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癒しの乙女の永久なる祈り  作者: トウリン
第四章:飛竜の猛将
19/72

圧倒

 次々と翼竜から降り立ったヤンダルムの者たちの前で、エディ、スクート、サビエが剣を抜き、得物が弓であるトールとバニークは彼らよりも数歩下がったところで矢をつがえた。

 どうやら翼竜を戦力として投入するつもりはないようで、主を降ろすと竜たちは次々に空へと舞い戻っていく。


「さて、どうします?」

 ヤンダルム勢にひたりと視線を据えたまま、サビエが振り返りもせずにエディたちに軽い声を投げかける。眇めた目で相手を一望したスクートはやや硬い声で応じた。

「手強いのはヤン王ですね。彼の右隣の男も、なかなかやりそうだな……」

「ヤン王はオレがやる。スクートはあの右の男ともう一人、どうだ?」

「やれる」

「じゃあ、エディ様はあとの二人を――」

 小声で話し合っていたスクートたちに、太い声が割って入った。

「おいおい、何をコソコソやっている。私の相手は当然『エデストル王子』がしてくださるのだろう?」

 そこに含まれるのは嘲笑の響き。

「それとも、その『印』は飾りか? 聖剣を受け継ぐ者が配下の背中に隠れるのか?」

「何?」

 あからさまな挑発を、エディが聞き流せる筈がない。気色ばんだ彼を、ヤンが更にあざ笑う。


「貴殿が嫌だと言うなら、そちらのトルベスタの王子でも良いぞ? ただ、斧と弓では得物が違い過ぎるだろうがな」

「もちろん、俺が相手になるとも!」

「ちょ、エディ様、そりゃ無謀ですって」

 きっぱりと言い切ったエディをサビエが慌てて鎮めようとしたが、彼は聞く耳を持たなかった。

「うるさい!」

「うわ、こりゃ完全に頭に血が昇ってるよ……どうする、スクート?」

 背後でこそこそと兄に耳打ちするが、スクートは溜め息混じりに肩を竦めるだけだ。

「我々がさっさとけりをつけてエディ様の助勢に回るしかないだろう。エディ様に『印』があるのはヤン王も見ているんだ。まさか命を奪うことまではするまい」

「そうだな……まあ、あっちの雑魚三人はそう手こずらなそうだしな」


 段取りをつける双子の遣り取りには気付いていないエディは、彼らに構うことなく一歩を踏み出した。全身に闘志がみなぎり指の先まで熱い。

(俺はやれる)

 旅の最中も鍛錬は欠かしていない。わずかな間を惜しんでスクートやサビエを相手に腕を磨いてきたのだ。

 エディは自分の力が足りないことで何かを失う羽目になるのにはもううんざりだった。


(負けたくない――負けない)

『印』を持っているということ以前に、エディはレジールの息子でありエデストルの王になる者なのだ。いつまでもスクートやサビエに守られているわけにはいかない。エディが彼らを守るのが、本来の姿だ。


「行くぞ!」

 両手で剣を握り締め、エディは大地を蹴った。

 悠然と構えているヤン目がけて距離を詰め、剣を振り上げる。

 刹那、硬質なものがぶつかり合う耳障りな音がその場にいる者の鼓膜を震わせる。それがきっかけとなったかのように、残る男たちも動き出した。

 スクートとサビエは左右に別れてヤンの両隣りにいる男たちに対峙する。そしてトールとバニークは隙をついては矢を放ち、ヤンダルムの者たちを牽制する。


 決して勝てない戦いではない。


 エディは自身にそう言い聞かせた。


 空気を切り裂く鋭い音と共に繰り出されるエディの剣を、ヤンは重厚な斧を片手で操り造作なく打ち払う。

 彼らの右側ではサビエが、左側ではスクートが、互いの相手に剣を振るうのがエディの視界の隅に入った。

 双子は、一人で二人の敵を相手にしている。

 エディはヤン一人だ。


 だが――


(強い)

 エディは胸の中で呻く。

 当たり前だが、ヤンは強かった。

「それで精一杯か?」

 揶揄するヤンに、エディは歯軋りをする。

「まだまだだ!」

 己を鼓舞し、水平に剣を薙ぐ。が、ヤンはいとも簡単にそれを跳ね返し、エディに向けて斧を振り下ろす。

 まともに喰らえば身体を真っ二つに割られてしまうのが確実なその重い刃を紙一重でかわしながら、エディは数歩背後に跳んだ。


 距離を取って一つ息をついた彼に向けて、ヤンが一歩踏み出す。

「身は軽いな。確かに、動きは速く筋はいい。しかし、それだけでは私は倒せぬな」

「うるさい!」

 冷静なヤンの指摘に、エディは怒声で応える。

 だが、聖斧の使い手の台詞は正しい。どんなに急所を狙っても簡単にはね飛ばされてしまう。かすることすらしない。圧倒的に腕力が足りないのだ。

(どうしたらいいんだ――ベリート)

 傍にいない師に、エディは問うた。


 ――敵と自分の違いは、弱みにもなり、強みにもなる。


 ふと脳裏によみがえった声に、エディはハッと息を呑んだ。


 自分とヤンの違い。


(それは、何だ?)

