ」

「まあ、そうだよな」

「それより、今は少年を調べる許可を下さい」


両手をワキワキと不気味に動かしながら、ジルを見据えてククルーは言う。

その様子にびくりと肩を震わせたジルは、助けを求めるようにブロドを見た。

視線を向けられたブロドは、特に考える素振りも見せずに答える。


「ん、まあ詳しく調べる必要はあるな」

「ちょっ、ちょっと!?」

「よっしゃっ!!」


対照的な反応を見せる二人を気にした様子もなく、ブロドは言葉を続けた。


「ただしククルー、お前じゃなくてヤノック先生にだ」

「むむっ」

「まだ身体も治りきってないんだ。取り合えず、本当に魔力が無いのかだけ分かればいい。ギムレット、先生をこっちに急がせてくれ」

「分かりました」


ギムレットが返事をして部屋を出て行くのを見送ったブロドは、不貞腐れているようなククルーに視線を向けて、呆れたように言った。


「ククルー。お前はいい加減少し寝てろ。また戦いになるだろうし、眠れる時に眠っておけ」

「・・・苦手です」

「何だその捨て台詞」


ちらりとブロドに視線を向けた後、名残惜しそうにジルを見て呟いたククルーは、ギムレットの後を追うように部屋を出ていった。


室内に残った二人は暫く無言で扉の方を見ていたが、やがてブロドの方が仕切り直すように「さてと・・・」と呟いてベッドに座り直し、先を続けた。


「ジル、だったよな。今いくつなんだ?」

「え、えと・・・十五ですけど」

「十五か・・・なるほどな。で、もう将来のこと。進路は決まってるのか?」

「は?あ、いや・・・まだ具体的には」

「そっかそっか。ま、難しい問題だからな。けど、だからって考えすぎても仕方ないぞ。取り合えずやってみなきゃ、分からないこともあるからな」

「・・・あの」

「うん?」

「・・・何なんです?」


急に世間話を始めたブロドに違和感を感じたジルは、しかしそれを上手く言葉にすることが出来ずに曖昧な疑問を言葉にした。


ブロドは面倒くさそうに頭を掻くと、ため息を一つついて改めてジルを見据える。


「単刀直入に言う。ジル、うちに来ないか?」

「・・・」

「誘ってるんだよ、仲間に。一緒に来ないか?」

「・・・はい?」


ジルの気の抜けた声が漏れた。


・・・眠い

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