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癒しの乙女の永久なる祈り  作者: トウリン
第八章:明かされる真実
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傀儡

 洞窟の入り口付近の地面が、地を揺らす音を立てて盛り上がり始める。

 それはエディと同じほどの高さになっても止まらず、更に更に立ち上がっていく。


「ソワレってヤツ、生き物を操る力があるんだよな? ああいう、土とか木とかもそうなわけ?」

 見る見るうちに形を変えていく土くれの小山から目を放せないまま、エディは呟くようにピシカに問うた。ヒョイと彼の肩に飛び乗った彼女が、前に突き出した髭をヒクヒク動かして答える。

「まさか。多少なりとも思考能力があるものだけよ。あれは……ここの世界の魔法よね。土の魔法? マギクの建物は土を操って造られてるでしょ? あんな感じじゃないの? アレで入口封じるとか……」

「だけど、なんか形変わってるぞ?」

 エディ自身信じられない気持ちで、言う。


 洞窟を塞ぐだけなら、単なる山とかでも構わない筈だ。

 しかし、一行が見守る中で、ただの土の塊は次第にその形を変え始めていた。

 縦も横もヤンの三倍ほどの大きさになったそれに、頭らしきもの、腕らしきもの、そして脚らしきものができてくる。


「マギク兵と共に戦った時に土の魔法は見ましたが、あんなのは――」

「まさか、あれが動いたり……しない、よ、な?」

 戸惑うスクートの後を引き取って若干ひきつった声でそう言ったのはサビエだ。その台詞に、誰一人として否定を返さない。代わりにヤンが、肩をすくめながら斧を手にして言う。

「どうやら、お前の期待は裏切られずに済みそうだぞ?」

「誰も期待なんかしてないっすよ……」


 今や『土の塊』はどこからどう見ても『土の人形』となっていた。いや、『人形』などという可愛らしい表現は相応しくない。土でできた怪物――巨人だ。

 それがどうなるか、もう想像する余地はない。

 ヤンに倣って、皆各々武器を手にする。エディも剣を引き抜き、構えた。ピシカがひらりと彼の肩から飛び降りて離れていく。


「来るぞ」

 エディの呟きと、土くれ人形が重い一歩を踏み出したのはほぼ同時のことだった。

「散れ!」

 ヤンの一声でヤンダルムの四人がサッと動く。それと時を同じくして、並んで立つエディとスクートの間を光の矢が走り抜けた。


 一筋、二筋。


 トールが立て続けに放ったその矢は、稲妻のように輝く尾を閃かせながら土人形に向かう。


 弾ける閃光。


 矢は人形の頭と肩に命中し、それは大きくよろめいた。が、どこも欠けてはない。


「多少の効果はあるみたいだけど」

 残念そうなトールの声からすると、望んだほどの効果ではなかったようだ。

 体勢を立て直した土人形は、まるで怒りを覚えたかのように両腕を振り回す。その腕に当たって、周囲の木々はまるで小枝のようにへし折られた。

「こりゃ、凶悪。まともに食らったら内臓吐き出すぜ」

「それで済めばいいがな」

 サビエに応じたスクートの台詞は、ため息混じりだった。

「取り敢えず、行くか」

 軽く言い置いて、ヤンが先陣を切って走り出す。


 ヤンはあっという間に土人形との距離を詰めた。目も耳も持たない土人形は、まるで見えて聞こえているかのように、彼の動きに正確に反応する。

 ヤンに向けて土人形の腕が振り上げられ、そして彼を叩き潰そうと唸りを上げて下ろされた。ヤンは横に跳んでそれをかわす。殆ど彼をかすめるようにして、彼が地面を蹴ったその場所に巨大な拳がのめり込む。

 片足が設置すると同時に身体を捻ったヤンが、そこらの木の幹よりも太い人形の腕に斧を振り下ろした。


 硬質な物同士がぶつかり合う音が響く。


 一瞬。


 そして。


 跳び退ったヤンの手には傷一つない聖斧が握られ、地面には土の塊が崩れ落ちた。


「すげぇ」

 ヤンの剛腕に感嘆と微かな嫉妬を覚えながら、エディは呟く。


 が。


「おいおい、アレって……」

 サビエが呆れを含んだ口調で呟いた。

 エディもグッと奥歯を噛み締める。

 彼らが見ている前で、肘の先から切り落とされた土人形の腕が、伸びた。最初は細く、そしてあっという間に元の太さを取り戻す。同時にその足元の土がうごめき、盛り上がり、腕の分を補うように取り込まれた。

「土がある限り再生するってのか?」

 呻いたエディの言葉は、多分当たっているのだろう。

「……けど、倒せる筈だ――倒すんだ」

 そうしなければ、ルゥナの元へは辿り着けない。

 こんな土くれ一つ何とかできないようでは、邪神にだって敵いやしない。


 再び暴れ出した巨人に、ヤンダルムの兵士達が斧を振るっている。しかし、どれだけ傷付けても、それはすぐに塞がり土人形に何の損傷も与えていないように見える。トールが放つ光の矢が巨体の一部をえぐっても、すぐに復活してしまう。