 ヤンはエディよりもかなり上背がある。スクートやサビエよりも更に頭半分ほど大きい。

 身体が大きければ、攻撃力も高くなる。それは当然だ。

 だが――

 エディは真っ直ぐにヤンの目を睨み付けつつ、再び剣を振り上げた。肩口を狙って斬り付けた白刃は、いとも簡単に弾かれる。が、それは予測していたことだった。

 すかさず翻した腕でエディはそれまでよりも低い位置――ヤンの膝のすぐ上を狙う。


 確かな手応え。


(やった!)

 一瞬、エディは喜色を浮かべたが、すぐにそれは打ち消された。

「浅いぞ」

 言うなり、ヤンは腿の肉を切り裂かれながらもエディに詰め寄った。振り下ろされた斧をとっさに剣で受け止めてしまい、その勢いをまともに喰らった彼の手は柄を放してしまう。

 甲高い音を立て、クルクルと回転しながら放物線を描いたエディの剣が、彼らから五歩ほど離れた地面に突き刺さる。

「クソッ!」

 呻いたエディにヤンがにやりと嗤った。

「降参か?」

 斧を提げたヤンが、ずいと一歩詰め寄る。

 が、次の瞬間彼は上体を捻るようにして右手に向き直り、斧を振るった。

 叩き落とされたのは一本の矢。

 いや、更に続けざまに二本、三本と射かけられる。


「トール王子か」

 ヤンは呟きながら全てを難なく打ち払っていく。

 彼がトールの放つ矢に気を取られている隙に、エディは己の剣に駆け寄りそれを取り戻す。

 エディが振り返り、再びヤンに挑もうとするより先に、その巨躯目がけて白刃を煌めかせた者がいた。

 スクートだ。

 サビエはまだ一人のヤンダルム兵と剣を交えているが、双子が『雑魚』と評した兵は、三人とも地面に倒れ伏していた。


 スクートの一閃を受け止めたヤンが、わずかに目を眇める。

「多少はできそうだな」

「剛腕で名高いヤンダルムの王からそう言っていただけるとは、光栄ですね」

 表情は涼しく、だがせめぎ合う互いの刃は火花を散らさんばかりにギリギリと音を立てている。と、どちらからともなく得物を弾き、一瞬にして間合いを取った。

「スクート! ヤン王は俺が!」

 二対一など、みっともないことはできない。

 駆け寄ったエディはスクートの隣に立つとヤンを見据えてそう言い放ったが、スクートは鋭い声で返す。


「今は見栄よりも実を取る時です。我々がしなければならないことは、一刻も早くシュリータへ辿り着くことであって、エディ様の力を誇示する為にヤン王を倒すことではないでしょう」

 叱責に近いその台詞に、エディはグッと返事に詰まる。スクートの言葉は一言たりとも間違ってはいない。

「……判った」

 己の力のなさに歯噛みをしながら、彼は不承不承頷いた。

 ヤンに向けて放たれる矢の雨はさらに勢いを増している。どうやら、サビエの援助に回っていたバニークもこちらに標的を変えたようだ。


「トールたちが正面から牽制している間に、俺達はヤン王の右手と背後に回ろう」

「では、私が注意を引きますので、エディ様は背後に回ってください」

 そう言うなり、スクートは矢の射線を読みながらヤンの右手に回ろうと動き始めた。

 確かに、エディではヤンとまともに打ち合えず、囮にはなれないだろう。トールたちの邪魔をするのが関の山だ。

(クソッ)

 やはり力が足りない。圧倒的な力の差の前には、小手先の技など役に立たないのか。

 苛立ちを覚えながらもエディは走る。ヤンダルムの目がスッと流れ、状況を読もうとしているのが見て取れた。

(卑怯だが、こちらの勝ちだ)

 流石に弓兵二人と剣士二人を相手にしたら、ヤンとて敵うまい。

 と、エディたちの考えを読んだのか、ヤンが小さな舌打ちをした。


「少々、うっとうしくなってきたな」

 そう呟いたのが、エディの耳にはっきりと届く。

 竜でも呼ぶのかと、思った。剛竜バタルゴルは見るからに獰猛で強そうだ。あれが一頭参戦するだけで、戦局は一変するに違いない。

 思わずエディは空を見上げたが、あの巨体が舞い降りる気配はなかった。

(いったい、どうするつもりだ?)

