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癒しの乙女の永久なる祈り  作者: トウリン
第二章:目覚めと新たな出会い
8/72

旅立

 人の気配と人の声。


 その二つがルゥナを眠りから現実へとゆっくり引っ張り上げる。


 彼女に残っている最後の記憶は、脇腹の激痛だ。覚醒しきらぬままに、そこに手が行った。痛みはなく、いったいどれほどの時間が過ぎているのだろうかとルゥナはおぼろげに思う。

 そんな彼女の手に、温かなものが触れた。

「お気付きになりまして?」

 はっきりと聞こえてきたのは、少女の声。それはピシカのものとは違って、柔らかい響きをしている。

 その声に促されるように目蓋を上げたルゥナの視界に入ってきたのは、濃い蜜のような金色の巻き毛と淡い空色の目をした少女だ。大きな目は少し目尻が下がっていて、ルゥナよりもいくつか年下のように見える。彼女の隣に、薄紅色の仔猫はきちんと前足を揃えて座っていた。


 ピシカに声をかけようとしたルゥナに、少女が小さく首をかしげて問い掛けてくる。

「どこか痛いところはありませんの?」

「え……あ……だいじょうぶ、です」

 相手が誰なのかも判らぬまま、ルゥナはもごもごと答える。確かめなくても、自分の身体に傷一つ残っていないことは判っていた。すると少女はニッコリと明るく屈託のない笑みを浮かべる。

「良かった。わたくしはフロアールと申しますの。少しお待ちになってね?」

 幼さの残る顔立ちなのにしっかりとした物言いで、ルゥナは面食らう。パチパチと瞬きをする彼女をよそに、フロアールは後ろを振り返って何やら呼びかけた。


(余計なことは言わないでよ。いろいろ説明するのは面倒だから、取り敢えず、名前以外は何も覚えてないってふりをしなさいよ)

 唐突に頭の中に声が響き、ルゥナはハッとピシカに目を走らせる。

「にゃあ」

 どういうことなのか、と尋ねようと口を開きかけた彼女の機先を制して、ピシカはわざとらしい鳴き声を上げた。


 訳が判らず身体を起こしたルゥナの目に、近寄って来る三人の人物が入ってくる。ルゥナと同じくらいの年頃の少年と、彼よりもだいぶ年上に見える全く同じ顔をした二人の男性だ。

「どこか痛むところはないか? 大きな怪我はなさそうで何よりだ。私はスクート。あちらの私と同じ顔をしているのは、サビエ。少年はエディだ。君は?」

「あ……ルゥナ、です」

 自己紹介から畳み込むように問い掛けられ、ルゥナはしどろもどろに答える。金髪を短く刈り込んだ青年の口調は穏やかだが、その緑の眼差しはとても鋭い。


「で、ルゥナ、君は何故こんなところにいるんだい? その髪の色はこの辺りでは珍しいけれど、どこの国?」

『国』と問われてルゥナは戸惑った。彼女が住んでいた孤島イシュラは、今はどんな呼ばれ方をしているのか、ピシカに確認しておかなかったのだ。

「ルゥナ?」

「あ、その……わたし、何も覚えていなくて……」

 しどろもどろなルゥナに、スクートと名乗った青年の目が細くなる。

「覚えていない?」

「はい……名前くらいしか……」

「そう――マギク辺りかな、と思ったのだけれどもね。銀色の髪は、マギクくらいでしか見たことがないから」


『マギク』は、ルゥナのかつての旅の仲間の名前だ。淡い金色の髪と紫色の目をした美しい女性だった。咄嗟に反応しそうになって、今は自分の知る時代よりも百年以上が過ぎていることを、彼女ははたと思い出す。


「マギク、ですか……判りません……」

 そう答えたルゥナに注がれる視線の強さが増す。嘘をつくのに慣れていない彼女はその鋭さにいたたまれない思いをしながら、俯いた。かと言って、百五十年も眠っていたなど言っても、余計に怪しまれるに違いない。頼みの綱のピシカは、まるでただの猫のように澄ましている。

