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6話

地面に突き刺さったその剣は異様な、あるいは単純な形をした剣であった。

鉛色をした長方形の金属板に、逆L字型に刃が着けてあるような刀身。長さは一般的な物とそう変わらず、ギムレットの片刃剣より少し短いくらいだろうか。


「・・・これって」


先程の光の残渣ざんさだろうか、薄く青い光を纏っているその剣を見たリブが、無意識の内に小さく一歩退く。

表情の変化に乏しいリブにしては珍しく、その顔からは目に見えて驚いていることが分かった。


それもそのはずである。

リブは青く光るこの剣が飛び出してきた、あの黒いトランクケースが開かないことを知っていたのだ。

その開く筈がないと思っていたトランクケースが呆気なく開いた上に、中に入っていたのは可笑しな剣が一本だけ、肩透かしをくらったような気分である。


「・・・」


ジルは地面に腹這いで倒れたまま、何かに憑かれたように目の前に突き刺さっている剣を見ていた。

やがて先程までトランクケースを掴んでいたジルの右手が再びゆっくりと動きだし、優しくその剣の刀身に触れる。

その瞬間、剣が纏っていた青い光が霧散する。


「ジ、ジル?」


リブの困惑した声には答えずに、ジルはそれまでのことが何でもなかったかのように立ち上がった。

俯いているためリブからその表情は確認できないが、しかし、確かな違和感をリブは感じていた。


今日会ったばかりで数時間という短い間でしか彼を知らないが、それでも目の前にいる彼が、ジルという人間がジルでなくなったかのような違和感。

雰囲気が違うとでも言うのか、とても気になる。と言うより、ひどく気に入らない。


(・・・どうしてだろう)


自問してみるが、その答えは自身の中からは見つからない。

なぜこうも気に入らないのだろうか。

こんな感情は初めての経験である。

僅かに眉をひそめるリブは、その違和感を払拭しようと再びジルに声をかける。


「ジル、どうしたの?」

「・・・」


しかし、やはりその声には応えがなく、ゆらりと佇んでいるジルは、右手を伸ばして目前に突き刺さっている剣の柄を掴んだ。

それが日常に紛れるようなあまりにも自然な動きだったので、リブはジルが柄を掴むまで反応できなかった。


「っ!」


瞬間、リブの体に唐突に怖気が走る。

その硬直の隙に、ジルは剣を引き抜いた。


「動かないで」


無意識の内に右の掌をジルに向かって構えたリブの口から、冷たい声が漏れる。

リブの直感が告げていたのだ。

万が一、本当に万が一であるが、今のジル(・・・・)が敵対行動を取れば、それは間違いなく脅威に成りうる。

そして現状のジルは、行動がいまいち読めない。敵なのかそうでないのか、分からないのだ。


(私・・・何してるの)


こういう場合、それもあまり悠長にしていられない状況で、行うべき対処があるのは理解している。

敵なのかそうでないのかが分からないのなら、とにかく動きを封じるべきだ。

魔法で拘束するなり、意識を刈り取るなり、或いは本当に時間が惜しいのなら、殺してしまうというのも一つの手である。


しかし、数時間でも時間を共にした情からか何なのか、リブ自身でも説明の出来ない、胸中で渦巻く無視できない程の強い感情が、その行為を止めていた。

普段の自分ならあり得ないその現実に、酷く苛つく。リブの眉間に自然と皺が寄る。


ジルに対して魔法を使うか使わないか、心中でそんな葛藤をしながら、リブはジルと睨み合うようにして数秒を費やした。しかし結果的にリブのその葛藤は、ジルとリブ、二人にとって良い結末を生み出す。


