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惨劇

 辺りは静寂に包まれ、虫の声だけが響いていた。少し前まで、辺りを優しく照らしていた家々の明かりも消え、漆黒の空間の中に、時折遠くを走る車のライトが何かの合図かのように見えていた。

「ねぇお母さん、もうおじいちゃん寝たかなぁ。まだ? ねぇお母さん」

「もう少し。ね、聖史もう少し待ってね」

「うん。あと、ちょっとだね」

『おかしい、静かすぎる。いつも、こうなの? もう少し様子を見た方が良さそうね』

 異変を感じた伴子は、聖史に微笑み掛けると、布団より静かに起き上がった。

「聖史。お母さん、ちょっと見てくるから、ここで寝たふりをしてるのよ。……もし、おじいちゃんが来ても、寝たふりを止めちゃだめよ。分かった?」

「うん。分かった。早く戻ってきてね」

 伴子が部屋から出て行くと、聖史は布団に潜り込み、じっと息をひそめた。辺りが静かな為か、耳にキーンと小さな音が聞こえる。聖史は、早く母親が帰って来ることを願っていた。

「……ん。あれ? 僕、寝てた? ねぇ、お母さん。……」

 聖史は、布団から出ると辺りを見渡した。伴子の姿が無い。少し寝てしまっていたのならば、その間に伴子が戻って来ていても不思議ではない。不安感と何とも言えぬ違和感を覚えた聖史は、伴子の後を追って部屋から出て行った。

「お、どうしたんじゃ聖史。便所か?」

 部屋から出ると、おじいちゃんが暗闇の中からスッと現れた。

「ううん。お母さん。目が開いたら、お母さんいなくて。おじいちゃん知らない?」

「伴子か? おらんのか? まったく、こんな夜中にどこに行ったんじゃ。こんな小さな子を置いて。……そうじゃ聖史、わしの所で寝るか? わしが一緒なら寂しくないじゃろう。どうじゃ?」

 『獲物が自分から呼んでいる』と、聖史はウキウキした気分になったが、母親の戻らない不安感と、拭いきれない違和感の為、「うん」と小さな声で返事をすると、祖父と手を繋ぎ、祖父の部屋の方へと二人で歩いて行った。

 祖父の部屋に着いて、聖史は感じていた違和感の正体が何なのかすぐに分かった。そこにはまだ布団が敷いてなかった。しかも、数名の男の人が、隣の部屋に行ったり来たりしている。皆、戻って来る時、ズボンを触りながら戻って来るのだった。

「聖史。お母さんが戻って来るまでここにいるといい。もう寝るかい? 寝るのだったら、布団を敷くけど、どうする?」

 祖父は、優しく語りかけてきていたが、聖史には部屋に入った時から、母親がどこにいるのか、なぜ戻って来なかったのかが分かったのだった。

「ううん。まだ、寝ない。……かわいそうなお母さん。……今助けてあげるからね。……おじいちゃん、僕お腹すいた。おじちゃん達も、おじいちゃんも、ここから二度と表に出さないよ! お母さん! 今、行くからね!」

 聖史は、隣の部屋に聞こえるように大きな声を出すと、表情が子供のソレとは全く違う野獣のようになり、口から長く糸を引くよだれを垂れ流すと、目の前の祖父に飛び掛かって行った。

「なんじゃお前は! どうなっとるんじゃ! ギャア〜! 止め、止めてくれ! ギャ〜! 助っ! 助けてくれ!」

「お母さんは、成り損ないなんだ。そんなお母さんをよくも! よくもぉぉ!」

 聖史の風貌は、変わり果てていた。髪は大きく逆立ち、爪は長い鋭利な刃物のように伸び、全身の毛が針金のように逆立っていた。皮膚は、細胞のひとつひとつが分かる程硬化し、まるで鱗のようになっていた。

