面会者
ここは、とある病院の入院用受付。そこに、不安気な表情を浮かべた老夫婦が、受付の担当と何か言い争っていた。
「ここに、浩二が運ばれたと聞いたからきたんや。お前じゃ話しにならん。別の奴を呼べ!」
「だから、何度も申し上げております通り、ここに坂下浩二さんという方は、入院されておりません」
入院患者の台帳とみられる分厚いファイルのページを忙しくめくりながら、受付の女性は、苛立ちを隠せないように説明している。
「じゃあ、連絡をして下さった木村さんが、嘘をついているとでもあなたは言うのね?」
老紳士の傍らに立っていた老婦人が、受付台に手を置き、受付の女性に話し掛ける。
「そう申されましても、入院台帳にも、入院病棟にも坂下浩二さんという方はおられませんし、大体その木村さんが来られたという、記録もありませんので……」
手元に置いた入院台帳のページを前後にひたすらめくりながら、女性は申し訳なさそうに、そして面倒臭さそうに話した。
「だから、さっきから言ってるだろ? お前じゃ話しにならん。別の奴を呼べ。呼ぶ気が無いなら、もういい! 警察に調べてもらう。ここで、息子が監禁されているとな!! ……で、どうするんや!」
老紳士は、とてつもない剣幕で受付の女性を大声で怒鳴りつける。
「どうすると言われても……」
もううんざりだと、言わんばかりの女性であったが、警察と聞き泣きそうになっていた。直後、女性の横にスッっと白衣を着た中年の男性が現れた。
「どうされました? 何かありましたか? あまり、大きな声で話されると他の患者様にもご迷惑になりますので、奥で話しを伺いましょうか?」
今までの話を何処で聞いていたのか、和やかに老夫婦に話し掛けた。
「やっと、話の分かる奴が出てきたか。……分かった、案内してくれ」
その途端医師は、フッと不気味な笑みを浮かべたが、すぐ真顔に戻ると老夫婦を連れて暫く歩くと、EVに乗りこんだ。EVの行き先スイッチを押さず、スイッチの下の何も表示されていないスイッチを二つ同時に長押しする。するとEVが動き出したと思うと、階数表示には存在しないB2より下まで降りて行く。
「おい、あんた。どこへ連れていくんや」
老紳士は、不安になってきたのか、少し強めの口調で尋ねた。
「おや? どうしました? 大丈夫ですよ。少しお話を伺うだけですから。ただあまり他言出来ない話なので、公な場所では、お話できないのですよ」
医師は穏やかな口調で答えると、EV扉上部の階数表示ではなく、左腕につけた腕時計をじっと見詰め続けていた。
そのまま5分程経過しても、EVは止まる様子をみせなかった。老紳士は不安感を隠せずに、医師を睨みつけた。
「おい! いつまで降りるんや! もう、だいぶ降りたぞ。おい、聞いてんのか!」
老紳士が医師の胸倉を掴もうとした時、『チン』と音が鳴ってEVの扉が開いた。
EVが止まった事に老夫婦は、少し落ち着いたのか、ゆっくりとEVから降りた。老紳士が振り返り、医師に何かを言おうとした、その途端EVの扉が『バタッ』っと音をたてて閉まったのであった。
「おい! 何の冗談や! どうなっとんねん! 返事せぇ! 何やこれわ! おい、こら! どこ行きよった!」
老紳士は、EVの扉をドンドンと叩きながら、大声で怒鳴り続けた。
しばらくして、突然先程の医師の声が聞こえてきた。
「坂下さん。すみませんが、今後の余生は、そこでお過ごし下さい。浩二君は、医学的にもかなり貴重なサンプルですので、お返しする事は叶いません。また、この事を口外されては、今後の世界の為にもなりませんので……。それでは、失礼させていただきます。あっ、そうそう。食事は、そこにいるプラントモンスターや元家畜モンスターを殺して調理して下さい。それでは、楽しい余生を。さようなら」
放送は、呆気なく切れ、途端に辺りは静寂に包まれた。
「おい! 返事しろ! おい! 何とか言え!」
何を言っても、もう何も返ってこなかった。
「ねぇ、あなた。どうなるの? これから、どうなるの?」
老婦人は、半分泣きながら老紳士に尋ねたが、老紳士ももうどうしたらいいのか分からず立ちすくむ他になかった。
そんな老夫婦の周りに不気味な影が一つ、また一つと姿を見せ初めていた……。