「!?」


ジルは再びごく自然な動きで、目の前で自身を睨んでいるリブから体を背けた。

リブは一瞬だけ体を強張らせたが、ジルに自分を害する気がないのだと理解すると、安堵の息を小さく吐いた。

体の力が一気に抜けるのを感じる。

思っていた以上に体に力が入っていのだなと薄く考えながら、リブはジルが体を向けた方向に目を向けた。


そちらにいたのはタイタンだ。

未だにブロドとギムレットの二人と戦っている。

ジルは相変わらず何も話さないまま、力を貯めるように体をぐっと深く沈めた。

嫌な予感がリブの脳裏に走る。


「ブロドっ!」


その予感に従って叫んだリブの白い髪の毛を、突風が激しく揺らし、声は空中に溶けていく。



◆◇◆



ーーー何も聞こえない。それしか目に入らない。


目の前に突き刺さっている剣の柄を、ジルは右手で掴んだ。

握った剣から掌を通して、身体の中に歪で膨大な力が流れ込んでくるのを感じる。

多少の痛みさえ伴うその力の奔流。ジルは荒れ狂い熱を持ったかのような身体を抑えつけるように歯を食い縛った。

内側に収まりきらない力が漏れ出るかのような熱い吐息が長く、そして連続してこぼれる。


「・・・」


ジルは一度大きく息を吸い込むと、何かに導かれるようにして横を向いた。

遠くに見えるのは、タイタンという強敵である。

それを確認したジルの口角が、自然と釣り上がった。暴力的な笑み。


敵を求めていたのだ。

今や身体の底から沸き上がり全身を駆け巡る、熱波と表現するに相応しい力の奔流。

熱く、熱く、ひたすらに熱いこれを開放するのに丁度良い敵を。


「・・・っふ!」


ジルは腰を落としてぐっと両足に力を込めると、それを一気に地面に向かって開放した。

地面に亀裂は走らせるほどのその暴力的な跳躍は、タイタンとの間合など初めから無かったかのように、ジルを前へと押し出した。


それは、魔力を全く持たないジルには不可能なはずの芸当なのだが、当のジル本人は気にも止めていなかった。

その時のジルは、自身の内で荒れ狂う力を使って、目の前にいるタイタンを破壊することだけしか考えていなかったのだ。

内側に燻っている力を少しでも吐き出して調整するかのように、ジルは咆哮する。


「はぁぁあああっ!」


尋常ならざる推進力で近付いたジルは、空中でタイタンの胸部、先程ギムレットがつけた刀傷に向かって左下段からの切り上げを行う。

それは技術など全く存在しない、ただただ早いだけのデタラメな一撃。

その一撃に対して、タイタンはとてつもない反応速度で、ジルとの間に得物であるその巨大な槍を差し込んだ。


その反応自体は早かったものの、しかしその行為は本来なら必要のないものである。人一人の攻撃では、タイタンの装甲にはかすり傷程度しか与えられない。

思わず反応してしまった、操縦士の未熟さの体現だと言えるだろう。しかし、


『ガツィィィィイン!!』


衝撃。

ジルの片刃剣とタイタンの槍が激しくぶつかり、小さく火花が飛び散る。

タイタンはジルの勢いにほんの少しも仰け反ることなくグッと堪え、そのままジルを弾き飛ばそうと、力任せに槍を横薙ぎに振るった。


ジルは攻撃を防がれた時点でそれを見越し、槍と片刃剣の接触面を支点にして、手首のスナップと体重移動により、体を槍の下に強引にもっていく。


「ふっ」


頭上で巨大な槍が振り切られるのを視界の端で確認しながら、ジルは体を回転させ、槍を振り切った姿勢のため無防備になっているタイタンの右足を空中で切りつける。

灰色の堅牢なはずの装甲が当たり前のように切り裂かれ(・・・・)、内部フレームが露出する。


ジルは剣を振り切ったその勢いのままに着地し、そして確かな損傷を与えたことを喜ぶ素振りもなくすぐさま横に跳んだ。

とにかく動き続けなければやられてしまう。本能とも呼べるところで、ジルはそう認識していた。


そしてその本能は、果たして正しい。

ジルが横に跳んだ直後、タイタンの拳が数瞬前までジルのいた場所に叩きつけられた。

地面が抉られて、その破片が飛び散る。


「・・・っ」


飛び散る土や石の破片を浴びながら、転がるように着地したジルは素早く体勢を整え、そこで再びにやりと笑ってタイタンを見やった。


