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癒しの乙女の永久なる祈り  作者: トウリン
第六章:集う者たち
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会議

 エディたち一行がシュタに到着してからの三日間、城内会議の間では、楕円形の卓を囲んだ男たちが連日議論に議論を重ねていた。


「材木の切り出しは順調に進んでいますが、鉱物の資材が不足していますね。矢をもう少し用意しておきたいところなのですが……これだとひと月もちません。触れを出し、日常生活に必要な物を除く金物を提供させましょう」

 備蓄の目録とトールから伝えられた魔物の戦力を書き出した紙面を睨み付けていたカルが、顔を上げてエディに視線を向けた。指先で円卓の上を叩きながら言う。

「魔物は空からも襲撃可能なんですよね――城壁を乗り越えてきたものと市街戦になるのは避けられませんか」

 渋い顔のカルに、エディは頷く。

「ヤンダルムでは、飛べる魔物が次々に仲間を投下してきてた」

「飛行中に弩で落としきってしまえればいいですが……」

「全部は難しいだろうなぁ。ヤンダルムの時の数倍はいるみたいだし」

 肩をすくめながらそう言ったのは、トールだ。相変らず彼の元にはトルベスタの者からの報せが日々届けられているようで、魔物とマギク兵の混成軍が今どの辺りにいるのか、どれほどの数がいるのか、会議のたびに彼がもたらすその内容は微妙に変わっていく。


「父上たちもジワジワ数を減らしてくれてるようだけど、ウチはスゴイ戦力ではないからね。まあ、たかが知れてるっていうか。進軍の足を鈍らせるくらいがせいぜいで」

「いや、時間稼ぎをしていただけるだけでも充分ですし、何より、情報が入るということは大きな助けになります。より効果的な迎撃態勢を整えられます」

 言いながら、カルが円卓の上に広げられたシュタの都の見取り図を指差した。

「この居住区は、通常は各家庭の個別の住居となっていますが、中の仕切りを外せば自由に行き来できる要塞にもなります。鎧戸を閉めれば敵の侵入を防げますし、逆に狭間から外の敵を弓で狙い撃ちすることが可能です」

「もしも建物の中に侵入されたら?」

 エディの脳裏に逃げ道が無くなり虐殺される者たちの姿が浮かんだ。だが、そんな彼の問いにも、カルはそつなく答えを返してくる。

「ああ、どの家にも、地下道に通じる避難路があるんです」

「ですが、通りを好きにさせるわけにはいかないでしょう? シュリータの兵士は三千――城壁と通りと家の中と、そんなに配置できますか? あまり戦力を分散させない方が良いのでは?」

 眉をひそめたスクートに、カルが薄く笑った。

「屋内の伏兵は市民に任せますから」

「大丈夫なのか?」

 エディは思わず眉をひそめて問うてしまう。


 エデストルでも兵士以外の民が剣を持つことは可能だが、やはり兵士は兵士だし、市民は市民だ。戦場の最中に一般市民を放り出すような形になることにエディは不安を覚えた。しかし、そんな彼にカルは平然と頷く。

「充分に訓練は積ませていますし、普段から壁の上の警備には市民も輪番で当たっていますしね。実際、ヤンダルムの襲撃時には彼らも貴重な戦力になってくれています」

「そうか……」

「まあ、壁の内側のことはあまり心配していないのですが、問題は『外』をどうするかですよね」

 ふと渋面になったカルが腕を組み、片手で首の辺りを撫でる。エディは彼の言葉に首をかしげた。

「外?」

「ええ。――トール王子」

「はい?」

 不意に名前を呼ばれ、トールがキョトンと目を丸くする。


「何ですか?」

「トルベスタの兵は、こちらに向かっているのでしょう?」

「よくご存知で。そうですね、魔物の群れとマギク兵はウチの首都――トルテを制してから北東に真っ直ぐに進んでこのシュタを目指しています。トルベスタの兵も、今はあれらとほぼ並行して移動していますが、もうじき山岳部を抜けますから、身を潜ませているのが難しくなるんですよね。数日のうちに進路を真東に変えて、魔物たちとは距離を置くことになっています。恐らく魔物たちは西側からシュタに攻めてくることになりますから、トルベスタはもう少し南から入らせていただくことになるでしょう」

