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癒しの乙女の永久なる祈り  作者: トウリン
第九章:剣士の帰還
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投降

 ひらり、と、空の欠片が落ちてきたかのように、青い何かが舞い下りてくる。

 それは頭の高さに持ち上げたシュウの指先にとまると、ピィと短く澄んだ鳴き声をあげた。

 その場には彼女以外にもフロアール、ルジャニカ、そしてカルがいた。

 皆の視線が注がれても、小さな青い小鳥はク、クと首をかしげて澄ましている。


「トール王子からですね?」

 カルの問いかけに、シュウは速翼鳥パサールの脚に付けられている小さな筒をいじりながら頷く。

「ああ。報せを飛ばせてきたということは、どうやら無事、片が着いたようだな」

 筒の中から出てきたのは、小さく巻かれた人差し指二本分ほどの長さの紙片だ。シュウはそこに書き込まれた、簡潔で要領を得た報告に目を通した。

「トール様は何て? ルゥナはどうなったと?」

 今にもその手紙を奪い取りそうな勢いで、フロアールが詰め寄る。

 シュウはそんな彼女にニッコリと笑って、答えた。

「取り戻したとさ。まあ、何だかまだ問題は残っていそうだけど、取り敢えず、彼女の弟も落ち着いたみたいだ。共に行動することになったらしい」

「良かった!」

 フロアールの顔が安堵と喜びに輝く。


「それで、お兄様方はいつごろお戻りになるのでしょうか」

 両手を組み、期待に満ち満ちた眼差しをシュウに向けているフロアールを、しかし、彼女は少し首をかしげて気の毒そうに見下ろした。

「彼らはここには戻らないんだ」

「え?」

 眉根を寄せたフロアールの頬に、シュウがそっと手のひらを添える。

「エディ王子達は、そのままエデストルに向かうらしい。聖剣を取りにな。魔物を操っていたルゥナの弟君と和解したから、その点に関しては危険はないよ」

 宥めるように言ったシュウを、フロアールがジトリと睨む。

「……そのおっしゃい方だと、他の危険があるように聞こえましてよ?」

 一瞬、シュウが沈黙した。

 口を閉じた彼女に、カルがため息をつく。


「姉上……もう少し、腹芸ができるようになってください。で、不安要素は何なのです?」

 カルの促しでシュウの視線がチラリとフロアールの方に走ったのは、彼女のことを慮ってのことだろう。フロアールはキュッと唇を引き結んで、言う。

「わたくしは構いませんから、お話しください」

「ピシカが離反した」

 一瞬、フロアールがポカンとした。

「え?」

「どうやら、彼女が望む方向に話が進まなかったらしいな。詳しいことは書いていないが、キレて姿をくらました、とある」

「トール王子がそんな言い方をなさいますか?」

 呆れたようにカルが言うのへ、シュウは肩をすくめた。

「意訳だよ。まあ、とにかく、今後はピシカがルゥナを狙ってくる可能性があるらしい」

「何故、そんなことになったのか……」

「さあな。いずれにせよ、魔物はもう襲ってこない筈だというから、ここはもう大丈夫だろう? 私もすぐにエデストルに向かうよ。邪神を封じるには神器の力が必要なのだろうし」

