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癒しの乙女の永久なる祈り  作者: トウリン
第三章:助力を求めて
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会談

 トルベスタは聖弓を引き継ぐ国であり、現在の王はラープスだ。彼には王妃トランフィとの間に、現在二十歳のフレイトと十七歳のトールの二人の王子がいる。謁見の間には、彼ら王族全員とトルベスタの女宰相であるサルキーが顔を揃えていた。

 エデストル王レジールは裏表のない真っ直ぐな性格だが、ラープスはなかなかその本心を見せない男だ。だが性格が正反対であるにも拘らず二人は個人的にも付き合いが深く、子ども達はしばしば互いの国を行き来していた。エディとフロアールにとって、ラープスは叔父のような存在だ。


「エディ王子、よくぞここまで無事に着いたな」

 トールとよく似た穏やかで整った顔立ち、柔らかな物腰のラープスは、外見通りの人物ではない。消えることのない微笑みの裏では、常に怜悧な思考が働いている。

 滅多に感情を見せることのないトルベスタ王だったが、エディ達に向けられた眼差しには労わりの念が込められていた。


 エディが真っ直ぐに背を伸ばし、ラープスに答える。

「はい、このような事態に我々を快く受け入れてくださり、ありがとうございました。スクートやサビエ……それにベリートが助けてくれて、ここまで来ることができました」

「そうか――だが、ベリートは同行していないようだが?」

 微かに目を細めたラープスに、エディは一瞬唇を噛み締め、そして顔を上げる。

「彼は死にました」

「ベリートが? 彼ほどの腕の者が、か?」

「はい。追手を引き受けて」

 きっぱりと頷いたエディを、そしてベリートの息子である双子を見つめ、ラープスは事情を悟る。それ以上は問う必要がなかった。

「そうか。では、そなた達がこうやって無事に着いたことを、きっと喜んでいるだろう」

 エディはその言葉を肯定することなく、何かに耐えるように全身を強張らせた。きつく手を握り込み、苦い記憶を呑み込むように深い呼吸をいくつかして、彼は口を開く。


「……エデストルは、今どうなってるんですか? マギクは?」

 露わな激しい怒りと憎悪でぎらつく少年の眼差しをしばし見つめた後、ラープスは静かな口調で答えた。

「まだ情報はない。トールからも聞いていると思うが、間者が戻ってくるまで、三日はかかる。それまでは身体を休めておくといい」

 ラープスの宥める声に、エディはカッと一歩を踏み出して息巻く。

「いいえ! それよりも、兵をお貸しください。一刻も早く母上たちを助けに行かなければ!」

「落ち着け。状況も判らぬままに動けば、せっかくそなた達を逃がしたディアンナ殿やベリートの尽力が無駄になる」

「だけど!」

「情報は重要だ。余は負ける戦いに兵を駆り出したくはない」

 情に流されることのない冷静なラープスの声。エディは二の句を継げずに押し黙った。ラープスは表情を和らげ、エディを説く。


「まずは報せを待て。この十日余り、殆ど気の休まる時が無かったのであろう? 部屋へ案内させる」

「ラープス王!」

 更に詰め寄ろうとしたエディを、スクートが抑える。

「エディ様、ラープス様のおっしゃるとおりです。疲れた頭ではまともな判断はできません。少し休まなければ」

 その言葉に勢いよく双子を振り返ったエディだったが、スクートを睨み付ける眼差しはあまりもたず、張り詰めていた糸がフツリと切れるように、不意にがくりと肩を落とした。

「……わかった」

「何かわかれば、すぐにそなたにも伝える。その時の為にも、休むのだ」

「わかりました。ご厚意に、重ねて感謝いたします」

 エディは頭を下げ、スクート達と共に謁見の間を後にする。

 まだ細い少年の背を見送って、扉が閉まると同時にトールが父を振り返った。その目には微かな不満と怒りの色が混じっている。前からくすぶっていたものが、輝きを失ったエディの姿を見てついに噴出したようだった。