 頭の中にこれまでの道程を思い浮かべながらカルとトールの話を聞いていたエディだったが、そこでハタとあることに思い至る。

「あれ、ちょっと待ってくれよ。そうすると、オプジティがマズイことになるんじゃないのか? いや、もう魔物に襲われているかも――!」

 思わず立ち上がったエディに、だがしかし、トールは苦笑しながら手を振った。


「やだなぁ、エディ。今更気付いたの? 大丈夫、あの街にはトルベスタの者が報せているよ。とっくに港から海に出て、ケイプタに移動しているから」

「そうなのか……?」

「オプジティは元々行商人ばかりが集まっているからね、身軽なものだよ」

 エディはホッと肩を撫で下ろし、そのまますとんと席に戻る。すかさずカルが淡々とした声で続けた。

「トルベスタの方には外で待機していただいて、我が軍が打って出た時に敵の背後を叩いていただくというのも手ですが」

「うぅん……だけど、うちはコソコソ隠れながらの攻撃が得意なんですよね……このシュリータは平原ばかりだから、ちょっと不利です」

「そうですか。魔物の数の正確なところを掴めたら、いいのですが」

 申し訳なさそうなトールに、カルが考え込んだ。そんな彼に何とか応えようと、トールが首を捻る。

「マギク兵は二千くらいだよね。で、魔物は少なくとも五千、多く見積もったら七千くらいってところかなぁ。何しろ、決まった形を持っていないから、どれが魔物でどれがただの獣が見分けがつかないのもいるらしくて」

「幅がありますね。しかし、その数だと、流石に姉上でも苦戦しそうだな……」

「――その辺りは、シュウ王にも話に加わっていただいた方がよろしくないですか?」

 控えめな声で言葉を挟んだのは、それまで無言だったスクートだ。

 くだんのシュウは、作戦会議が始まってからも、一度もその場で姿を見ていない。


(そう言われると、確かに、王が不在でこんな大事な話を進めていいものなのか?)

 今更ながらにそのことに気付いて、エディは眉をひそめた。が、カルはスクートの台詞を軽く笑い飛ばす。

「ああ、いいのですよ。姉上にはこういう席は向きません」

「でも、シュウ王は『王』だろう? 父上はどんな小さな会議にも顔を出していたぞ?」

 無意識のうちに、エディの声には咎めるような響きが潜んでしまう。

 エディの父レジールは、国内で起こるすべてのことを把握しようとしているかのように、小さな村の集まりにもわざわざ出向いていっていたものだが。

 カルはそんなエディに対して、何でもない事のように言う。

「適材適所という言葉があるでしょう? 何、その代わり、私が多少無茶な事をお願いしても、姉上は必ず成し遂げてくださいますから」

 普段は怜悧なその眼差しに溢れているのは、熱い信頼だった。そして、どこかうっとりとした色を目に宿して続ける。

「たまに、これは絶対無理だろうなということも混ぜ込んでみるのですが、姉上は難なくこなしてしまわれるのです。一度くらいは挫折に歪むお顔を見せてくだされば良いのに」

 ため息混じりの王弟に若干引き気味になったエディに、トールがこっそりと身を寄せてくる。


「うわぁ……何か、複雑な愛情表現だよね」

「愛情、なのか?」

「――多分。アレじゃないかな、他のヒトには決して見せない表情を自分だけには見せて欲しいとか……」

 エディには理解不能だった。フロアールの『挫折に歪んだ顔』なんて見たくないし、可能な限り笑顔でいて欲しい。たとえそれが彼をからかう意地の悪いモノであったとしても、落ち込んだ顔よりは遥かにマシだ。

