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癒しの乙女の永久なる祈り  作者: トウリン
第八章:明かされる真実
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慙愧

 ルゥナと黒衣の男を乗せた怪鳥は、大きな羽音と共に飛び立つなり見る間に小さくなっていく。

「くそ!」

 エディは、襲いかかってきたシュリータ兵の槍を奪って手にした剣の柄で殴り返しながら罵り声を上げた。


 まるきりいつぞやと同じだ。

 エディの脳裏にヤンダルムでのことがよみがえる。

 また、為す術もなく、ルゥナを連れ去られてしまった。


 腹立たしい。

 情けない。

 悔しい。


 そんな思いで胸の中が煮えくり返る。


「くそ!」

 また一人を叩き伏せながら、エディは罵声を繰り返した。こうやって、刃を使わずに戦うのはむしろ気が楽で、彼はほとんど八つ当たりのようにかかってくる兵士を殴りつけ、昏倒させていく。

 日々鍛錬を積み重ねてきた身体は、頭よりも先に動いた。

(やれる)

 また一人打ち倒しながら、エディは、己の力に自信を持つ。

 正気を失っているシュリータ兵は、三十人ほどか。

 エディは腕を掴んできた男の顎を肘で突き上げるとその反動で身を屈め、彼目がけて振り下ろされた剣をかわした。しゃがんだついでに足払いをかけて、二人ほど転がしてやる。

 数は多いものの、個々の戦闘能力はさほど高くない。シュウやスクート、サビエも次々に押し寄せるシュリータ兵を難なくさばいていて、見る間に動く者の数は減っていった。

 ついにサビエが最後の一人を床に叩き伏せ、身を翻したシュウが倒れているルジャニカを抱き起こす。彼女はこの騒動が始まると同時にシュウに挑みかかり、返り討ちにあっていた。


「ルジャニカ?」

 シュウは右腕にルジャニカを抱き、左手の甲で彼女の頬をそっと叩く。

 濃い睫毛が震えて、ゆっくりとルジャニカは目蓋を上げた。

「シュウ、様……?」

 彼女は不思議そうに瞬きをして、次の瞬間、ハッと身体を起こす。

「ルゥナ様――ルゥナ様は!? 怪しい男が、あの方を!」

 ルジャニカは慌ただしく辺りを見回し、ルゥナの姿がどこにもないことを知って顔を強張らせた。

「わたしは、しくじったのですね。……申し訳ありません」

 悄然と肩を落としてうつむいたルジャニカの頬に、シュウはそっと手を添えた。彼女の顔を上げさせ、その目を覗き込みながら笑いかける。

「あの子は私の目の前で掻っ攫われたんだよ。お前は良く頑張った」

「シュウ様……」

 ルジャニカの顔が一瞬クシャリと歪み、そしてすぐにきりりと引き締まった。彼女はシュウの腕の中から立ち上がり、真っ直ぐに背を伸ばす。

「すぐにルゥナ様を取り戻しましょう」

 壁の外に群がる魔物たちへと視線を向けながら、ルジャニカはそう言った。彼女は、ルゥナがあの魔物の群れの中に囚われていると思っているのだろう。


 だが――


 渋い顔で顔を見合わせる主たちに、ルジャニカが眉をひそめる。

「どうかなさいましたか?」

 言外に何をぐずぐずしているのかと問われ、エディはきつく拳を握りしめた。

 この状況は、ヤンダルムにルゥナが連れ去られた時と、よく似ている。

 あの時と決定的に違っているのは、彼女がどこに連れて行かれたのかがさっぱりわからないということだった。

 怪鳥が飛び去って行った方向は、南西――トルベスタがある方か。しかし、そのまま真っ直ぐ進んだという保証はどこにもない。


「困ったな……」

 台詞とは裏腹な軽い口調で、腕を組んだシュウが呟く。と、何かを思い出したかのように顔を上げた。立ち上がった彼女は、スタスタと歩いていく。

 屈みこんだシュウがつまみ上げたのは、床に転がっている薄紅色の毛皮の塊だ。彼女は無言で勢いよくそれを振る。


「!?」


 もがいたピシカにシュウは手を止めて、自分の目の高さまで持ち上げた。

「やあ、おはよう」

「……何すんのよ」

「すまないね。ちょっと急を要する事態なんだ。ルゥナが連れて行かれてね。君は、百五十年前に隠された彼女を見つけ出したんだって? 今回も頼むよ」

「簡単に言うわね」

 シュウの手から逃れてひらりと床に降り立ったピシカが、身体を震わせて毛並みを整えた。そしてチロリと皆に視線を投げる。小さなその身体に、皆の目が集まった。

「ま、思い当たる所はあるわよ。……あいつも今はあんまり余裕がないだろうから、新しい隠し場所を探してる暇はないと思うのよね」

「どこだよ、それ!?」

 思わず手を伸ばしたエディをひらりとかわし、ピシカはペロリと鼻先を舐めた。


「あの子が百五十年間封じ込められていた場所よ。アタシからあの子を隠すために最適な所。あの子、アイツの力で眠らされて、気配も封じられてたんだけどね、あの場所、地の気の流れがアイツがかける術を強めてくれるのよ。あそこと同じような条件の場所を探そうとしても、そうは見つからないわ。多分、またあそこを使うと思う。……守るための策は弄してるだろうけど」

