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川釣り

作者: 白楠 月玻

「よっし、また釣れた!」


 うれしそうに言う与羽(よう)の釣り糸の先には、白い腹を(ひるがえ)す大きな川魚。これで何匹目だろうか。彼女の竿にばかり魚がかかる。


「……チッ」


「舌打ち、聞こえとるよ、雷乱(らいらん)


 いたずらっぽく笑って、与羽は自分のいる大岩の上から見下ろした。

 平べったい岩に座って川に釣り糸を垂らす雷乱は、彼女の小さな姿をギロリとにらむ。しかし、与羽はひるむこともなく、「嫉妬すんなって。あんたは忍耐力がないんじゃ」と一層笑った。


 その馬鹿にしたような笑みに、雷乱はむっとして手近にあった小石を拾い上げる。

 与羽はそれを見て、首をかしげた。挑発するような仕草だ。


「避けろよ、小娘」


 少しいらだちもあり、そう言った上で、雷乱は小石を与羽に向かって投げた。もちろん、全力ではないが、当たれば小さなこぶくらいはできるだろう。

 与羽はそれを横に飛んで、いったん岩を降りてかわそうとする。岩の上は狭く、安全に逃れられる幅がなかったからだ。

 その判断は正しいし、雷乱もそう避けると思って石を投げていた。


 しかし、問題は着地。

 下は岩のごろごろした川原。目当てをつけていたのだろう、平べったい石に着地したのはよかったが、さっき釣った魚を左手に、釣竿を右手に持っているせいで、手がつけない。


「あ」と声を上げ、与羽が竿から手を放す。


 しかしその時にはすでに、与羽の体勢は大きく崩れていた。


「おい」


 雷乱(らいらん)が声を上げ、釣竿を手離した瞬間、ベシャと小さな音を立て与羽は川に落ちた。

 慌てて駆け寄り、与羽(よう)を助け起こす。


「大丈夫か?」


「ん~、問題なぁ」


 幸い高さはそんなになく、川も岸に近く浅かった。体をひねって背から落ちたので、頭も打っていない。岩にぶつけて痛いところはあるが、平気だ。


「心配かけさせやがって」


 口調は荒いが、雷乱の声には明らかな安堵がこもっていた。


「誰のせいじゃと思っとんな」


 一方の与羽は不機嫌そうに濡れてしまった自分の着物を絞る。


「オレが石を持った時点で、謝っときゃぁよかったんだ」


「何で私が謝らんといけんのん? 私、(なん)もしとらんじゃん。魚が釣れんのんはあんたの才能がなぁせい」


 与羽は反抗的に大柄な雷乱をまっすぐ見上げて言い返す。かなり怒らせてしまったらしい。

 ちなみに、彼らには大人と子どもほどの背丈の差があった。与羽の頭は、雷乱のみぞおちに届くかどうかといったくらいしかない。雷乱は背が高いのだ。


「挑発したのはお前だ」


 雷乱(らいらん)は、どすの利いた声で言い返す。


「結果として私がびしょ濡れになったんじゃけ、あんたが悪い」


「変な理屈こねるな」


「風邪ひいたらあんたのせいじゃけぇなっ!」


 眉間に小さなしわを寄せた与羽(よう)がびしっと雷乱に指を突き付けて、口をとがらせる。普段ならば、このあたりで仲裁に入る少年がいるが、今は残念ながらいない。

 これ以上口論を続けても与羽を激怒させるだけなので、雷乱はうまい和解方法を考えた。自分が謝るのは(しゃく)に障るので、そうならずに終わらせる方法を。


「大丈夫だ」


 そして雷乱はそう言った。


「バカは風邪ひかんってか? バカはあんたじゃろ、雷乱」


 与羽は髪を絞りながら、いっそう不機嫌に言い返したが、それは想定内だ。

 雷乱は口元に笑みを浮かべた。


「バカ、お前が風邪を引いてもオレが看病してやるから大丈夫だ、って言ってんだよ、ご主人様」


 笑みを維持したまま与羽に近づき、雷乱は体の芯に響くような低い声で、甘くささやいた。

 そっと自分の袖で与羽のほほを伝う水滴をぬぐってやる。

 雷乱の大柄に似合わない繊細な動きに、与羽は思わず身をすくめた。


「――その方が、護衛としてあちこち連れ回されることがなくて、楽だからなぁ」


 しかしすぐに雷乱(らいらん)はいつもの調子になって笑う。


「わ、悪かったな」


 与羽(よう)はやっとのことでそう言い返した。


「ま、ただの仕返しだから気にすんな」


 その様子を雷乱は満足げに見たあと、そう言った。さきほどのはまだ魚のことを根に持っていた雷乱なりの仕返しだったのだ。

 雷乱はかつて、自分の刀と命を与羽に差し出した。そして、彼女はそれを受け取った。

 与羽は雷乱の唯一絶対の主で、雷乱は与羽の忠実な(しもべ)。それ以上でも以下でもない。だから、さきほどのような戯れはあっても、本気になることはない。


 雷乱は、少しほほを赤らめたまま、まだ自分の髪を絞る与羽を見た。口は悪いし、性格はきついが、小さくて、愛らしいと思う。


「よっし、まぁ、風邪をひかれると俺も寝覚めが悪い。とっとと城に帰りますよ、オレの小さな姫君」


 陽気な冗談めかした口調で言い、雷乱は釣れた魚の入った桶と釣竿を拾い上げた。




<完>

ジャンル、ファンタジーにしていますが、ファンタジー要素が良くわからない……。作品が短くて、良いジャンルが思い浮かばなかったんですよね。


この物語の登場人物は、食刻の姫君、与羽とその護衛、雷乱。

雷乱は大抵番犬のようについてまわる、忠実な奴です。背が高く、大柄で、しかし性格は乱暴で短気。ただ、姫君(与羽)の護衛というだけあって、剣の腕は相当なものです。


口の悪いツンデレ気質の与羽とは似たもの同士かもしれません。

年齢は、雷乱の方が七つくらい上の設定ですね。


今回の雷乱は少し軽めの発言が多いですが、それはこの短編を甘めに設定しているからです。

常にあんな感じではないので、あしからず。

久々に読んで「キャラちげーよ、バカ!」と思いました(笑 ←2012.12追記


ただ、やっぱり雷乱は、与羽のことをとても大切にしているみたいです。唯一の主人ですし、過去にいろいろあったらしいです。


その色々は本編中でたぶん出てきますので、よろしければ本編も読んでみてくださいね(宣伝




2009/11/15

2009/12/4

2012/12/11

2012/12/27

最終更新日2013/7/31

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