「そもそも、エデストルから援軍の要請を受けた時に応じていれば、このような事にはならなかったのではないですか?」

「トール!」

 弟のぶしつけな言葉に、フレイトが眉を逆立てた。

「よい、フレイト」

 穏やかで滅多に声を荒らげることのない兄王子の鋭い叱咤を、ラープスは制する。そうして、トールに目を向けた。

「お前の言うことにも一理ある。だが、エディにも言ったように、状況も判らぬうちに動くことはできない」

「ですが、トルベスタが助けの手を伸ばしていれば、レジール様は――」

「トール」

 ラープスが声を低くして警告するようにその名を口にする。トールは微かに顎を引いて一度口を閉ざしたが、再びグッと顔を上げた。

「ですが、父上、いつ、お話しなさるおつもりですか? ……レジール様が亡くなられたということを」

 息子の言葉に、ラープスは半ば目蓋を伏せる。


 トルベスタは弓の国――正面切って相手に挑むのではなく、陰に潜み、獲物の息の根を止める狩猟民族だ。そして彼らはまた、間諜を駆使して情報を集めることも、得意としていた。恐らく、このルニア大陸の状況を最も正確に把握しているのは、トルベスタだ。

 宰相サルキーの手の者が、今こうしている間にもルニア大陸の各地で動いている――枝が及ばないのは、海の向こうの孤島のみだ。魔物がはびこるあの地には、流石に人を送ることは困難だった。

 マギクの戦場にもかねてから間者は潜入させており、数日前に、かの地の状況についての報告は受けていた。

 即ち、レジール討死の報せを。


 エデストルの城では王妃ディアンナが降伏し、城内はマギク兵に制圧されている。ディアンナは存命で、マギクに連行されたということだった。

 そして、一年ほど前から、マギク国内から魔物との戦いに対する気概が薄れ始めているという情報も、得ていたのだ。

 当然、レジールには間者を通じてそのことを伝えてあった。だが、エデストルの王は、それでもマギクを裏切ることはできない、とそのまま戦地に身を置き続けたのだ。戦意を失いかけている彼らを見捨てては、追い打ちをかけることになる、と。


 レジールの決断を、ラープスは愚かだと思った。

 だが、彼らしいとも、思った。そしてそんなふうに己を貫けることに、ほんの少しだけ、羨ましさを覚えたのだ。


 そして、ディアンナから援軍要請の書が届けられたのは数か月前のこと。

 ラープスは返事を伸ばし、援軍は送らなかった。危機を知りつつ退こうとしなかったレジールと同じように、たとえそれが旧友を見殺しにすることになるとしても、彼は静観することを決断した。

 躊躇なく友を切った罪悪感は、確かにラープスの心に深く根を張っている。だが、情を重んじることよりも、彼は先を見据えることを優先させた。


 ラープスは再び目を上げ、トールを見つめる。

「トール……エディは、今、疲れ切っている。次々と事が起き過ぎた。まともに頭も働くまいよ。少し休ませ、冷静に話を聞けるようになるまで待った方が良い。……彼には、これから更に多くのものを抱えてもらわねばならぬのだから」

「それは、そうかもしれませんが……」

 トールは理路整然とした父の言葉を、納得いかない様子を残しながらも受け入れる。

 そんな彼に内心で微笑みつつ、ラープスは息子二人を見遣った。


 兄のフレイトは穏やかな青年だ。平時なら良い王になっただろう。彼はそれを残念に思う。

 トールは兄よりもラープスに近い性質を持っていた。まだ若さゆえの短慮が見え隠れするが、良い補佐が付いて抑えてやればいい。この先どんな事態が起きたとしても、きっと彼なら乗り越えられるだろう。

「トール。よいか、エディはお前が助けてやるのだ」

 その短い言葉に多くの事を含ませて、ラープスは息子の両肩に手を置いた。

「もちろんです。彼とフロアールは僕の大事な友人ですから。この、右手の『印』にかけて、誓います」

 トールは深く、強く、頷く。

 心優しい兄ではなく、強かさも併せ持つ弟に印が現れたのも、何かの前兆だったのかもしれないと、ラープスは思った。


「お前は、トルベスタ――聖弓の使い手だ。それを忘れず、進むべき道を進め」

「はい」

 何を今さらという顔で、トールは答える。


 そんな息子に、ラープスは薄く微笑んだ。


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