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癒しの乙女の永久なる祈り  作者: トウリン
最終章:乙女の祈りが叶うとき
68/72

無謀

 戦いは、続いていた。

 エディの剣が、ヤンの斧が、シュウの槍が、エディの矢が、マギの巨躯を切り裂き抉り貫き、砕く。

 けれど、そのたびにマギクの身体は再生し、怒号を上げながらいっそう強大になっていく。

 どれだけ傷付けても――どれだけ壊しても、キリがない。

 ひたすら戦い続ける彼らを前にして、ルゥナは何もできない歯がゆさと悔しさにきつく唇を噛み締めた。

 エディたちが剣を振るい始めてから、もうずいぶん経っている。ここに到着した時には真上にあった太陽も、だいぶ傾きつつあった。

 けれど、終わりが訪れるとは思えない。


(本当に、これでいいの?)

 ただただエディたちを見守るしかないルゥナは、目を見開いて握り合わせた両手を絞った。

 まだ、エディたちには目立った怪我はない。でも、体力はどうだろう。

 彼らの身体に傷が無いのは、マギクの攻撃が当たっていないからだ。いずれ体力が尽きてほんの少しでも動きが鈍れば、ひとたまりもない。きっとあの巨大な腕がかすっただけで、命を落としてしまう。


(何か……何かわたしにできることは……)

 懸命に考えても、ルゥナにあるのは癒しの力だけだ。

 彼らが傷を負ったら彼女も役に立てるけれど、そもそも、そんなことになって欲しくない。

 エディたちがマギクに傷付けられるのも、マギクがエディたちに傷付けられるのも、ルゥナはもう見たくなかった。


 もう、終わらせたいのに。

 ただそれだけを願うルゥナの見つめる先で、ヤンが大きく斧を振りかざした。その刃が、大きくマギの背中を切り裂く。

 吹き出すどす黒い液体。血液ですら、もう色を変えている。

 その衝撃に耐えかねたようにマギクはくずおれた。

「ようやく、か?」

 どこかほっとしたような呟きが、ソワレから洩れる。

 ルゥナもそう思って、握り締めた手を緩めた――その瞬間。


「!」


 どくどくとどす黒い液体を溢れ出させていたマギクの背中の傷から、幾本もの触手がうねりながら吐き出される。振り回されるそれが空気を切り裂く音が、離れているルゥナのところまで届けられた。

 ルゥナは悲鳴を呑み込みのど元を抑える。

 マギクの背中側にいたヤンとシュウは、その攻撃を間一髪で擦り抜けた。

 けれど、正面から対峙していたエディは、突然現れたそれをかわし切れない。


「エディ!」

 皆が上げた警告の声は、間に合わなかった。

 触手に胴を横殴りにされ、まだ軽い身体が吹き飛ばされる。ルゥナにも聞こえた鈍い音は、彼の身体の骨の何本かは砕かれた証だった。

 ルゥナたちがいる方へと飛んできたエディは、二度、三度と地面に叩き付けられて、ようやく止まる。


「エディ!」

「待て、ルゥナ!」

 制止しようとしたソワレの腕をかいくぐって、ルゥナは地面に横たわるエディへと駆け寄った。


(多分、腕が折れてる。他にも……)

「ぐッ……ゲホッ」

 傷の具合を確かめようとしたルゥナの前で、エディが激しく咳き込んだ。その口から、ぎくりとするほどたくさんの真っ赤な血が吐き出される。


「ッ」


 頭が真っ白になったのは、ほんの一瞬のことだった。

 考えるより先に両手をかざして力を注ぎ始めたルゥナを、エディは薄目を開けて見上げてくる。

「バカ、下がってろ……」

 エディは呻きながらルゥナを追いやろうとしたけれど、上げた彼のその手はすぐに力なく落ちてしまった。


「エディ?」

 返事はない。

 意識がないのにゼイゼイと荒い息は今にも途切れそうだ。口元には、一息ごとに、ふつふつと血の泡がたつ。


「いや……だめ……」

 今が戦いの最中であることなど、ルゥナの頭の中からは完全に消え去っていた。

 エディの傷を癒すこと、ただそれだけしか考えられない。


(死なないで……早く治って……)

 身体が、熱い。

 願えば願うほど力がどんどん溢れ出し、エディの中に吸い込まれるように染み渡っていくのが感じられる。


(早く……早く……)

 今、ルゥナの頭の中に浮かんでいるのは、傷付いたエディの姿ではない。


 不器用にルゥナのことを案じる彼。

 ぶっきらぼうな言葉でルゥナに応えてくれる彼。

 燃えるように強い気持ちでルゥナの選択に怒りを露わにする彼。

 ――そんなエディの姿ばかりが現れては消えていく。

 いつもいつも、苛立たせるばかりで。

 これからルゥナが選択する答えで、もしかしたらまた怒らせてしまうかもしれない。

 怒らせたくはない。

 でも。


(エディが怒ってくれるのは、少し、うれしかった)

 その怒りが、彼女のことを真剣に想ってくれているからこそのものだということが、ひしひしと伝わって来ていたから。

 答えは、まだ出ていない。

 大事なひとたちがいる世界を守る為に自分の身体を使うのか。

 それとも、大事なひとたちの為に、自分の身を優先させるのか。


(どうしたらいいのか、判らないの)


 だから。


(もう一度、エディの言葉を聴かせて)


 目を開けてルゥナのことを睨み付けて、怒って欲しい。


(お願い)


 ルゥナが懸命に祈るうち、次第にエディの呼吸は落ち着いてきた。途絶えることがないのではないかと思えていた口から溢れる血も、いつしか止まっている。

(もう、だいじょうぶ……?)