 そんなふうに妹のことを考えたエディの脳裏に、もう一人の少女の顔がふと浮かぶ。その星をちりばめた夜空のような瞳に、消しきれない微かな陰を漂わせている少女の顔が。

 彼女にだって、笑っていて欲しいのだ。

 自分が何故そんなふうに感じるのかは、エディにも解からない。けれど、ルゥナが小さな笑みを浮かべるとやけに彼の胸の辺りは温かくなって、ほんの少しでも沈んだ表情を見せられるとその同じ場所が締め付けられるように痛くなる。


(これが終わったら……邪神のことが片付いたら、彼女はどうするのだろう)

 ルゥナは、傍から見ていると少し過剰ではないだろうかと思ってしまうほどに、邪神や魔物のことについて責任を感じているようだ。『世界を救う』ことは、言わば全てを失った彼女にたった一つ残されたよすがのようなものなのかもしれないけれど、あまりに気負っているルゥナを見ていると、エディは不安にもなる。

(『使命』を果たしてしまったら、彼女は何を支えにするつもりなのだろう)

 ピシカと二人で旅暮らしをするのだろうか。それともどこかに腰を落ち着けるのだろうか。

(だけど、そもそも、邪神のことが終わったら、あの猫はいなくなるんじゃないのか?)

 そうなったら、ルゥナは独りだ。小さな身体がポツンと佇む姿を思い浮かべると、エディの胸が焼け付くような痛みを訴える。


 エディは、かぶりを振ってそれを打ち消した。

(彼女は、独りになんてならない――させない。そうだ、エデストルに来たらいいんだ)

 そうすればフロアールがいるし、それに――


(俺が守ってやれる)


 パッと浮かんだその考えに、エディは思わず背筋を伸ばした。それは、自分でも戸惑うほどに強い、けれども正体のはっきりしない、何かの感情を伴っていたから。

「エディ?」

 突然に身体を硬くした彼に、トールが不審げな眼差しを向けてくる。

「何でもない」

「そう?」

 訝しそうに首をかしげたトールを無視して、エディはカルに向き直った。今は、一人の少女の行く末などに思いを馳せている場合ではないのだ。

 己に、そう言い聞かせる。

 エディは姿勢をただし、自分の中に湧いて出たその不可解な想いを胸の奥に押し込めるようにして、声を出す。


「問題は、ヤンダルムだよな。あいつらの情報は何かないのか?」

 半ば無理矢理持ちかけたその話題に応えてくれたのは、トールだ。

「ああ、彼らなら多分手を組むように持ちかけてくるんじゃないのかな」

「あいつらが? これ幸いとばかりに襲ってきたりしないのか? シュリータと戦する気満々だったじゃないか」

 ムッと唇を尖らせたエディの疑問にカルが冷笑を浮かべながら応じる。

「『戦』などとは片腹痛いですがね。彼らのアレは、単なる奪略行為に過ぎません。『戦』はある程度対等な相手とするものですが、彼らは一方的にやって来て、物を奪って逃げる、というだけですから、ただの盗人ですよ。――まあ、いずれにしても、トール王子のおっしゃる通り、一両日中には『休戦』を持ちかけてくると思いますけれどもね」

「根拠は?」

 半信半疑のエディは、カルとトールの両方に向けてその問いを投げる。二人はほぼ同時に、答えを口にした。


「これまでの経験から彼の行動を推測したからです」

「ヤン王が配下二人だけを連れてここに向かっているという報せがあったからね」


 一瞬の、沈黙。


 後者の、トールの発言に、エディだけでなくカルも切れ長の目を微かに見開いた。

「それは、本当ですか?」

「ええ。飛竜の速度を考えれば、多分、そろそろ到着する頃だと思いますよ。戦いを続行するつもりなら、三人だけというのは流石に無茶がありますよね」

「それ、いつ知ったんだよ?」

 不満顔のエディに、トールは悪びれもせず微笑みを返す。

「今朝、朝食の前に」

 それから半日も経っているというのに、今まで澄ましていたわけだ。

「情報は隠し持っておきたい性質たちなんだよね」

 うそぶくトールを、エディは睨み付ける。

 ――彼の報せが正確であることが証明されたのは、その日の午後、陽が地平線に触れ始めた頃のことだった。


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