 深く顔を伏せたルゥナと、そんな彼女を殆ど睨み付けるようにして見据えているスクートは、こう着状態に陥る。

 と、そこに、苛立ちを隠そうとしない声が割って入った。


「スクート、もういいだろ。多分、頭でも打ったんだ」

 彼女を庇う言葉にルゥナが顔を上げると、声の主は思ったよりも近くにいた。しゃがみ込んだルゥナのほぼ正面に、膝をついている少年。彼の目尻はすっと切れ上がっていることを除けば、面差しはフロアールとよく似ている。二人が兄妹であることは明らかだった。

 エディという名の少年の顔かたちよりも、太陽の光のような彼の金色の髪と――その下にある澄み渡った空のような青い瞳に、ルゥナは目を奪われる。


「どうした?」

 彼女のそんな反応に、エディが微かに眉をひそめた。

「いえ、何でも……その、あなたの色が、わたしの大事なひとによく似ていて……」

「覚えているのか?」

「あ……」

 取り繕おうとして言葉が見つからず口ごもったルゥナを、エディが「ああ」という顔になった。

「よっぽど特別な人なんだな」

 彼のその台詞に、ルゥナの横から小さなため息が聞こえる。それを漏らしたのが誰なのか、彼女は見なくても判った。

 ルゥナを怪しく思っていることを、スクートは隠そうともしない。だが、その気持ちは彼女にも充分理解できる。こんな山の中を独りでウロウロする少女など、胡散臭いに決まっている。

 けれども、エディとフロアールは全くルゥナの事を疑っていないようだった。彼が次に発した提案に、彼女の方が目を丸くする。


「取り敢えず、俺達と一緒に行こう」

「そうですわね、それがいいですわ」

 エディが言って、フロアールが顔を輝かせて相槌を打つ。

「え?」

 ルゥナが答えるよりも先に、スクートが口を挟んだ。

「エディ様、それはどうかと……」

「だけど、この子独りで置き去りにするわけにはいかないだろ」

「しかし、もしかしたらマギクの者かもしれないではないですか」

「こんな子が?」

「魔法兵は見た目で判断してはいけません」

「連れて行くんだ」

「エディ様……」

 頑固に言い張るエディへ、スクートが渋面を向ける。


 彼らの遣り取りが理解できないままに、自分が争いの種になっていることは伝わってきて、ルゥナは肩をすぼめた。二人に向けて自分は大丈夫だと言おうとしたルゥナの腿に、チクリと鋭い痛みが走る。そこに目を落とせば、ピシカがその金色の目を光らせて彼女を見つめていた。

(彼らに付いていくのよ)

「でも――」

 危うく声に出して答えそうになったルゥナを制するように、ピシカがまた爪を立てる。血がにじむほどに食い込んだそれに、思わず顔をしかめた。

 そんな彼女に、鈴を振るったような小さな笑い声が届く。


「お兄様の勝ちだわ。スクートだって、本当はあなたを置いていけやしないんだもの」

 微笑みながら、フロアールはルゥナの耳に口を寄せて囁いた。

「スクートも、一生懸命肩肘張っているところですの。今は……彼が一番『年上』ですから。イジワルそうに思えても、少しの間、がまんしてあげてくださいね? 本当は、優しいのよ」

「年上って……でも、スクートさんはあっちの――サビエさんと双子じゃないんですか?」

「ええ、そうね。年は同じだけれど、スクートの方が『兄』なの。色々な意味で」

 そう言ったフロアールは、どこか寂しげな笑みを浮かべる。一気に大人びて見えた彼女を見つめながら、ルゥナはぼんやりと彼女自身の双子の弟の事を想った。彼もいつもルゥナの世話を焼いていて、姉弟の順序が入れ替わったようだった。