「エデストルの港は――ポルトは、機能しているでしょうか」

 眉をひそめた弟に、シュウはさっくりと答える。

「どうだろうな。まあ、行けば判る」

「姉上……」

 大雑把過ぎる姉に、カルがため息をついた。と、そこにフロアールが割って入る。


「では、わたくしもお連れ下さい」

 途端、シュウはムッと渋い顔になった。

「それは駄目だ」

「何故ですの? エデストルはわたくしの国ですわ」

「どんな事態になっているのか把握しきれていないし、行程はかなりの急ぎ足になるしな」

「そんなの、構いませんわ」

「私は構う。とにかく、貴女を連れては行かない。貴女はここでのんびりと待っていたらいいんだ」

 きっぱりと言ったシュウは、考えを変えそうになかった。

 ギュッと唇を噛んだフロアールが、女王と睨み合う。

 どちらも一歩も引かぬ、という気迫がみなぎっていたが、不意にシュウが目を逸らした。いや、目を逸らしたわけではない。近付いてくる人の気配に、そちらへ向いただけだ。

 やがて姿を現した兵士にカルが声をかける。

「どうした?」

「それが……マギクの兵が、門の前に集まっているのです」

「マギクの兵が?」

「は。こちらをシュウ王に、と」

 兵士が差し出したのは一通の書簡だ。

 シュウはそれを開き目を通してから、カルに手渡した。


「投降、ですか」

「まあ、今回の侵攻の大元にいたのがルゥナの弟君なら、彼が撤退したらそうなるだろうさ。だが、結局マギク王は姿を見せていないよな」

 呟くようにそう言って、シュウは腕を組んで考え込んだ。その横で、カルが言う。

「……ひとまず、彼らと会ってみましょう。マギクがどうなっているのか、何をするつもりだったのかは判るでしょうから」


   *


 魔法を使うマギクの兵士を侮ることはできない。

 通常の理に従わない彼らの力は、一人でも十人の兵に勝るとも言われているのだ。

 それ故、シュタの城内には、一人を招き入れただけだった。残る五百名ほどは、都を取り囲む壁の外に待機させている。

 そのたった一人――マギ王の側近であるという男は、フラカと名乗った。

 シュウとカルは悠然と玉座に腰を据え、いつものようにその背後にルジャニカが控えている。

 一段高くなった座から、シュウは長衣を被った男を眺めやる。

 マギクの兵士がその人数しかいないということは、少なからぬ驚きだった。

 ある意味、魔法兵は特別な訓練というものを必要としない。ある程度の魔法が使えれば、皆、一定の戦力になるのだ。成人すればほぼ全員が兵士となるわけだから、その数はおよそ二千に届いていた筈だった。


 何故、四分の一しかいないのか。

 その疑問を、シュウは玉座の前にひざまずくフラカに率直に投げる。


「貴殿ら、随分と少ないな。魔物どもにやられたのか?」

 フラカは一瞬身を硬くし、そしてこうべを垂れた。

「それも、大きな要因です」

 彼の返事にシュウは首を傾ける。

「それも、ということは、他にもあるということだな」

 今度は、すぐに答えは返ってこなかった。

 シュウは玉座の肘掛けに頬杖をつき、顎を上げてフラカを見やる。

「投降したいということは、我らに下るということではないのか? 隠し事をしている者をハイハイどうぞと受け入れるほど能天気ではないのだがな」

 それでも、彼は口を引き結んでいる。

 頑ななその態度に、シュウは浅い笑みを口元に刻む。

「それとも、残り千五百余りをどこかに隠しておいて急襲する、というのが手か? 先に城内に入れた五百名が手引きして?」

「まさか、そんな!」

 フラカの顔が、跳ねるように上がった。

「我らは、そのような卑怯な真似――」

「だが、エデストルは裏切った」

 フラカの抗議を、シュウの冷ややかな声が一刀で切り捨てる。彼はギリ、と奥歯を噛み締めてそれ以上の言葉を呑み込んだ。


「解かっているだろう? 貴殿らを無条件に信じることはできないということは。我らはエデストルと同じ轍は踏まない。全てを包み隠さず話してもらわなければ、外に待機している者も殲滅せねばなるまいな」