タイタンは拳を地面に叩きつけた姿勢のまま、その二つ目で同じくジルを見つめていた。

攻撃の手を休めて硬直していることからも想像できることだが、タイタン、いやタイタンの操縦士は驚いているようだった。驚愕と言ってもいい。

それも当然のことだろう。


タイタンはジルの挙動を気にしてか、ゆっくりと姿勢を直立へと直す。

その右足の装甲は深く綺麗に切られており、そこから内部フレームと小さな配線だか管のようなものが飛び出していた。


数秒睨み合うように動かなかった両者だが、やがてタイタンの方が切られた右足をゆっくりと持ち上げて、そして何かを確かめるように地面を踏みしめた。


その行為は損傷の程度を確かめる為のものなのだろう。

もう一度、今度は先程よりも小さく足踏みしたタイタンは、待っているかのように口角を上げて動かないジルに向かって、両手で槍をしっかりと構えた。


舐めているとも取れる態度のジルに対して、タイタンは怒るともなく冷静に槍を構えたように見える。

それは間違いなく、操縦士の心境の変化によるものだ。

タイタンからジルを守り、そのタイタンに魔法で刀傷を与えたギムレットでもなく、魔法で土を操り数秒とは言えタイタンを拘束したブロドでもなく、魔力を持たないジルが、タイタンの操縦士を本気にさせた。

倒すべき相手として認識されたのだ。


「・・・」


獣のような笑みを一層深めたジルは、獣と同じように言葉を発することなく手に持った片刃の剣を構え、


「っうぉぉおおお!」


そして獣のように咆哮すると、再びタイタンに向かって弾丸のごとく飛び掛かっていった。



◇◆◇



ギムレットにしては珍しく、ここが戦場であることを忘れたように呆然と、目の前で繰り広げられている戦いに見入っていた。


(何なんだ、あのジルとか言う少年は・・・)


ブロドと共にタイタンを翻弄するように戦い、時間を稼いでいたところ、突然横合いから大声を出しながらジルが突っ込んで来て、そしてタイタンと戦い始めたのだ。


それまで引き付けていたタイタンの注意を、一気に持っていかれた形である。

それについては正直有りがたくすらあるが、問題なのはそんなことではない。

あの少年は、タイタンの装甲を切ったのだ。


ギムレットはつい先程のことを思い返す。

自惚れている訳でも、誇るような強さを持っている自覚がある訳でもないが、私、ギムレットと言う人間はそこそこ強い。少なくとも平均よりは上である。

そんな自分ですら小さな傷をつけるのがやっとだったタイタンの装甲を、 あのジルと言う少年は切り裂いたのだ。それも自分のようにある程度力を溜めた攻撃でではなく、なんてことのない素の斬撃だったように見えた。


(あの身体能力は一応魔法で説明がつく、だがタイタンの装甲を切り裂いたのは・・・いや、あり得なくは・・・ないか)


同じことが出来る人間が、思い付く限りで一人はいる。

しかし、そんなことが可能な人間が、いったいどれ程いるのだろうか。

それに先程までのジルからは、それらしい覇気というものが全く感じられなかった。むしろ、それとは真逆のものすら感じられたように思う。

あれは演技だったということだろうか。だとしたら相当な役者である。それこそ、人が変わったと表現するに相応しい程だろう。


「・・・ブロド隊長」


ギムレットは片刃剣を腰に納めて、側にいるブロドに困惑の表情を向ける。

同じように呆然と戦いを見つめていたブロドは、その声にハッと気がついたように体を震わせ、ギムレットに視線を向けた。


「ギムレット、あの子供は?」

「は、はい。リブと一緒にいたこの町の子、ということしか・・・」

「リブと?」


眉をひそめたブロドは、困惑の表情を一層深めて復唱した。


「どうして?」

「時間がなかったので詳しくは・・・申し訳ありません」

「ん、いや、余計なことだったな。今は目の前の事実だけを見よう」


ブロドはそう言って、地面を駆け回りながらタイタンの攻撃を避け続けているジルを目で追った。

どこか危なっかしいところはあるが、その素早さでタイタンの攻撃を何とか避けているといった様子で、時おり反撃に転じてはいるが、そのことごとくをタイタンの持つ槍に防がれており、最初の右足への一撃以降、ジルの攻撃はタイタンに届いていないようだった。