 不意に隣にその存在がないことが実感されて、ルゥナはフルリと身体を震わせる。それに気付いたフロアールがその空色の目に案じる色を浮かべて、ルゥナを覗き込んできた。


「大丈夫? やっぱり、どこか調子が悪い?」

「いえ、何でもないです」

 そう呟いて、ルゥナは顔を伏せてフロアールの視線から逃れた。

 そんな少女二人をよそに、スクートとエディは喧々囂々とやり合っている。

「お前は頭が固いよ! 放っておけないだろ!」

「駄目です。我々の状況を理解していますか?」

「何だよ、マギクは敵じゃないとか言ってたくせに」

「そうは言っていません。ただ、戦う前にきちんと事実関係を確認しなければいけないと言っているだけです。彼らを警戒するに越したことはありません」

「あんな女の子に何ができるっていうんだよ」

「だから――」

 堂々巡りの遣り取りに、スクートの声に苛立ちがにじみ始めた時だった。


「二人とも、ちょっと静かにしようか? ちょっとマズい事態みたいだぜ?」

 それまでスクートとエディの応酬を面白そうに静観していたサビエが、不意に表情を改めてそこに水を注した。同時に振り返った二人に、彼は立てた親指で左の方を示す。

 釣られて皆がそちらに目を送り、そこに見逃しようのない存在感を放つものを見る。

 それは、金色に輝く小山のようだった。距離があってもその巨大さは否応なしに見て取れる。四つん這いでも、スクートやサビエと同じくらいの高さはあるだろう。


 金色熊ウルズ


 フロアールは息を呑み、ルゥナは足元にいたピシカをすくい上げて胸に抱き締めた。

「噂をすれば何とやら、だ。どうする、まだこっちには気付いていないようだけど?」

 サビエはスクートを横目で見ながら問い掛ける。

 逃げるか、隠れるか。

 だが、弟の台詞に対して、スクートは腰の剣をスラリと抜き放った。

「いや、遅い」

 直後空気を切り裂いた、咆哮。

 目を爛々と光らせて、地鳴りのような足音を轟かせて彼らの元へ突進してくる金色熊ウルズは、あっという間に距離を縮めてくる。


「エディ様、二人を頼みます! サビエ、行くぞ!」

 振り返りもせずに言い置いて、スクートは弟と共に地面を蹴った。

 何のためらいもなく巨大な獣に向かっていく兄弟に、ルゥナは小さな悲鳴を上げる。とてもではないが、普通の人間が太刀打ちできるような相手には見えなかった。

 蒼白になった彼女の背中を、フロアールの小さな手が支える。

「きっと、大丈夫ですわ。二人とも、もっと大変な相手と――魔物と戦ったこともあるのですもの」

「魔物?」

「そう。ご存じない? このルニア大陸の北西に浮かぶ孤島から、溢れ出してきているのよ。異形の姿に強大な力――中には魔法を使うモノもいるの。エデストルはマギクと力を合わせてそれらと戦っている――いたわ。スクートもサビエも、三年前に一度戦場に行ったのよ」

 孤島、と聞いて、ルゥナは一瞬息を詰めた。きっと、彼女の故郷のあの島だ。そしてもしもそうであるならば、フロアールが言う『魔物』は――。


 唇を噛んだルゥナに気付かず、フロアールはスクートとサビエを見つめながら続ける。

「あなたがご存じないのは、忘れているからかしら? それとも、東の方の人だからかしら? 東のヤンダルムやシュリータは、魔物のことなど我関せずですもの。だけど、このままではきっとこの大陸は魔物に蹂躙されてしまいますわ」

 そう言って、フロアールはため息をつく。それを耳から耳へと聞き流しながら、ルゥナはきつく両手を握り締めた。

(やっぱり、終わってない)

 ピシカと再会してから彼女に聞かされたことを裏打ちする言葉を今を生きる者の口から聞かされ、それは不意に現実味を帯びる。

(わたしが何とかしないといけないんだ。わたしが、ちゃんとやらないと)

