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癒しの乙女の永久なる祈り  作者: トウリン
第四章:飛竜の猛将
18/72

遭遇

「まずいですね」

 トルベスタの最東の村ムンテを出てから一散に馬を走らせること丸四日。不意にそう呟いたのは、スクートだった。

 彼は手綱を緩めることなく天を仰ぎ、目を細めて葉が疎らな枝の間を窺っている。


 ヤンダルムは飛竜を操る民だ。見つかるとすれば空からで、エディたちはでき得る限り身を隠そうと多少なりとも木がある場所を選んで走っていたが、昨日あたりからそれもままならなくなっていた。

 スクートにつられて同じように空を見上げたルゥナの目には、何も見えない――と思ったら、遥か上空に舞う何かが目に入った。距離があるから大きさは何とも言えないけれど、明らかに鳥とは違う。遠目でも、羽毛をまとわない光を透かす薄い皮膜でできた翼、筋肉質な太い脚、そしてゆったりとのたうつ長い尾が見て取れた。

 それが、三体ほど。

 その内の一体からは、赤い色の煙がたなびいている。


「あれは……」

「多分、速竜アサルゴルだな。ヤンダルムの偵察隊だ。まったく……何も、こんな端っこの方まで見張ってなくてもいいだろうに」

 ルゥナの呟きに答えてくれたのは彼女を乗せてくれているサビエで、ブツブツと愚痴った彼は、首を捻って兄に声をかける。

「どうするよ。あれは確実にオレたちを見つけただろ」

 見れば三体の翼竜は空でグルグルと円を描くようにしていて、遠くには行こうとしない。


「取り敢えず、今は急ぐしかない。あの煙で連絡しているのだろう。我々のことが首都ヤルムに知れるのは一日もかからないかもしれないが、ヤルムからの追手が到着するにはそれから二、三日はかかる筈だ。攻撃の主体である剛竜バタルゴルは速竜ほど速くは飛べないからな。それが着くまでに、何とかヤンダルムの領地を抜ければ……」

 渋い顔でのスクートの予測に、エディが水をさす。

「今いるあいつらが襲ってくるんじゃないか?」

「来たとしても、彼らなら対処できます。速竜はさほど戦力になりませんし、数も三対五。いっそかかってきてくれれば見張りを無くすことができて好都合なのですが。彼らはあくまでも偵察隊ですから、手は出してこないでしょうね」

「見失ってくれるってことはないだろうなぁ」

 ぼやいたのはサビエだ。それに対してトールが苦笑を返す。

「まあ、無理だろうね。隠れるところもろくにないし。これからは更に岩山ばかりになる筈だよ。フロアールとルゥナには酷だけど、速度を上げよう」

「あら、わたくしは大丈夫でしてよ。きっとスクートの手綱さばきが巧みなのね。ちっとも疲れてませんもの」

「お褒めにあずかり、光栄です」

 フロアールの言葉を微かな笑みを口元に刻んで受け取ったスクートは、一転して表情を引き締めた。

「では、少し急ぐとしましょうか」


   *


 ヤンダルムとシュリータの国境の村オプジティは、中立かつ不可侵の自治区だ。シュリータ国内に位置してはいるが、シュリータの首都シュタから遠く離れた辺境にあることもあり、中枢の支配は受けていなかった。

 一方ヤンダルムも、オプジティには手を出さない。略奪を生業とするヤンダルムとて、完全に彼らだけで生きていけるわけではないということは理解している。外と接する為の窓口として、オプジティだけは襲撃しないという協定を結んでいた。


 オプジティに入りさえすれば、ヤンダルムの追手は振り切れる。

 エディたちはその自治区を目指してひたすら西に馬を走らせていた。

 空からの妨害もなく順調に距離を縮めていた彼らの足が阻まれたのは、岩場が目立つ険しい山道でのことだった。あと二日も走ればオプジティまで辿り着けるだろうというところで、頭上からバサリと大きな羽音が響いたのだ。


「おいでなすった」

 サビエが呟く。

 ルゥナは鞍の端を握り締めて、現れたその姿に目を見開く。

 太陽を遮るように覆い被さる大きな影――見上げた一同の視界に、ひときわ大きな翼竜と、それよりもやや小柄なものが四体ほど、計五体が羽ばたきながら宙に留まる姿が入る。ずっとエディたちを追いかけてきていた竜とは、違った。

 近くで見ていないのではっきりとは言えないけれど、速竜アサルゴルという偵察の為の竜はもっとすらりとした体つきをしていた。

 今目の前にいる竜――剛竜バタルゴルは、もっと、見るからに獰猛そうな姿をしている。口元から伸びる長い牙、翼の先にある鋭い鉤爪、分厚い鎧のような鱗、屈強な戦士ほどもありそうながっしりとした脚は一蹴りでヒトを真っ二つにしてしまいそうだ。


