急病人
「おい! 浩二! しっかりしろ! おい! 浩二! 浩二ってよ!」
「そこのあなた、邪魔! どいてくれる!」
浩二と呼ばれたぐったりとした男を乗せたストレッチャーを小走りで押しながら看護師が大声で周りの人に怒鳴り散らしている。その傍で、ストレッチャーの男にすがり付くように、一人乗り男が大声で、ストレッチャーの男に声を掛け続けていた。
「あの。ちょっとすみません。あなた、あの方を連れてきた方ですよね」
少し今の状況にしては、おっとり過ぎる口調の看護師が救急搬送室の中より現れると、ストレッチャーの男を浩二と呼ぶ男に話し掛けた。
「あ、はい。そうですけど、なんですか? あいつ。浩二、大丈夫なんですよね!?」
「それは、今から検査を行いますので、結果が分かり次第お伝えしますので……。それでですね、あの方があのような状態になった時の事を詳しくお聞かせ頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
慌てているのか、切羽詰まったような表情だった男は、看護師のおっとりした口調に苛立ちすら覚えていた。
「あ? あぁ。あの時の事ね。でも、そんなの何で必要なんですか? 浩二は、浩二は大丈夫なんですよね!?」
「浩二さんの事は、これから検査をいたしますので、その検査結果が出るまで何とも申し上げられませんが、あの方……浩二さんがあの状態……意識不明の状態になった時の事を詳しく聞かなければ、詳しい検査が出来ませんので、お聞きしています。例えば、浩二さんが何かの拍子に頭を強く打った等で意識を消失したのであれば、頭部内に出血が見受けられる可能性もありますし、突然意識を失われたというのであれば、他にいろいろと検査しなければならなくなります」
何か思う節でもあるのか、看護師の言葉は、話が進むにつれ始めの覇気がなくなり、小声になっていった。
しかし切羽詰まった男は、看護師の言葉をまともに聞く事が出来ないのか、態度の変わった看護師に気付く事が出来ずにいた。
「分かりました。あの時の事ですね。お話致します」
そう言って男は、突然遠くを見るような目になり、ゆっくりと話を始めた。
「あの時、俺達は仕事の帰りに飲みに行ってたんや。ちょっとした居酒屋で席に着いて、始めは上司の愚痴や嫌いな奴の陰口・気になる女子社員の話なんかで盛り上がっていたんやけど……。突然、何の話をしてた時やったかなぁ? 話が止まって、お互い黙り込んでもうて……。そしたら、もう何を話掛けても浩二の奴ボーッとしたままで、返事せえへんようになって……。ちょっとイラッっとしたから「おい! 浩二!」って肩を軽く叩いたら、そのまま浩二がバターンって床に倒れよって。何が起こったんか分からんで、ちょっと呆然としてもうたんやけど、すぐにこれはヤバイって思ったから救急車呼んだんや」
遠くを見詰めたままの男を尻目に、看護師はそこまで聞くと、軽くお辞儀をした。
「そうでしたか。分かりました。ありがとうございます。それでは、今戴いた情報もふまえて、検査を行いますので、今日はおひきとり頂いてけっこうですよ」
そう言って立ち去ろうとした看護師の肩を掴むと、男は看護師に怒鳴り付けていた。
「浩二は! 浩二はどうなったんですか!?」
「何度も申し上げております通り、ただいま検査中です。検査結果が出なければ、何とも申し上げられません」
看護師は変わらず、おっとりした口調で答える。
「そもそも、なんで検査が必要何ですか? ただ、意識がちょっと飛んだだけかもしれないじゃないですか? なあ? 何か隠してないか? 俺、あいつの家族じゃないけど、マジで心配なんだよ」
男が真剣な眼差しで看護師を見つめて話をすると、看護師は少し困ったような表情をみせたが、再びおっとりした口調に戻ると男の腕をとった。
「ここではなんですので……」
そしてそのまま、男を個室へと誘導し、重たい口調で話を始めた。それは男にとって、考えていた事とは全く別の事だったようで、話が終わる頃には、男の顔は蒼白になり、とぼとぼと病院を去って行った。
男は、看護師の最後の言葉が頭から離れなかった。
「この事は、浩二さんの御家族様であっても絶対に話してはいけませんよ。私はあなたの……」
『話してはいけない事……。じゃあ、どうやって浩二の両親に伝えればいいんや!?』
男は病院から出ると、大きな溜息と共に軽いめまいさえ覚えるのだった。