「ぅわあぁぁぁぁ! バッ! バケモノだぁぁ! たっ。助け。助けて!」

 男達が、入り口の方へ行こうとした瞬間、聖史は、祖父の足を貪るのを止め、祖父をくわえたままサッと入り口の前へ移動した。

「おじちゃん達、お母さんに何したの!?」

 竦み上がる男達に、聖史は大きな口を開き、荒らぶる声で尋ねた。

「何をしたのか、聞いてるの!」

 黙ったままの男達にイライラしているのか、聖史は手で押さえ付けていた祖父の腕を口でくわえたかと思うと、そのまま引きちぎり男達の方へ、投げ捨てた。

「うぎゃあぁ!」

「ひぃぃぃ! ……分かった。分かった。教えるから殺さないでくれ。はぁっ、はぁっ、そっ、その、オッサンが、静かにさせるなら何してもいいって言うから……」

「言うから? ……言うから何をした!」

「大体、もともとは、あの、女が、いけないんだ。……その、オッサンが、娘がおかしいからって、初めは音がしたら来いって事だったんだけど、このオッサン、泊まってくれって、頼むから、ここで、皆で集まって、話してたんだ。そしたら、あの女が入ってきて、すぐ立ち去ろうとしたけど、そのオッサンが捕まえろって言うから、……」

「で、何をした! さっきから、訳の分かんない事ばっかり言って! だから何をしたの!」

 聖史は、祖父のもう片腕をまた食いちぎると、今度は投げずに、半分程をくちゃくちゃ音をたてて食べ始めた。

「うぎゃあぁぁぁぁぁ!」

「ぅわあぁぁぁ! ひぃぃぃ! こっ殺さないで。殺さないでくれ! うっ。ぅおえぇぇ。」

 男達は、部屋の中で蛇に睨まれた蛙のようになっていた。中には、目の前で行われるスプラッターな惨劇に嘔吐する者もいた。

「と、隣の、部屋。隣の、部屋に、いる。俺、達は、交代で、あの女を、抱いていた、だけだ。それだけだ。た、助けて。か、帰して、帰してくれ。」

「おじいちゃん、今の話本当なの!?」

 祖父は、息絶え絶えに頷いた。その途端、聖史の鋭利な爪が祖父の腹部を貫くと中から長い臓物を引っ張り出し、長い舌で舐めながら呟いた。

 もう祖父は、声も出なかった。

「そう。じゃあ、おじちゃん達、やっぱり帰す訳にはいかないね。」

 聖史は、そう言うと、祖父を押さえたまま、男達に一歩近付くと右手の人差し指を立てた。男達が、一瞬たじろいた瞬間、聖史の姿が消え、周りからジュバッ! ジュバッ! っと音が聞こえた。しばらくすると聖史が現れたが、もう男達は動く事すら出来なかった。先程の音は、男達の両足が、聖史の爪によって切断される音だったのだ。

「うぎゃあぁぁぁぁぁ! ひぎゃあぁぁぁ! ぐぁあぁぁぁ! こっ殺される! 許し! 助けて! 殺さないで! 助けて! 死ぬぅ!」

 男達は、口々に大声を出し、のたうちまわっていたが、一人また一人と静かになっていった。

「お前らが悪いんだぞ。お母さんをいじめるから。お母さんをいじめるやつは、みんな死んでしまえ!」

 …………。

 聖史は、小さな子供の姿に戻っていた。部屋は一面真っ赤に染まり、赤い壁紙に包まれた部屋のようになっていた。所々にまるで壁紙の模様のように付いた肉片が、先程の出来事の酷さを物語っている。聖史は全身血まみれで、辺りの生臭い異臭を感じる事さえできない状態になっていた。聖史は、祖父だったモノに近付くとその耳元で何かを呟き、背中を上に向かせ背中の皮膚をベリベリと剥がしてから、剥がした皮を無造作に床に投げ捨てて、隣の部屋へと歩いて行った。

「お母さん。お母さん、どこ? もう大丈夫だよ。お母さんをいじめる悪いやつは、僕がやっつけたからね」

 聖史が歩いて行くと、全身にベトベトした液体が付着させた伴子が、両手と両足をコンクリートで固定され、口に伴子の物と思われる下着を詰め込まれた状態でぐったりと横たわっていた。ベトベトした液体は、全身だけでなく、伴子の股間からも流れ出していた。聖史は、駆け寄ると……。