技術も何もない、ただ速いだけの我武者羅な攻撃であるので、そうなってしまうのも仕方がないだろう。


「あの少年がタイタンを引き付けてくれている。おまけに結構持ちこたえてくれそうだ。なら、俺達はその間に逃げる準備を整えておくぞ」

「・・・お言葉ですが、加勢しないのですか?届きさえすれば、彼の攻撃はあれの装甲を破れるようですが」


タイタンという存在が、ここから脱出する上で一番のかせになっていることは自明の理である。であるならば、それを取り除こうと努力することは必然だ。


ギムレットは考える。

今でこそジルの攻撃はタイタンに届いていないが、自分達がサポートに入り、確実に攻撃を与えられる状況を作り出すことが出来れば、或いはタイタンという枷を取り除くことが可能かもしれない。

ジルという少年を上手く使うことが、ここから脱出する一番の近道であると、ギムレットはそう考えていた。


「確かに、あの少年の攻撃が届けば勝ち(・・)も見えてくるだろうし、現状それには誰かの・・・いや、俺達の援護が必要なのも分かってはいる・・・」


ブロドは自身の首の裏に手を回して数回擦り、小さくため息をついて言葉を続ける。


「分かってはいるが、ただなあ・・・あれには加勢やら援護なんか、出来ないだろう」


そう言うブロドの視線の先には、獣のような咆哮を上げてタイタンに剣を振るうジルの姿があった。

ギムレットの中で、ブロドの言葉に合点がいく。


タイタンに損傷を与えたという事実だけに気を取られていて意識から外れていたが、今のジルからは獣のような印象を受ける。

理性というものが感じられないのだ。

今でこそタイタンと戦ってはいるが、もしその存在が無くなれば、次は自分達に襲い掛かってくるかもしれない。そう思わせるだけの危うさを感じる。加勢に入ったつもりが、その本人に牙を向けられたのではたまったものじゃない。ましてやその牙が凄まじい威力を持っているとなれば、触れないでおくという選択も否定できない。


ギムレットは無意識に自身の顎を軽く手で摘み、思考する。


そもそも、あのジルと言う少年は一体何者なのだろうか。

情報が無さすぎる。敵なのかそれ以外の何かなのか、彼の立ち位置が分からない。


「下手に手を出すよりは、現状維持が一番だろう。もしかしたら、一人で倒してくれるかもしれないしな」

「そう、ですね。ただ・・・」


ギムレットは思考を中断して顔を上げると、おもむろに後ろを振り返った。

自身の中で答えが出るとも知れない思考を続けるよりも、ジルという人間をより知っている者に聞いたほうが効率的だ。そう考えたのである。


ブロドがギムレットの視線に気付き、釣られて同じ方に視線を向ける。


「ん、どうした?」

「あの子は納得しないかもしれません」


ギムレットの視線の先にいたのは、白亜の髪を揺らしながらこちらに向かって走ってくる一人の少女。リブだ。


「なっ?!おいおい、戻ってろと言ったはずだぞ」


ブロドはその姿を確認すると、誰にともなく独り言ちる。

ブロド達の側まで近づいてきたリブは速度を落として、やや息切れしたまま、先程のブロドの独り言に言葉を返した。


「ごめんブロド。でも私、返事はしてなかったから」

「・・・確かにな。んで、何で戻ってきたんだ?」


頭をワシャワシャと掻いたブロドはため息混じりに言う。


「うん。それが、ジルが大変なの」

「あぁ、あれだろ。見れば分かる。と言うかリブ、あいつ何者なんだ?」

「?ジルはジルだよ?」

「いや、そうじゃなくてだな・・・」

「そのジルがあれ程の力を持っていること、リブは知っていたのか?」


ブロドの横からギムレットが話に入って来たので、リブがそちらに顔を向ける。


「知らない。それに、あれはジル本来の力じゃないと思う」

「ふむ。何でそう思う」

「トランクケースが開いたの」

「・・・」

「・・・はっ!?そ、そういや、預けたのに持ってないな。って、どうやって開けたんだっ!?中には何が入ってたっ!?」


血相を変えて詰め寄るブロドに、リブは少し圧され気味に答える。


「開けたのは、たぶん私じゃなくてジルだよ。中から出てきたのは、今ジルが使ってる剣が一本だけ」

「そ、そうか、剣か・・・」

「うん。その剣を掴んだ途端、何て言うか・・・ジルがジルじゃなくなったみたいな。とにかく、今みたいになって」


リブはタイタンと戦っているジルにちらりと視線を向ける。

戦っている最中に腕や足を負傷したのか、破けた服の辺りに血が滲んでいたり、小さな切り傷などが確認できるジル。しかし戦いの中で一種の興奮状態にあるのか、傷みなど知らないとばかりに嬉嬉ききとして剣を振るうその姿は、ひどく鬼気きき迫っていた。