 それを成し遂げなければフロアールの言う『魔物』は増え続けるだろう。

(だけど、どうしたらいいの? みんなはもういないのに)

 圧倒的な孤独感に、ルゥナは身を震わせる。


(ルゥナ)

 不意に頭の中にじかに呼びかけられて、彼女は我に返った。腕の中を見下ろせば、ピシカが長いひげをピクつかせながらジッと見つめてくる。

「そうね、あなたがいるわ」

 囁き、小さな身体に頬を寄せようとした、その時。


「ッ!」


 隣でフロアールが悲鳴を噛み殺す音が聞こえ、ルゥナはハッと顔を上げて彼女の目が向けられている方を見る。そこでは振り下ろされた大鎌のような金色熊ウルズの爪が、今まさにスクートの身体を引き裂こうとしているところだった。

「スクート!」

 大きく跳ね飛ばされた彼の姿に、フロアールが悲鳴を上げる。だが、エディは状況を冷静に見て取った。

「大丈夫、あれはわざと自分で跳んだんだ。ほら、見てみろ」

 エディの言葉のとおり、金色熊の前足に薙ぎ飛ばされたように見えたスクートは、地面に叩き付けられたかと思った直後に二、三度転がり、すぐさま立ち上がった。その動きに、少なくとも大きな怪我を負ったふうはない。

 スクートとサビエの動きは鮮やかだった。

 巨体からは想像もつかない速度で振り回される爪を、どちらも紙一重で掻い潜る。その攻撃をやり過ごすうちに、彼らは各々の役割分担を決めたらしい。


 金色熊の気を引くように、スクートは爪が届きそうなギリギリのところを軽快に動き始める。ヒラヒラと、捕まえられそうで捕まえられない彼に、いきり立った熊はもう一人のサビエのことなどすっかり頭から消えてしまったようだ。

 後ろ足で立ち上がった金色熊は空気を震わす咆哮を轟かせながら、ひたすらにスクート目がけて爪を繰り出す。彼しか頭にない巨熊は、いつの間にか背後に回っていたサビエには全く気付いていなかった。

 一声も発することなく、サビエが剣を振り上げる。

 その気配に金色熊が気付いて振り返ったのは一瞬遅く、サビエの刃は厚い皮に覆われたその背中の筋を切り裂いていた。

 立ち上がる為に必要な筋肉を一刀のもとに両断され、熊は怒りと苦痛の声を上げながら前のめりに崩れ落ちる。もがくように起き上がろうとしても、四肢は空しく地面を掻くだけだ。


「仕留めたな」

 エディが満足そうにそう言うのがルゥナの耳に届いたが、彼女はそれを上の空で聞き過ごした。

 熊は苦痛の悲鳴を上げながらのたうちまわっている。傷付き苦しむものの姿に、ルゥナの身体は何かを考えるよりも先に動いていた。


「あ、待てよ!」

 無言で腕の中のピシカをフロアールに押し付けて駆け出したルゥナをエディが引き止めようとしたが、彼女は止まらなかった。ルゥナに向けて伸ばされた彼の手は、空を切る。

 つまずきそうになりながら走るルゥナの前で、サビエが熊に止めを刺そうと剣を振りかざした。

「やめて!」

 思わず制止の声を上げたルゥナに、サビエとスクートが振り返った。その二人の間を擦り抜けて、彼女は金色の身体にすがりつく。


(ダメ!)