 視線をヤンに戻すと、彼は矢が途切れた隙にそれまで左手のみで握っていた聖斧に右手を添えた。そしてそれを地面に突き立てる。

 仁王立ちで、隙だらけだ。


「なん、だ……?」

 無防備なその格好に、トールたちも戸惑っているらしい。次の矢をつがえたところで、動きを止めていた。

 ヤンの真意がつかめぬまま、エディたちは彼の動きを見守る。

 初めは、気付かなかった。

 だが、次第にそれは誰の目にも明らかになる。


「『印』が……」

 スクートが呟き、チラリとエディの額に目を走らせた。

 ヤンの左の手背に浮き出た『印』。

 それが光を帯び、そして瞬く間に眩い輝きを放ち始める。

「何なんだ、アレ」

 思わずエディは呟いた。

 十五年間毎日見続けてきたが、エディの『印』がそんなふうになることはなかった。その不思議な光景から目が離せない。


「トール――」

 ヤンを――ヤンの『印』を見つめたまま、エディはトルベスタの『印』持ちに何か知っているかと尋ねようとした。

 ヤンの周りだけ風が渦巻いているかのように、不自然に彼の髪がなびいている。


 刹那。


「うわッ!?」

 何かが、吹き抜けたような気がした。

 風、熱――いや、そんなふうに感じられるようなものではない。

 エディはとっさに目を閉じ顔の前に腕をかざしてしまったが、実際には何もかすりもしなかった。

「……何だったんだ?」

 呟きながら腕をおろし、エディは薄目を開けて辺りを窺う。そうして、視界にその光景が飛び込んできた途端に愕然とした。

「!?」

 まるで、突風が通り過ぎた後のようだった。


 一瞬の、旋風。


 不可視の何かによって目に見える範囲の木々の枝は折れ、ヤンを中心とした放射状に、砂や石が転がった跡が付いている。そして、ついさっきまで戦う意欲満々だったスクート、サビエ、バニークが、今は地面に倒れ伏していた。ケロリと立っているのはヤンとエディ、トールだけだ。

「どういうことだ……?」

 自問し、ハッと首を巡らせる。

(ルゥナとフロアールは……)

 ――いた。

 少なくとも、怪我はないようだ。まず目に入ったのはルゥナで、彼女に抱え込まれるようにしてフロアールも地面にしゃがみこんでいる。目が合うと、パッとルゥナが立ち上がった。


 安堵の息をついたエディは、ジャリ、という砂を踏む音で振り返る。が、遅かった。

 眼前に迫ってきたのはヤンのがっしりした脚で、気付いた瞬間には薙ぎ飛ばされていた。

「ぐぅッ」

 辛うじて防御の為に上げた腕がもろに蹴りを食らい、ボキッと太い枝が折れたような音が響く。

(利き腕をやられた……)

 飛ばされるがままに地面を二転三転し、エディはヤンから離れる。だが、そうしている間にも、彼の右腕は気が遠くなるような痛みに襲われていた。


「エディ!」

 駆け寄ってきたトールが助け起こしてくれるが、痛い。

「クソッ」

 苦痛に負けそうになる自分が情けなかった。

「今のは、いったい何だったんだろう」

 トールが疑問に近い呟きを口にするが、その答えはエディも知りたい。だが、それを考えるよりも、まず、現状を打開しなければならなかった。

 ククッと、低い笑い声が響く。


「さあ、まともに動けるのは弓使いの坊やだけのようだが、どうする?」

「うるさい!」

 揶揄するヤンにエディは吼え、近くに転がっていた――サビエの剣を左手に握る。それを支えに何とか立ち上がったが、普段使っているものよりも重い剣は、利き手で持ったとしてもうまく使えそうになかった。

 だが、意識があるうちは決して膝を屈しはしない。

「良い根性だ」

 衰えぬ闘志を目に滾らせたエディに、ヤンが笑みを浮かべる。今度はからかうものや冷やかすものではなく、本心からの微笑みのようだった。

「それならば、とことんやるとしようか?」

 己の優位を確信し、ゆったりと歩く余裕に満ちたヤンの所作に、エディは奥歯を軋らせる。隣でトールが弓を構えるのが、視界の隅に入った。


 勝ち目がないのは判っている。しかし、抵抗せずにいることはできなかった。

 構えた剣は、切っ先がぶれている。


(力が、欲しい)

 切実に、そう願った。


 ヤンは着実に近づいてくる。

 あと数歩で間合いに入るだろう。

 すぐ傍にいるトールのひりつくような緊張が、伝わってくる。

 エディは待つだけでなく、彼の方からも足を踏み出す。

 ヤンが斧を振りかざし、エディが身構える。


 その時。


「だめぇ!」

 緊迫した空気を切り裂き、悲痛な少女の悲鳴が周囲に響き渡った。


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