「今すぐそこに連れて行け」

 ピシカの前に両手を突いて、のしかかるようにしてエディは迫る。それをなだめたのはシュウだった。

「少し落ち着け、エディ王子」

「だけど早くしないと!」

「あの男はルゥナをとても慈しんでいるようだったぞ? 毛筋一つほどの害も加えないだろうさ」

 そう言って、シュウは肩をすくめた。

 だが、たとえそうだとしても、今ここにルゥナがいないことには変わりがない。エディにはそれが我慢ならない。


「ルゥナは行きたがってなかったんだろ?」

「この場を離れることは、拒んでいたな」

「だったら――」

「しかし、彼とは一緒に居たがっているように見えた。彼の誘いを拒むのは、かなりつらそうだったな」

「つらそう……いったい、何者なんだ、あの男は?」

「さあ。ルゥナは『ソワレ』と呼んでいたよ」

 その名前に、エディは胸がざわついた。


 聞き覚えは、ある。

 あるが――


(どこでだっけ?)

 出てきたとすれば、ルゥナとの会話の中でだ。

 出逢ってから彼女と交わした言葉を頭の中で思い返す。


 ――ソワレは、わたしの大事な人なの。


 よみがえる、ルゥナの声。

 確かに彼女は、そう言った。『大事な人』と。


(『大事な人』って、なんだ?)

 親や兄弟――いや、見た目は、ルゥナと似ても似つかない。どう見てもまるきり赤の他人だ。となれば――

 二人の関係を考えると、エディの胸の中がやけにムカついた。

 ルゥナのことはこの先もずっと自分が守ってやろうと思っていたけれど、エディが出しゃばらなくても、彼女には、もうそういう存在がいるのだろうか。


 ――面白くない。


「エディ様、どこかお怪我でも?」

 眉間に皺を寄せたエディに、スクートが気遣わしげに訊いてくる。その隣ではサビエが一瞬眉を上げ、そしてニヤリと笑う。訳知り顔のその笑みが、エディの癇に障った。

「何だよ?」

「いえ、別にぃ」

 口笛でも吹き出し始めそうなサビエの顔を、エディは睨み付ける。一方スクートの心配顔はいっそう深くなった。

「エディ様」

「大丈夫、怪我はしていない」

 怪我はしていないが、胸はムカムカしている。その何だかよくわからないが、モヤモヤする。不可解な苛立ちにエディ自身も首をかしげつつ、立ち上がった。

「とにかく、場所が判っているなら行こう」

 踵を返して駆け出そうとしたエディだったが、すかさず冷静なシュウの声に再び引き止められる。


「行くのはいいが、足はどうする? あいつは空を飛んでったぞ?」

「それは、馬で――」

「何日かかるのだろうな」

「……じゃあ、どうしろって言うんだ?」

 年上の者に対する礼儀も頭の中からすっ飛ばし、エディはシュウに食ってかかる。こうしている間にも、ルゥナはどんどん遠くへと連れ去られているのだ。

 だが、無礼なエディにもシュウは飄々とした態度を崩さなかった。


「少し頭を冷やして、話し合おうじゃないか」

「こんな時に話し合いなんて!」

 悠長なシュウに、エディは声を荒らげる。しかし、それまで彼を受け流していた彼女が初めて表情を変えた。

「いつまでも駄々をこねるな。考えも無しに闇雲に突っ込んでいってどうにかなるものではない」

 一瞬にしてシュウが身にまとう空気が変わる。冷ややかで、重い――彼女が放つ圧倒的なその威圧感は、エディに太刀打ちできるものではなかった。

 ぴしゃりと頬を平手打ちされた思いで、エディは押し黙る。そうして、辺り構わず怒鳴り散らしたいような気持を呑み込んで奥歯を噛み締めた。

 確かに、頭を冷やして考えれば、ルゥナと出会ったところからここまで、馬を休まず駆けさせてもひと月近くかかるのだ。


 ピシカが言う『心当たり』に行って、ルゥナがそこにいなかったら、どうするのか。

 ただ闇雲に、馬であちこちを駆けずり回って探すのか。


 ――考えなしもいいところだ。


 ほんの少し置いて考えれば思い至るようなことを、エディはすぐにすっ飛ばしてしまう。

 戦いの腕は上がっても、少しも中身は成長していない。


(くそ。俺はこんなふうになりたいんじゃない。もっと……)

 己に対する腹立たしさと悔しさで顔を歪めたエディに、シュウの顔が和らぐ。

「私もルゥナを早く取り戻したい。君と同じにね。彼女はあの男と一緒にいたがってはいたが、しようとしていることはまったく噛み合っていなかった。思いが通じ合っていないことが、とても悲しそうだったよ。あの子にあんな顔をさせておくのは、忍びない」

「……わかった」

 エディは唇を噛んで頷く。

 そんな彼の肩をポンと叩き、シュウはチラリとピシカへと目を走らせる。その深緑の目が一転して鋭い光を帯びた。

「それに、色々事を起こす前に少し確認しておきたいこともあるのでね」

 ピシカは、貫き通すようなシュウの視線を平然と見返している。

 二者の間に流れる空気は、やけに刺々しい。

 シュウのその眼差しは、まるで油断のならない敵に対して向けるものだった。


「シュウ王?」

 訝しげに問いかけたエディに、シュウは肩をすくめる。

「……取り敢えず、そろそろ日没だ。魔物の攻撃も止むだろう。城に戻ろうか」

 何かを含んだ彼女のその様子に眉間に皺を寄せつつ、エディは頷いた。


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