眉根を寄せたリブはブロドとギムレットに向き直り、自身でも上手く言葉に出来ないその心情を簡潔に吐露する。


「あれは良くないもの・・・だと思う」

「・・・実際に見た訳じゃないから何とも言えないが、少なくとも、大ハズレを引いた訳ではなかったということか」

「ええ、それならタイタンの装甲を軽々と切り裂くという異常も説明がつきます」

「なるほど」


ブロドの呟きにギムレットが捕捉すると、ブロドは動き回るジルの方に顔を向けて薄く笑みを浮かべた。


「こんな事に巻き込まれたのは最悪としか言えないが、悪いことばかりじゃなかったということだな。絶対に回収するぞ」

「と言うと、両方ですか?」

「それは、あの少年がタイタンを倒せるかによるな」


リブの存在を忘れたように話し始めるギムレット達に、リブは戸惑ったような声を上げる。


「ねえ、ジルは?助けてあげないの?」

「ん、あー・・・ついさっきも話していたんだが、まず大前提に、そのジルに助けて貰うという意思がない」

「・・・」

「それに正直に言って、よく知りもしない者まで無理して助けるつもりはない。俺達だって厳しいんだ、仲間の方を優先する。ギムレット、いいな」

「はい」


ギムレットはブロドの声に答えて、何事か考え込んでいるのか眉を寄せて黙っているリブから視線を外し、車が駐車してある方向に視線を向けた。


タイタンの登場という最悪の状況にあったが、ジルというイレギュラーな存在によって、事態は少し好転しているように思う。

ジルがタイタンと戦ってくれているおかげで、自分達は自由に動ける。加えて、先程までは四方八方からの攻撃に対応しなければならなかった仲間達の負担が、いくらか少なくなった。それは、タイタンとジルが戦っているこちら側からの攻撃が無くなった為である。無意識の内に巻き添えを恐れたのか、周りにはタイタンを除いて敵は見えない。警戒する方向がある程度絞り込めるようになれば、それだけ対応が楽になる。

自分が戻れば、崩れた態勢を立て直すことも可能だろう。


「リブを連れて一度戻ります。隊長はこちらに?」

「いや、離れた場所から撃っている魔法士を処理して周りつつ、あの戦いを見届ける。可能であれば、そのままあれを回収するつもりだ」

「分かりました」


ギムレットは一つ頷いて、再び傍らにいるリブに目を向ける。

そこには当然ながらリブがいたが、そのリブの視線はタイタンの方、正確にはジルのいる方向に向けられていた。


会ったばかりの他人に、リブがここまで興味を示すことは珍しい、と言うよりは初めてである。長いこと一緒にいるギムレットであるが、こんなリブは今まで見たことが無かった。

