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癒しの乙女の永久なる祈り  作者: トウリン
第六章:集う者たち
33/72

年月

 オプジティからシュリータまでの旅の最中に、ルゥナはシュリータの都シュタについての説明を聞かされた。

 彼女の度肝を抜いた壁については、百回聞くよりも一回目にする方が確かだという格言の通りだった。

 サビエの話ではその壁には北と南に門があって、夜明けとともに開かれ、日没と共に閉ざされるのだとか。

 エディがイライラしながら先を促したのは、その為だ。

 壁沿いを更に半刻ほど馬を進めて、ようやく『そこ』へと辿り着いたわけだけれども。

 今、目にしている『門』とやらに、ルゥナはまたポカンと口を開けていた。彼女としては、普通の両開きの扉より一回りかそこら大きい程度のものを、想像していたのだ。


 が。

 とにかく、大きい。


 特大の金色熊ウルズが踊りながらでも楽に通れそうなそれは奥行きもあって、くぐり抜けるまでに少なくとも二十歩――いや三十歩はかかりそうだ。

(あれ、上が落ちてきたりしないのかな)

 門は壁の半分強の高さまでポカリとくり抜かれているわけだけれど、逆を言ったら、その上半分は他の部分と同じように石が積まれている。通っている間に天井が落ちてきたら、ひとたまりもない。

(トールは『泥』で固めてるって言ってたけど、そんなので支えきれるの?)

 見れば、エディの操る馬はすでにその下へと踏み入れつつあった。

 一瞬、ガラガラと大きな音を立てて無数の石が彼の上に雪崩れ落ちる光景が頭に浮かんで、ルゥナは思わず息を呑む。

 とっさにギュッと目を閉じてしまったものの、恐ろしい轟音が彼女の鼓膜を打つことはなく、辺りには鳥の声が軽やかに響き渡るだけだった。

 恐る恐る目を開ければ、エディに引き続き何事もなく門の中へと入っていくスクート達の背中が見える。


「じゃあ行くけど、覚悟はいい?」

 無意識のうちに後ろのサビエに背中を押し付けていたルゥナに、笑いを噛み殺しているのが明らかな、おどけた声がかかった。

 駄目だと答えるわけにもいかず、彼女は声もなくサビエに頷きを返す。彼は片手でクシャクシャとルゥナの髪を掻き混ぜると、軽く手綱を振って馬を進ませた。

(やっぱり、大きい)

 近付くほどに、その巨大さに圧倒される。

 馬の鼻面がその下に入ろうとする直前にはルゥナの腰の辺りがぞくぞくして、思わずピシカをギュッと抱き締めると不機嫌そうな唸り声をあげられた。

「ごめん……」

 言いながらルゥナは薄紅色の毛皮を撫でたけれど、それがピシカの怒りを宥める為なのか、それとも自分の気持ちを落ち着かせる為なのか、彼女自身にもはっきりと分けることはできなかった。


 門の中に足を踏み入れてすぐに見上げると、天井に渡された太い梁が真っ先にルゥナの目に入った。いかにも頑丈そうなそれに、彼女はホッと息をつく。

「落ちてきそうにないだろ?」

 からかうようなサビエの台詞に、ルゥナは何とか笑顔を作って頷いた。

「うん、そうだね」

 少し気が楽になってまじまじと観察すると、その梁の間に、これまた頑丈そうな鉄格子が仕込まれているのが見えた。少し先に視線を移せば、それは間隔を置いて他に二か所に設置されている。

「凄いだろ? 仕組みは知らないんだけどな、壁の内側で上げたり下ろしたりできるようになってるんだ。三枚とも下ろしちまったら、まず破ることはできないだろうな」

 首を思い切り反らし、後ろにいるサビエの胸に頭の天辺をこすりつけるようにして天井を凝視しているルゥナに、彼が笑った。ルゥナは首を捻じってサビエを振り返る。


「でも、あれ、すごく重そうなんだけど……何人くらいで持ち上げるの?」

「一人だよ。なんかな、内側にある取っ手を回すと動かせるんだよなぁ」

 サビエも首をかしげているところを見ると、本当に仕組みは知らないのだろう。いや、教えてもらったところで、ルゥナには理解できると思えなかった。ただただ、魔法に近い技術に、圧倒される。