「お母さん。お母さん」

 と、何度も伴子を揺さ振りながら呼び続けた。

「さ、と、し……。聖、史……。大丈夫?」

「お母さん! うん。大丈夫だよ。お母さんをいじめるやつ僕やっつけたからね。お母さん。今助けるね」

 そういうと、四肢を押さえていたコンクリートを姿が変わったかと思うと一つずつ噛み砕いていく。

「ありがとう。聖史。優しい子」

 伴子は聖史を、ギュッと抱きしめ、『この子は、このままじゃいけない。どこかに隠さないと。近い内にもっと大変な事になる』そう思い続けるしかなかった。

「お母さん、痛いよ。……あっ。お母さん、お腹空いてない? 向こうの部屋に、いっぱい残してるよ。ねえ、お母さん立てる?」

「ありがとう。大丈夫よ。さぁ、ご飯にしましょうか。もう今日は、こんな事になっちゃったから、ご飯の後ここで寝て明日、帰るわよ。……でも、もし近所の人が来たら、分かるわよね」

 伴子は聖史の顔をじっと見つめて話し掛けると、ふっと優しい笑みになり、隣の部屋に歩いていった。

『でも、大丈夫かしら。聖史の下の子出来ないかしら。あの人達、遠慮無しなんだから……。私、いつまでこの子の傍にいてあげられるのかしら』

「聖史。いらっしゃい。私、こんなに沢山食べられないわ。聖史も食べていいわよ」

「うん。……でも、これはダメだよ」

 と、祖父の背中から剥ぎ取った皮膚を拾い上げた。

「もう! お父さんの次はおじいちゃん? それ、止められないの? ……お願いだから、人がいっぱいいる所ではしないでね。みんな、変な目で見てるから。お願いよ。分かった?」

「うん。分かった」

 聖史は少し寂しそうだったが、母親の顔を見て、そう返事するしかなかった。

『ごめんね聖史。私がお父さんの皮なんかを、あなたに渡さなかったらそんな癖もつかなかったのに……。あの人がいけないのよ。聖史を殺そうとしたりするから……。なぜ、この子を殺そうとしたの。こんなに優しい子なのに。なぜ? 私本当は、あなたを殺したくなかったのよ』

 伴子は、聖史が祖父の皮膚を大事そうに取るのを見て、聖史が自分の父親に殺されそうになった時の事を思い出していた。

「どうしたの? お母さん? 大丈夫?」

「え、えぇ。大丈夫よ。さぁ、ご飯にしましょう。聖史、分かってると思うけど残したらダメよ。骨まできれいに食べないと、後から警察がややこしいからね」

「うん。分かってるよ。でも、壁に付いた血はどうしようもないよね」

 静かな部屋の中で、くちゃ、ぐちゃ、ゴクン、べちゃ、ゴリッ、っと臓物を咀嚼、嚥下、骨が砕ける音だけが、静寂を打ち壊すように響いていた。

 老人の家の中で、壮絶な惨劇が行われていたにも関わらず、辺りの静寂は何も変わらず続き、虫の声だけが静かに響いていた。漆黒の闇は、老人達の悲鳴や絶叫も掻き消してしまったかのように、近隣の住民は何もなかったかのように眠りについていた。一人の男を除いて……。

「う。ぅおえぇぇ。お、俺は、俺は何も見てないぞ。ぅおえぇぇぇぇぇ。はぁはぁ。俺は何も見てない。俺は何も見てないぞぉぉぉぉ!」

 老人の家の路地裏から下半身裸で青白い顔でふらふらと出てきた男は、嘔吐を繰り返しながら、渇いた声で、涙を流しながら叫んでいた。声にならない声で。

 老人の家の玄関辺りに男が来た途端、ふっと男の姿が消えた。

「うわぁぁぁ! 俺は何も見てない。だから、助け……」

 一瞬、男の声が聞こえたような気がしたが、すぐに辺りには静寂が戻っていた。



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