リブにそんな一面があったことに少しばかりの嬉しさを感じつつ、しかし今はそれどころではないと表情を引き締めたギムレットは、リブの肩に手を置いて声をかける。


「リブ、行くぞ」

「・・・」

「・・・リブ?」

「ギムレット、ジルの動きが・・・」

「なに?」


視線をジルの方に向けたまま応えたリブに釣られて、ギムレットとブロドがそちらを向くと、


『ギンッ!』


短いがよく響くそんな音の後に、タイタンの左腕が地面に落ちた。



◆◇◆



金属同士が激しくぶつかり合う音、タイタンから漏れ聞こえる微かな低い駆動音、断続的に続く短く荒い息遣い。

いつ頃からか、ジルの耳に入ってくる周囲からの音は、それらだけになっていた。


「っ・・・はっ・・・はっ」


ジルは目の前の敵、タイタンの一挙手一投足に全神経を集中させていた。

その動きを目で見て、微かな駆動音を耳で捉えて、振るわれた巨槍の風圧を肌で感じ、自身の息遣いさえも煩わしく思いながら、ジルは体をひたすら動かす。


「はぁぁあああっ!」


風を切って絶え間なく襲い来るタイタンの巨槍や豪腕を大袈裟な動きでかわして、隙があると感じれば手に持った剣で出鱈目に切りかかる。

しかし、その速いだけの拙い(つたな)ジルの攻撃は、タイタンに避けられ、或いは防がれ、時には弾き飛ばされて、地面の上を泥臭く転げ回っては瞬時に起き上がり、再び同じことを繰り返すという何とも効率の悪いものになっていた。


周囲から見れば、小さな傷ばかりが増えていくジルの劣勢だと捉えられるだろうが、いつまでも決定打を与えられないタイタンも、充分苦戦していると言えるだろう。なぜならジルの攻撃は、その一撃で堅牢なタイタンの装甲を破るのだ。


相手が常識の範疇に収まる所謂いわゆる普通の敵であれば、タイタンも剣での攻撃など無視して攻めることに専念できるのだが、その剣での一撃が自機の致命傷と成りうるとなれば、タイタンの操縦士もジルの剣を無視は出来ない。


ある程度の損傷を覚悟で確実に仕留めることも出来なくはないが、それを実行する程の思い切りの良さを、このタイタンを操る経験の浅い操縦士は持っていなかった。仮に持っていたとしても、ジルを倒して戦いが終わる訳ではなく、その後はギムレットやブロドといった強者と戦うことになるのだ。

ジルの攻撃で足の一本でも動かせなくなれば、その後の戦いで負けはなくとも勝ちは無くなるだろう。そして、それでは駄目な理由が警備団にはあった。確実に全員をここで仕留めなければならない理由が。


故に、攻撃を二の次にしてでも、タイタンはジルの攻撃に対して反応せざるをえないのである。

危なっかしいところはあるが、曲がりなりにもジルがタイタンと戦えている理由はそんな所にもあるだろう。

これがジルだけを倒せば良いのであれば、恐らくジルは数十秒程でタイタンに潰されているはずだ。


しかし、いくらそのような理由があったとしても、曲がりなりにもジルがタイタンと戦えているという事実は、大前提として一つ可笑しなことがあった。

それは、この戦場では唯一ジル本人にしか分かり得ないこと。ジルには魔力がないという事実だ。

それはつまり、タイタンの装甲を破る程の攻撃を出せるはずがなく、高速で振るわれているタイタンの巨槍を避け続けることなど出来るはずがないということ。


だが現実として広がっている光景は、その出来るはずがないを真向から否定している。


ジルは本来ならあり得ないはずの自身の身体能力に弄ばれるように、頭上から迫るタイタンの豪腕をなかばつんのめるように跳んで避けた。続いて挟み込むように前方から迫る巨槍に対して、ジルは空中で強引に体勢を変え、体の正面に両手で剣を構える。角度をつけて構えられたジルの剣と巨槍が接触すると、火花を散らせながら巨槍は剣身の上を走り、小さく短い苦悶の声を残して、ジルの体は巨槍の進路上から弾き飛ばされ地面を激しく転がった。


転がりながらも剣を手放さないジルは、転がる勢いそのままに両足と片手を地面に着けて無理矢理勢いを殺し、自身に向かって既に降り下ろされ始めているタイタンの巨槍を睨み付けた。


一つ小さく息を吐いて、ジルは最初の攻撃の時のように両足に力を込める。

握った剣をさらに強く握り締めると、今まで異常の力が体にみなぎって行くのを感じた。

今尚自身に迫って来ている巨槍を目の前にして、それでもジルはにやりと口角を上げる。


ーー爆発。


そう表現するに相応しい力が、ジルの足下で解放された。

地面が爆ぜ、亀裂が走る。

莫大な推力を得たジルは、迫るタイタンの巨槍に向かって真正面から高速で跳んで行った。


一瞬の後、空中でタイタンの巨槍とジルの剣が激しくぶつかる。

本来のジルならば考えられない程の力、加えて推力を得てしてもなお、タイタンの剛力には及ばない。

ジルはタイタンに向かって行った推力を若干残したまま地面に弾き飛ばされ、タイタンの巨槍はほんの少し軌道をずらされそのまま地面に突き刺さった。


苦悶の声を漏らしながら、タイタンの方に向かって地面を転がるジル。

しかし転がりながらもその眼は確りとタイタンの姿を捉えており、泥まみれになりながらも姿勢を整え、完全にタイタンの懐まで入り込んだ所で勢いそのままに両足で地面を踏み切った。