 彼は上を指差しながら、更に説明を加えてくれる。

「この壁の上は歩けるようになっていて、歩哨が立つんだ」

「歩哨って……」

「ヤンダルムだよ。奴らは飛竜で急襲するから、気が抜けないんだよな。上には据え置き型の投石器とかいしゆみとかも設置されててな、来た奴らを迎撃もできる。けど、たいていは単なるちょっかい程度なんだってさ。滅多に、本格的な戦いにはならない」

「ちょっかいって……なぜ?」


『とうせきき』や『いしゆみ』とは何なのだろうかと眉を寄せつつ問いかけたルゥナに答えてくれたのは、トールだ。斜め前にいた彼が、振り返って言う。


「彼らには正々堂々という言葉が存在しないからね。そうやってチョコチョコ姿を見せておいて油断を誘って、時折本気で襲う。略奪して、去って行くんだ……まあ、本当にからかってるだけかもしれないけど。後は、やっぱり圧倒的な数の差かなぁ」

「数?」

「そう。ヤンダルムの飛竜は手ごわいけど、数は多くない。戦力の主体になる剛竜バタルゴルは二百頭強ってところじゃないかな。対するシュリータは、兵士の数だけでもその何倍もいるし、壁の上の弩とかは普通の市民でも扱えるように訓練を受けているんだ。シュタの人口は五万は下らない。装置を扱うのに力は要らないからね、女性や子どももある程度の戦力になる。そうすると、戦力的には万単位になるんだよね」

「子どもも、戦うの?」

「いざとなれば、だよ。ヤンダルムもそこまでやろうとしない。貴重な飛竜を失ってしまうかもしれない危険は、冒さないんだ。だから奇襲ばかりで、目当ての物をある程度奪ったらサッと去って行くんだよ」

(あ、なんだ……)

 ルゥナは、少し肩を落とす。もしかしたら、事情があって襲撃をしなくてはならないとしても、やっぱりシュリータは仲間だという想いがヤンダルムの頭の片隅に残っているから、大きな戦いは避けているのかもしれないと思ったのだ。


 ルゥナが小さく落胆の息をつくのと同時に馬が門を通り抜け終わり、薄暗がりから明るい陽射しのもとへと足を踏み出す。

 不意のまぶしさに目を閉じ、そしてまた開いたルゥナは、そこに広がる光景に息を呑んだ。

「うわぁ……」

 『あ』の形で口が止まってしまう。

 外側から壁を見た時も、驚いた。

 けれど、その内側には、もっと驚いた。

 目覚めてからこの方、言葉を失うのはこれで何度目か。


「すごいだろ?」

 クスクスと笑いながらサビエがそう言ったけれど、ルゥナはただ頷くことしかできなかった。

 目の前にあるのは、確かに家屋なのだろう。

 トルベスタの城を見た時もその大きさに圧倒されたけれども、巨木の周囲にヒトが手を加えたようなあそこは、まだルゥナの理解の範疇にあった。

 シュリータのこの都は、完全にヒトの力で造られたものだ。

 建物のその高さだけを見たらトルベスタの城と同じくらいなのだけれど、あれとは何もかもが違う。

 ストンと目の前に延びる幅広い道の両側にそびえている建物には、規則正しい間隔で、入り口や窓がいくつもある。入口があるということはそれぞれ別個の住居なのかもしれないけれど、そうは見えなかった。

 ずっと先に目をやっても同じカタチの繰り返しが続いていて、ルゥナはクラクラしてくる。


 馬が一歩進むとカツンと硬い音が響いた。見下ろすと道にも石が敷き詰められている。それは道の端から端までびっしりと隙間なく敷き詰められていて、色の違う石で規則的にキレイな模様が描かれていた。