 エディの身体から両手を離し、ホッと息をつくルゥナの耳に、突然の甲高い笑い声が突き刺さる。


「あはは! 良かったわねぇ、ルゥナ。そいつが死んじゃわなくて!」

 視線を上げれば、宙に浮く薄紅色の少女が小バカにするような笑みを浮かべて戦いを続けているヤンたちを見下ろしていた。

「ムダよムダ! アタシの力とアイツの力と、両方だもの。どう壊したって、すぐに元に戻る」

 嘲るようにそう言って、ケラケラと笑う。

「ピシカ!」

 名前を呼ばわると、ピタリと彼女は笑いを止めた。

「お願いだから、もうやめさせて!」

 見上げて懇願するルゥナに返されるのは、全てを拒む冷ややかな眼差しだ。


「ムリよ。永い間彷徨って、どこに行っても何も手は見つからなかった。もしかして、と思えたのはアンタだけだもの。また当てどなく探すなんてできない。アタシには、もう後がない。もうこれ以上は、ムリ」

「ピシカ……」

「アンタはアタシを助けるって言ったわ。忘れたわけじゃないでしょ?」

 その台詞は、ルゥナの胸を刺した。

「そう、だけど、でも……」

「何よ、未練が出てきちゃった? そりゃそうよね、結局誰だって自分が一番だもの」

 声は嘲笑うようなのに、目は、とても暗くて――苦し気で。


(なんで、そんな目をしているの……?)

 戸惑い立ち上がりかけたルゥナは、轟く地響きにふらついた。ハッと振り返ると、こちらに向きを変えて足を踏み出したマギクの姿が目に飛び込んでくる。

 ルゥナとエディを狙って、というようには見えない。そんな理性が残っているとは、思えなかった。

 ただ、三方向から攻撃されて止められていた足が、エディが欠けたことで出口を見つけただけ。たまたま、その方向にルゥナたちがいる――ただ、それだけ。

 膨れ上がった身体の動きは遅くなっていたけれども、それを阻むのは困難だった。

 吠えたて、不格好に身体を揺らし、重い足音を響かせながら、着実に近付いてくる。

 ヤンとエディがマギクの脚を狙ってそれぞれの得物を振りかざした。


 右脚と左脚。

 斧と槍がほぼ同時に狙う。


 刃は共に命中しちょうどすねの辺りを切り裂いたけれど、浅い。脚を砕くまではいかず、マギクは止まらない。

「ルゥナ、早く下がって!」

 エディを癒している間は黙っていたソワレが、いつもよりも乱暴な手付きでルゥナの腕を掴んで立ち上がらせる。グイと後ろに追いやられても、それ以上は動けなかった。

「ルゥナ、早く!」

 言いながら、ソワレが両手を前へ突き出し魔力を溜める。

「どけ!」

 ソワレの鋭い一声で、ヤンとシュウがパッと跳んだ。彼らがそうするのと同時に、ソワレは膨らみきった魔力の塊を放つ。

 それは地面すれすれを飛び土煙を巻き上げながらマギクへと向かった。


 一瞬後。


 鈍い破壊音。


 岩が砕けるような音に次いで、マギクが前のめりに倒れ伏した。下半身を粉々にされ、背中の触手と両腕で、もがく。

 それはまるで、断末魔の苦しみに喘いでいるかのようだった。

 ビリビリと空気を震わせる咆哮が、ルゥナの胸を切り裂く。


「長くはもたないな」

 ソワレがこぼしたその言葉が、マギクの足止めに対するものだったのか、それとも、彼の命に対するものだったのか。

 その時、マギクが両腕を突き背中を反らした。

 そうすることで、唯一残っているマギクのままの部分が露わになる。


 端正で、無表情な、マギクの顔。


 無表情だけれど。

 ――苦しんでいる。


 底知れない絶望と、計り知れない苦痛と。


 人形のような面に、ルゥナはそれらを見た。

 ルゥナは胸元でギュッと両手を握り締める。


(やっぱり、このままじゃダメ)

 だったら、何ができるだろう。


(わたしに、できること。できることは――)


 たった一つだけ。


 無謀だけれども、ルゥナにできることは、一つだけしかない。

 心が決まると同時に、ルゥナは走り出していた。


「ルゥナ!?」

 慌てたソワレの声が追いすがるのを無視して、走る。彼の前には再び魔力の塊が凝り始めていて、ルゥナを引き留めるために手を伸ばすことはできなかった。

 ルゥナは転がるように走る。

 未だ地面に伏し、もがいたままのマギク目指して。

 もうだいぶ距離は縮まっていたから、たどり着くのはあっという間のことだった。

 ゴツゴツとした、岩のような巨体にルゥナは両腕を目いっぱい伸ばしてすがりつく。

 マギクから、邪神から、全ての苦しみを取り去ってあげたくて。


(お願い。わたしのすべてをあげるから)

 ルゥナは、祈る。


 ――その瞬間、視界が暗転した。

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