 ピシカの声が脳裏に響いた時には、もうルゥナの力は発動していた。それは瞬き数回程度の間に起きたこと。そのわずかの間に熊の背中の傷は塞がり、ドクドクと流れ出していた血が止まる。完全に治してしまう前に我に返ったルゥナは立ち上がると、数歩後ずさった。


「治癒の魔法……こんな、強力な……」

 スクートが呆然と彼女を見つめ、サビエは感嘆したように小さく口笛を吹く。

「あ……ごめんなさい……」

 ルゥナは、二人から目を逸らし、顔を伏せて呟いた。

 せっかく倒した危険な獣を癒してしまうとは、愚行以外の何ものでもないだろう。熊はもがいて起き上がろうとしているが、まだ痛みがあるようで不機嫌そうな唸りを上げてうずくまる。


「――取り敢えず、動くことはできないようだから、今のうちにこの場を離れよう」

 硬い表情のままスクートはそう言ってルゥナの腕を掴み、こちらに来ようとしているエディを手で制した。小柄な少女を殆ど引きずるようにして連れて行く彼に、サビエが呆れたような声を投げる。

「おいおい、もう少し丁寧に扱ってやれよ」

 そんな弟の声を無視して、スクートはエディとフロアールに目を向けた。

「あれはまだ動けないようです。行きましょう。サビエ、この子はお前の馬に乗せてやれ」

「はいはい」

 押し付けられたルゥナを受け取り、サビエは苦笑する。

「まったくなぁ。あんたが密偵とか、有り得ないと思うけどな。まあ、あいつは真面目だから、しばらく我慢してやってくれよ」

 先ほどのフロアールと同じような台詞に、ルゥナはおずおずとサビエを見上げた。


「あなたは……わたしのことをおかしいと思わないのですか?」

 どちらかというと、ルゥナにはスクートの疑いようの方が理解できた。彼女自身も警戒心が薄くて弟によく叱られていたものだが、この状況では他の三人が簡単に受け入れすぎのような気がする。

「ん? まあ、オレは女の子は疑わない主義だから」

 言いながらヘラリと笑うサビエの台詞がどこまで真面目なものなのか判らなくて、ルゥナは答えに詰まった。


「にゃあ」

 不意に足元から声がして、ルゥナの素肌に柔らかい身体がこすり付けられる。

「ピシカ」

 屈んで抱き上げてやると、仔猫は警告するように彼女の腕に爪を立ててきた。

「イタ」

 反射的にルゥナがそうこぼすと、すかさず頭の中にキンキンと声が響く。

(「痛い」じゃないわよ、あんたってば。まったくもう、力を使ったわね? あいつにバレちゃったらどうすんのよ)

「あいつって?」

 思わず問い返したルゥナに、馬の支度をしていたサビエが振り返る。


「何か言った?」

「あ、いえ、何でもないです」

 まさか仔猫としゃべっていましたとは言えず、ルゥナは曖昧に言葉を濁してごまかした。腕の中のピシカは澄まして知らんふりをしている。

「そうか? じゃあ、お手をどうぞ、お嬢さん」

 手を取られたかと思った瞬間、もう鞍の上で、ルゥナは慌てて馬の首にしがみついた。


   *


 何の気配もないがらんとした洞穴の中に、黒づくめの陰が佇んでいる。背は、かなり高い。頭からつま先まで完全に外套で覆われており、わずかに除く顎の辺り以外、その下の姿がどんなものなのかは見て取ることができなかった。


「あいつの仕業か」

 ポツリと呟かれた声は、低く、深い。それは成熟した男の声だ。冷えているようでいて、そこはかとない苛立ちがほの見える。

 彼は洞穴の奥の一点を見据えていた。

 何もない、一点を。

 かけがえのない宝物を完璧に護っていた筈だったのに、なくなってしまったのだ。


 彼は耳障りな音がする響くほど、奥歯を強く噛み締めた。その口元からは、鋭く長い牙が覗いている。

 彼の身に馴染んだその力の波動を感じた時、まさかと思いながらもすぐにここに駆け付けたのだが、遅かった。大事な小鳥を閉じ込めていたもぬけの殻の鳥かごには、今は気配すら残っていない。


 まさかここを探し当てられるとは思ってもいなかった。

 ここ数年、他のことに気を取られてしまったからだ。きっと、その隙を突かれたに違いない。


「早く見つけないと」


 響き渡った男の声は暗く、そして隠しようのない焦燥が含まれていた。


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