剣を携えて、タイタンに向かって再び飛び込むジル。

既に懐まで入り込まれてしまった為、両手で巨槍を下に振り切った姿勢のタイタンからでは、さらにその下から襲い来る小さいジルを視認することが難しい。しかし、それまでの戦いから必ず間を置かずに飛び込んでくることを確信したタイタンの操縦士は、闇雲に振り払おうとタイタンの左手を巨槍の柄から離した。

その瞬間、タイタンの操縦士は飛び掛かって来ているジルを視認する。既に振り払うのは間に合わない距離。そう瞬時に推測した操縦士は、攻撃を避けようとしてタイタンを動かした。右手は巨槍の柄に残したまま、左半身を後ろに引く。が、


『ギンッ!』


ジルの力強い剣がタイタンの左肩、その関節に下から入り込んで、そして上に抜けていく。だがジルの振った剣の長さと、タイタンの肩部の関節部分の厚さを考えれば、切断というには至らない。

切り裂かれた関節の断面からは大小様々な管が顔を出し、辛うじて繋がっているという様子。

ほんの数秒後、自重によりタイタンの左腕が千切れて地面に落ちるのと、タイタンの後ろでジルが地面に着地するのはほぼ同時であった。


『ーーー』


まさしくそれは、茫然自失と表現するのだろう。

タイタンの操縦士はその事実が信じられないと言うように、先の無くなった自機の左肩をタイタンの頭部に着いている二つ目、メインカメラを通して見て、それから地面に千切れ落ちた左腕に目を向けて、そこでタイタンの動きを止めてしまった。


その数秒間は、音が消えていた。

鋭い剣戟の音も、息を飲むような怒声も、耳を塞ぎたくなるような悲鳴も何もかもが、現実として消え去っていた。

周囲にいた全ての者が、ジルとタイタンの戦いに意識を奪われていたのだ。

その中で動きを止めなかったのはただ一人、ジルである。


背を向けているタイタンに素早く走って近付いたジルは、無防備な右足、最初に傷を付けた付近を狙って剣を振るい、当然のようにそれを切り裂いた。


やはり切断まではいかなかったが、深い切り傷を穿たれたタイタンの右足では自重を支えきれず、切り裂かれた箇所が潰れるようにぐしゃりと歪み、バランスを取れなくなったタイタンはそのまま右側に倒れていった。


巨槍を右手に掴んだまま粉塵を巻き上げて倒れたタイタンは、そこで初めて現状を認識したのか、残っている左足と右手に持った巨槍を我武者羅に振り回し始める。


これには流石にジルも突っ込むことなく距離を置いたが、タイタンは次第にその動きを歪に緩めていき、やがて完全に停止してしまった。


強力な兵器であるタイタンとは言っても、完璧ではない。むしろ強力であるからこそ、それを実現させる為に繊細な部分があるとも言える。

左腕を失い右足を破壊されるというような損傷をすれば、不調を起こしてしまうのも理解できるというものである。


何はともあれ、幕引きは何とも呆気ないものだった。

呆気ないものだからこそ、その事実は強調されて人の心に残る。

一人の少年が、剣の一本でタイタンを下した。

その尋常の外にある現実は、周囲の者を停止させるに充分過ぎた。


「はぁ・・・はぁ・・・っふぅーー・・・」


ジルは構えていた剣をだらりと下ろし、仰向けの姿勢で機能停止したタイタンへと歩き始める。

かりかりと、ジルの持つ剣が地面を削る音だけが寂しく響く。

緩慢なその動きで、ジルがタイタンとの距離を半分程縮めた所で、


ーードサッ


前触れもなく、ジルが地面に倒れた。

先程までとは違い、いくら待っても起き上がる気配はない。

不気味な静けさが辺りを包んだ。

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