 エディはチラリと自分が手にする剣に目を落とした。


「スクート、サビエ」

「は」

「俺が囮になる」

「ですが――」

「俺の身の軽さは判ってるだろ? だけど、力は足りない。俺には決定打は与えられない」

 双子は頷く。それは客観的かつ紛れもない事実だ。

 エディ自身が攻撃に回るよりも、スクートとサビエにさせた方がより効果が上がる。

 今までの彼なら、闇雲に自ら突進しただろう。

 そうしようとしないエディに、双子の表情が変わった。


 彼らに向けて、指示を出す。

「俺が前から行く。お前たちは後ろに回れ」

 エディは自分の意図を手短に二人に伝え、彼らが答える前に動く。

 ヤンダルム兵四人のうち、すでに二人は負傷し土巨人の手が届かない位置まで下がっている。大きな怪我を負っている様子はないが、下手に粘られるよりもいい。残りの二人もやや動きが鈍り始めていた。

「あの二人は下がらせた方がいいんじゃないかな。うっかりやられたら帰りの足が無くなる」

 まだ参戦しているヤンダルム兵二人を顎で示しながら、エディは正面から土人形に対峙していたヤンの隣に並ぶ。ヤンはエディにチラリとも目をよこすことなく言った。

「こいつは厄介だぞ。壊しても壊してもすぐに直りやがる」

「スクート達にやらせてみたいんだ。ちょっと注意を引いてくれ。」

 エディはヤンに向けてそう言い置いて、わざと目立つ動きで自ら土人形の攻撃を引き付けにかかる。


 まんまとエディに釣られた土人形は、彼目がけて腕を振り下ろしてきた。その動きは大振りで、小回りの利くエディには造作なく避けられる。体力さえもてば、攻撃を食らうことはないだろう。

 巨人が繰り出してくるのはその腕ばかりだ。丸太のような太さのそれを、膂力りょりょくに任せて巨体の割には速い動きで振り回し、振り下ろす。

 横薙ぎに振り払われたそれを頭を屈めてかわし、エディはサッと剣を振るった。閃いた刃が、巨体の中では比較的細い手首を切り落とす。

 ドコッと鈍い音を立てて手が落ちたが、エディの目の前で、すぐにそれは再生した。

「チッ」

 予測はしていたが、つい舌打ちが漏れる。そうしながらも、エディの目は土人形の背後に回った双子の姿を捉えていた。


 ほんの一瞬、そちらに気を取られる。


 それは瞬きするほどの間だったが、そのわずかな隙に岩石のような拳が目の前に迫っていた。


(食らう――!)

 少しでも衝撃を殺そうと後ろに跳ぼうとしたエディの襟首が不意に掴まれ、思い切り引っ張られる。

「気を抜くな」

 仰向けになったエディを見下ろしているのはヤンだ。彼は引きずり倒したエディを今度は軽々と引っ張り起こす。

 ギリギリ巨人の腕が届かない位置で体勢を整え、エディは再び身構えた。


「悪い――おい、木偶人形、こっちだ!」

 ヤンへの礼もそこそこに、背後の気配を察したのか危うく振り向きそうになった土人形の注意を呼び戻そうと、エディは声を張り上げた。

 耳があるようには見えないが、やはりどうやら音は聞こえているらしい。

 巨人はまたエディに向き直り、彼を叩き潰そうと組んだ両手を高く掲げた。

 胴が、ガラ隙になる。


(今だ!)

 トトッと小刻みに後ろに跳びながらのエディの心の中の声と共に、小山のような土人形の胴体に、左右から銀色の閃きが走った。刹那、両側から、水平ではなく、やや上方に向けて亀裂が走る。

 それは胸のど真ん中――鳩尾で交差する。双子ならではの息の合い方だった。


「エディ、ヤン王、避けて!」

 後方からの鋭いひと声に、二人は反射的に左右に跳ぶ。

 その間をひときわ大きな光の塊が飛び過ぎ、そして真っ直ぐ巨人の胸元へと向かう。ヒトで言えば胸骨の真ん中辺りに命中し、巨体が揺らいだ。直後、下半身を残したまま、上体だけが光に吹き飛ばされる。

 突っ立ったままの下半身は一瞬にしてただの土くれに戻り、ドウッと崩れ落ちた。


「やった!」

 思わず両手を握り締めたエディは、上半身を探す。


 そして呻いた。


「クソ」

「駄目みたいだな」

 予期していたように平然とそう言ったヤンを、エディはムッと睨み付けた。その視線に、ヤンはニヤッと笑い返した。

「だが、無駄ではない。見ろ」

 ヤンが言いながら目で崩れ落ちた下半身を示す。

「胸から下は、切り落としたら再生しない。ということは、胸から上に、その為の力の核みたいなものがある筈だ。どこからでも復活するなら、二つに分けたら両方が元通りになって二体の土人形ができ上がるだろう?」

「じゃあ、心臓か頭か? そこを潰せば倒せる?」

「可能性が高いのは頭だろうな。だが、かなり高さがある。もうすっかり元に戻っていやがるしな」

 ヤンの言うとおり、二人が言葉を交わしていた短い時間の間に、巨人はすでに元の巨体を取り戻していた。


「もう一度胴で分断するか……」

 顎を撫でながらヤンが呟いたのへ、間髪容れずにエディは返した。

「いや、俺が行く」

「お前が?」

「ああ。こういうのは得意だ」

 スクートとサビエを相手に暴れ出した土人形を見据えながら、エディはヤンに自分がどうするつもりかを手短に説明する。

「ふむ……いけるかな」

 ヤンが片方の眉を上げて愉快そうにエディを見下ろす。


 そして、言った。


「私の方はいつでもいいぞ」

 エディは深く息を吸い、そして剣の柄を握り締めた。


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