 ルゥナは、その勇姿に見覚えがあった。

 百五十年前のヤンダルムも、この翼竜とよく似た竜を従えていたのだ。最初に見た時は怖くて傍に近寄れなかったけれど、慣れてみると意外に人懐こくて、ルゥナもよくその背に乗せてもらっていた。

「あれは……ヤン王だよ」

 他のものよりも立派な体躯を誇る翼竜にまたがった人物をヒタと見据えながら、トールが言う。ルゥナはその声でハッと我に返り、過去から現在へと引き戻された。

「ヤン王? あれが?」

 エディがトールを振り返り、そしてまた天を仰ぐ。彼の顎に力が入り、ギリ、と歯を食いしばるのが見て取れた。

 ルゥナも竜の背にいる人物に目を凝らして、かつて共に旅をした男の面影がないかとその顔を一心に見つめた。


 見た目は、似ている――そっくりだ。気の荒い翼竜に負けない、大きな身体。黒髪の下で光っているのは、青い目だろうか、それとも黒い目だろうか。陰になっていて、よく判らない。岩を粗く削ったような顔立ちは、どこか楽しそうに見える。

 かつてのヤンダルムは確かに略奪を重ねる荒くれ者の長だったけれど、冷静で面倒見がよく、ルゥナには優しくしてくれた。

 百五十年前の彼は、翼竜と民を守る為ならばと、ルゥナ達の説得に応じて邪神封じの旅に同行してくれたのだけれども。


「お前たちは何者だ?」

 響いたのは、轟く雷鳴のような誰何すいかの声。それに応じて、エディが一歩馬を進める。そうして額に巻いた布を取り去り、そこに刻まれたものを露わにした。それを見せつけるようにして、真っ直ぐに上空のヤンを見上げる。

「俺はエデストルの王子、『印』を継ぐ者だ。何の報せもなく貴国に立ち入ったことは謝罪する。だが、シュリータに至急の用があるんだ。絶対に貴国に害をなすことはない。このまま行かせてもらえないだろうか」

 顎を上げて声を張り上げたエディに返ってきたのは、しかし、あからさまな嘲笑だった。鋭い目を煌めかせながら、ヤンが言う。

「面白いことを言うな。我らとシュリータがどんな状況にあるかは知っているのだろう? お前の言葉を丸呑みすると思うのか?」

「誓って、言う。決して貴国の――」

「くどい。見つかったのが運の尽きだな。飛竜の民に言葉は役に立たぬ。先に進みたくば力で我らを下せ。その自信がないならさっさとおとなしく従うんだな。好きな方を選べ」

 にべもないヤンの台詞に、サビエがため息をついた。


「これは、やる気満々だな」

 彼の呟きに、ルゥナは身を強張らせる。

(ねえ、ピシカ、どうにかならないの?)

 抱き締めた仔猫に問いかけても、彼女はピクピクと髭を震わせて素っ気ない言葉を返すだけだった。

(無理でしょ。昔のヤンダルムよりもだいぶやんちゃだから、今のヤンダルムは)

「そんな……」

 情けない声で呟くしかないルゥナの前で、次々と翼竜が舞い降りる。それに応じるようにエディたちも馬から降りて、穏やかに話し合うという流れはとうてい期待できそうになかった。

「取り敢えず、お嬢様方には退避していてもらおうか」

 サビエのその台詞と共にヒョイと馬から抱き下ろされて、気付けばルゥナは地面に立っていた。

「ルゥナ、離れましょう」

「でも……」

 フロアールに手を引かれても、ルゥナはすぐには従えなかった。グズグズととどまる彼女に、フロアールが厳しい声を出す。

「あなたには何もできないでしょう? 隠れていないと足手まといになりますわ」


 言われて、ルゥナはもう一度ヤンダルム達に目を走らせる。

 彼らは竜の背から降り立ち、悠然と得物を構えてエディたちに対峙していた。エディたちも、すでに剣を抜き放っている。

(あの人――ヤンダルムが持っているのは、神器だよね)

(そうね)

 ルゥナの問いを、ピシカは尻尾を揺らして肯定する。

 神器を手にして、『印』を持っていて、あんなに姿かたちも似ているのに、かつてのヤンダルムとは別人なのだ。現状を説いても、耳を傾けてくれそうになかった。


「ほら、ルゥナ、参りましょう?」

「うん……」

 ピリピリと張り詰めた空気は、今にも火花を散らしそうだ。後ろ髪を引かれながらも、ルゥナはフロアールに従った。


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