発狂する男
四角く真っ白で、一面の壁だけ鏡張りの部屋の中にその男はいた。
「うぉぉぉぉー! 離せぇ〜! おのれら離しやがれ! ぶっ殺すぞ! 離しやがれ! ぶっ殺す! 絶対、ぶっ殺す! おのれら、これを外しやがれ! うぉぉぉ〜!!」
ベッドの上で頭・首・両手足・胴に輪っかのような拘束帯を取り付けられた男が、鬼にでもなったかのような形相で、暴れながら大声で喚き散らしていた。
「これは、またえらく危険な存在になったものですね。本当に、昨日までただのサラリーマンだった男ですか?」
男の存在する部屋から見れば、鏡の部分。その隣に位置するマジックミラーの裏側の部屋にて、医師か科学者といった風貌の男が、いやらしい笑みを浮かべていた。
「はい、名前は、坂下 浩二、現在32歳。未婚で、両親と3人暮し。これまでは、会社内でもそんなに際立って目立つ存在ではなく、むしろ控えめな方であったようです」
その隣で看護師のような服装をした女は、ゆっくりとした口調でカルテの内容を読み上げた。
「それが一晩でこれですか? マスコミ対策はしているのでしょうね?」
「そっ、それが、すみません。マスコミの方も耳に入れるのが早いようで、既に知られてしまいました」
畏縮する女を余所に、特に興味もないというように、男はガラスの向こうで大声を出している浩二の方から視線を動かす事なく、男は女に声を掛けた。
「まぁ、知られてしまったのでは仕方がありませんね。どこまで情報が漏れたのか分かりますか?」
「確かではありませんが、多分この病気にかかったとしか知らないはずです」
浩二から一瞬たりとも、視線を外さず、不敵にうっすら笑みを浮かべると、男は落ち着いた口調で話を続けた。
「そうですか。分かりました。では、これ以上の情報の漏洩には十二分に注意してくださいよ」
「はい、分かりました。……ところで、この方これからどうなるのでしょうか?」
「そうですね。まあ、確かな事は分かりませんが、人間感染の第一号になるので、ウイルスの検査・ワクチンの開発に協力して頂く事になるでしょうね」
医師は、何かいやらしい笑みを浮かべながら呟いた。
「テメェら、そこで何しゃべってやがる! ここから出せ〜! こいつを外しやがれ! は〜な〜せ〜! うぉぉぉぉ〜!!! テメェら絶対、ぶっ殺〜す! うぉぉぉぉ!」
病院に運び込まれた男。浩二は見える筈も、聞こえる筈もない部屋へと向かって、大声で喚き散らしながら、四肢をばたつかせていた。
その声も届かぬガラス越しで男は、異様な笑みを浮かべ、女は、浩二の様子・医師の表情を互いに見ながら、不安の心を隠す事が出来ずにいた。