 馬の背の上に居ても揺れが少なく、道に凹凸が全くないのが身体で判る。

 とても、整った街だった。

 まるで一つの巨大な建造物のように見えるその家屋の群れは、所々、細い路地で区切られている。それすら一定の間隔で入れられていて、遥か上空から見下ろしたら、都そのものが綺麗な図形を描いているのではないだろうかと思わせた。

 ルゥナは最初の驚きから覚めると、少し気を落ち着けて道の両側に目を凝らした。

 よくよく見ると、最初からその形で存在していたとしか思えないその建物が、赤や白の四角い石を積み上げて造られているのだということが見て取れる。

 その素材は、外壁は見るからに『石』だったけれど、中の建物は少し違った。


(ああ、そうだ、えっと、何だっけ……?)

 泥を型にはめて形を整え、焼きしめたもの。

 記憶を掘り返して、ルゥナは遥か昔に立ち寄った、シュリータ――彼女が説得し、ピシカがその背に印を刻んだ最初の聖槍遣い――と出会った村の住居も、同じような材質でできていたことを思い出す。

 思い返せば、確かに、場所は今いるこの辺りだったかもしれない。マギクとエデストルとトルベスタとヤンダルムがいて、残るあと一人の神器の遣い手を求めてルニアの東端までやってきたのだ。

 今シュタと呼ばれているこの地には、当時から、すでに他のどの村よりもたくさんの人が集まっていた。建物の建て方も、他のどの地域とも違っていて。


 ルゥナはもう一度周囲を見渡す。

 そう思って見れば、かつて彼女が見たことのある家屋の名残があった。素材と基本的な構造は同じな気がする。

(大きさは、全然違うけど)

 確かに、当時の彼女にとっても驚くようなものだったけれど、それでも、まだ、『家だ』と思えた。今は、何と表現したらいいのか判らない。まるで、別世界のようだった。

 ルゥナが眠っている百五十年の間に、夏空の雲のようにムクムクと成長していく村の姿が彼女の脳裏に浮かぶ。

 たった百五十年でこんなに変わってしまうなら、五百年、千年の後には、いったいどんなふうになっているのだろう。

 その途方もなさに、ルゥナの身体がふるりと震えた。


 と、サビエが即座にそれを察知する。


「どうした? 寒いのか?」

「あ、ううん、だいじょうぶ」

 何とか微笑みを浮かべて、ルゥナはかぶりを振る。

 けれど、頭の中は改めて突き付けられた現実でいっぱいだった。

 時が流れるというのは、こういうことなのだ。

 知っている人がいなくなり、何もかもが変わってしまう。

 目覚めてから常々感じていたことが、このシュタの都で最もはっきりとした形を持って、目の前に現れたのだ。

 無意識のうちに、ピシカを抱いている腕に力がこもった。

「ちょっと、苦しいわよ」

「あ、ごめん」

 力のない笑みを浮かべながら、ルゥナは力を緩めた。そんな彼女を、ピシカが目を細めて見つめてくる。

「……今さら、できないなんて言わないわよね?」

 低い声でのその問いに、一瞬、ルゥナは唇を噛んだ。


 そして、答える。


「言わないよ」

 ピシカの金色の目が、ルゥナの心の中を見通そうとしているかのようにきらりと光る。

「なら、いいわ」

 彼女はポツリとつぶやき、また頭を下げた。

 艶やかなその毛並みを撫でながら、ルゥナは心の中でピシカに繰り返す。

(……だいじょうぶ、ちゃんと、やれるから)

 そうして顔を上げ、旅の同行者を目だけで見渡した。

 そう、わたしはやれる――やらなければならない。

 ルゥナが為すべきことを為したら、彼らには二度と会えなくなる。

(だけど、その彼らの為にも、わたしはやり遂げなければならない)

 今度は己に言い聞かせるように、声に出さずに呟いた。けれど、そこにかつての揺らぎなさが欠けていることに、ルゥナ自身も気付かずにはいられなかった。


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