 それは、脅す口調ではない。ただ、淡々と事実を述べているだけだ。

 それだけにフラカには身に迫ったのだろう。

 彼は、しばらく身を強張らせていたかと思うと、不意に肩をがっくりと落した。

「……マギクは、もう滅びるのです」

 呻くように放たれたその言葉に、シュウは眉をひそめる。

「滅びる、とは、ずいぶんと極端な。魔物の脅威は無くなったぞ?」

「魔物は、実際のところたいした被害をもたらしてはいません」

「へえ?」

 首をかしげたシュウが、何気ない素振りで先を促す。フラカはまた俯き、続ける。

「マギクでは、もうここ何年も子どもがまともに育っていません。十を超えた子どもはおらず、二十歳を迎えることもできません。我が王の御子も……」

 クッと、フラカの肩が震える。


「邪神の力、か」

 呟いたシュウに、フラカが顔を上げた。

「何と?」

 眉をひそめた彼に、シュウは片手を振って答える。

「いや――そうだな。マギクの民には、シュリータの東の土地を提供しよう。構わないよな、カル」

「城壁の外であれば、一向に。城壁内に居住区を作るなら――少し時間をいただかないとなりません」

 疑いの眼差しから一転、サクサクと受け入れを決めてしまう王と王弟に、フラカが呆気に取られる。

「我らを信用なさる、と?」

「まあ、こっちもいくつか知っていることがあるしな。そもそも、マギ王がもっと早く援助を求めれば良かったんだ。色々すっ飛ばして自棄を起こす前に」

「我が王とて――」

 カッと膝立ちになったフラカを、怜悧なシュウの声が遮った。

「マギ王は間違えた。何が王の頭をおかしくさせたかは置いておいて、まともな考えができていれば、魔物なんかと手を組むことはなかっただろうさ。マギ王は本来愚王ではない。思慮深い男の筈だ」

 半ば目を伏せ、シュウはそう評価を述べる。

 そして、だが、と言葉を切った。

「だが――弱い」


 王を愚弄され、フラカの顔からサッと血の気が引く。しかしシュウは薄く笑った。

「弱いという言葉がお気に召さなければ、言い換えようか? マギ王は繊細、だ。一人の人間としては、それは長所にも短所にもなるだろう。だが、王としては致命的な欠点だな。日々魔物の襲撃を受けて、国内では病がはびこり、八方手詰まりになって頭が回らなくなり――国を導く方向を間違えた」

「貴女はマギ王の苦悩をご存じない!」

「ああ、知らないな。知る必要もない。王という存在は、そんなものに行動を左右されるべきではないからだ。上に立つ者は、皆を守り導かなければならない。個人的な感情で先を見誤ってはならんのだ」

 驕るでもなく、嘲るでもなく、ただただ事実を並べる声音でシュウがそう述べるのを、フラカは両手を握り締めて聴き入っていた。彼にもシュウが言わんとしていることは理解できたし、実際、マギ王に対してそうあって欲しいと望む思いもあったのだということが、きつく固められた拳で察せられる。


 だが、それでも。


「我らは、マギ王のご指示に従うだけです」

 喉の奥から絞り出されたようなその言葉に、シュウは小さなため息を漏らす。

「盲従するだけでなく、いさめるのも側近の役目だとは思うがな」

 淡々とした、だが痛切なその一言に、フラカの顔がゆがむ。それを最も身に染みて感じているのは、彼だろう。

 シュウもフラカも、それを最後に口を閉ざした。


 静寂が満ちた謁見の間に、しばし置いて、カルの涼やかな声がそっと入り込む。

「マギ王が存命ならば、まだ過ちを正せるかもしれませんね」

 彼の言葉に、フラカが顔を向ける。

「残りのマギクの民は、いずこに? 占領したエデストルですか?」

「エデストルにいた者は、ここと同じようにエデストルに投降しました。残りは……王と共に城に。とは言っても、たいした数はもういませんが」

「さしあたって、その者たちもこちらへ来ていただきましょうか。貴殿らに投降を指示したのなら、マギクとしては、もう戦う意思はないということですね? マギ王ご自身はどうなさる心積もりなのでしょうか」

 カルが問いかけるように小さく首をかしげると、フラカは暗い目を床に落とした。

「恐らく、全てを城で終わりになさるおつもりかと」

 その台詞の意味するところは、一つだ。


「民を放って? 無責任だなぁ……」

 呟いたカルの声は小さかったが、フラカに届かないほどではない。姉と弟両方から手厳しい評価を下され、フラカは主君を庇おうと口を開きかけた。が、果たす前にシュウに一蹴される。

「王がどうとかは、今の問題ではない。全ての片が着いたらマギクの中でどうにかしてもらうさ。取り敢えず、今はマギクの魔法の力を借りたい」

「我らの?」

「ああ。これから私はエデストルに向かう。魔法の力を使えば、船足を速められるだろう?」

「それは、もちろん……」

「よし、決まりだ。グダグダ言うのはこれで終わり、後は行動あるのみ、だな」

 そう宣言して、シュウはさっさと立ち上がり、謁見の間を出て行ってしまう。

 その背を見送って、カルはやれやれと肩をすくめた。姉の大雑把さは、慣れていないものにはついていきそびれる。

 ポカンとしているフラカに目を戻して、カルは苦笑した。

「色々、事情があるのですよ。かいつまんで説明しますから」

 言葉通りフラカに判明している事柄を伝えつつ、頭の中でこれからの段取りを組み立てていくカルであった。


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