研究室
「ほほぅ。なるほど。なるほど。これは実に興味深いですねぇ。坂下さん、ご協力感謝しますよ」
「先生、何か分かったのですか?」
「ん? いたのかね。あぁ、面白いことが分かったよ」
「何が分かったのですか?」
浩二を乗せた拘束ベッドの隣の部屋で、医師は楽しそうにガラス越しの浩二を眺めていた。
「教えて欲しいかね。……では、君にも教えた後でいろいろと協力してもらう事になるがそれでもいいかね?」
いやらしい笑みを浮かべながら話す医師に、ゾッっとする気持ちを抑えながら、看護師は首を横に大きく振った。
「ふふっ、冗談だよ。すまないが、これは重要事項になる為教える訳にはいかんのだ。すまないねぇ」
その時、部屋のドアが開いたと思うと一人の中年男性が現れた。
「何か分かりましたか? 矢馬鍋先生」
「あぁ!? ……あっ! 園川先生ではないですか。どうしました?こんな所に」
「いやぁ。何か研究の進展でもあったかなと思ったものでね。ちょっと、お邪魔させていただきましたよ」
「そうですか……。キミ、ちょっと園川先生と大事な話しをしないといけないので、席を外してもらえるかな」
「………はい。……分かりました。……それでは、失礼します」
看護師が、部屋から出るのを確認し、一呼吸置いてから、矢馬鍋は、話始めた。
「園川先生は、今回のコレについて、どうお考えですか? ……多分、巷で言われている新型のインフルエンザとは思われていないでしょうが」
「前置きは、けっこうです。本題に入って下さい」
「そうですか。……では、私が調べたコレについての結果をお教えしましょう。……但し、まだ研究中の為確実とは言えませんが……ね。コレは、確かにインフルエンザのようなウイルス性の感染病ではありません。コレは、……言わば……寄生虫なのです。アニマルモンスターや坂下君の身体を調べて見ると分かるのですが、普通の動物や人間と全く違う箇所が幾つかあります。まず、完全に異なるのが、血です。動物や人間のような赤色をしていません。どちらかと言うと、青に近い黒っぽい色をしています。また、骨格や皮膚といった、カルシウムやタンパク質で構成される物が、逆転しています。どういう事かと言うと、皮膚にあたる部分の大半がカルシウムを主成分に構成され、その内側にある物が、タンパク質や他の栄養素で構成されています。ただ、プラントモンスターについては、これに該当しない部分もあり、まだ研究中です。で、気になると思いますが、なぜコレが寄生虫なのかということですが、……お分かりかも知れませんが、今報告した身体状態は、昆虫のソレと酷似するのです。また、プラントモンスター以外、すなわちアニマルモンスターとヒュムモンスターの類似点
の共通することなのですが、生命のコア、……核となる部分……すなわち、心臓に何かいる事が分かっています。アニマルモンスターに関しては、解剖して調べた結果、昆虫のような物、見た事の無いような物ですが……。が、確認されています。これに関しては、数種類のモンスターの解剖を行い、まず90%の確率で、心臓部に同じような生物と言ってよいのかわかりませんが……。が、確認されていますので、ほぼ確証を得たと考えて良いと思っています。ただ、ヒュムモンスターについては、現在サンプルが、坂下君だけという、かなり厳しい状態にある為、解剖には至っていません。殺してしまっては、今後のサンプル、モルモットがいなくなってしまうのでね。どうですか? ここまで、一挙に説明致しましたが、何か質問でもありますか?」
矢馬鍋の説明を聞く内に、園川の顔はだんだん青ざめ、途中で質問をしようと口を開くのだが、上手く声が出てこないようだった。
「……、ん! んんっ! そっ、それでは、その、なんだ、それは、……どこから身体に入ったと考えているのですか?」
「えぇっと、それについてはですね。……まだ、調査中ですが、今のところ『蚊』が原因という考えが一番強いです。これにつきましても、一応の根拠がありまして、まず『蚊』の食料となるのが、植物の体液です。そして、産卵の為の栄養素となるのが、人間や動物の血です。そして、この3種族の発症しか確認されていません。そう、昆虫は今回のコレにはならないのです。という事から、『蚊』を媒体に何かの別生命体が、身体内に侵入し、生態組織そのものを変化させていると考えています。……おっと、そうでした。後もう一種族、発症しないのがいましたなぁ。それはですね、水の中に棲息する生き物、基本は魚類ですよ。これで、いかがですか?」
矢馬鍋は、園川にもうこれ以上言い返せないだろうと自慢げに少し見下したような言い方をした。
「それでは、プラントモンスターについては、長期間研究をしたにも関わらず何も分かっていないという事ですね?」
矢馬鍋の言い方が、気に食わなかったのか、園川は少し怒り気味の口調で質問する。
「おやおや、先生も意地が悪い。植物、プラントモンスターについても、似たような結果はでています。こちらも、茎や葉、根などの外に露出している部分に関しては、やはりカルシウムを主成分とした物質で構成されていることが判明しています。ただ、寄生虫に関してですが、これが茎、葉、根、花など至る所を調べても、出てこないのです。その為、プラントモンスターについては、まだ研究の必要があると考えています。また、プラントモンスター、アニマルモンスター、ヒュムモンスター、この3つの関連性を考える必要があるため、今後も研究が必要だと考えています。……」
「でも、……ヒュムモンスターのサンプルが、少ないと。……そういう訳ですね」
「そういう事になりますな」
「分かりました。そのあたりは、検討しましょう。あと一つお聞きしたい事があります」
「はい。何でしょう」
「コレの原因は、『蚊』の可能性が高いという事は分かりました。しかし、蚊に刺されたモノが全て発症するわけではないですね?」
「そうですね。まだ、はっきりとした解答を出せないのが現状ですが、それについてはフィーリングの可能性が一番高いですねぇ。蚊に刺されて発症する人は、フィーリングの良かった人。発症しなかった人は、フィーリングの悪い人というのが現在出せる答えですね」
「分かりました。それでは、今後の課題もありますが、引き続き、研究・調査の方よろしくお願いしますよ。……矢馬鍋先生」
そう言い残すと、園川は部屋を出て行った。
「うるさい奴だ。自分では何もせんくせに! ……穴渕君、いつまでそこに隠れているつもりなのかね。……話を聞きたかった君の事だ、隠れて聞いていたのは、分かっているのだよ」
そう言うと、看護師がおずおずと部屋の入り口とは逆の方より姿を現した。
「部屋に2つ、出入口があるのは、問題だな。……まあ良い。穴渕君、これからは君にもいろいろと協力してもらうよ」
青ざめた顔で、震えながら立っている、看護師(穴渕)に対して、いやらしい笑みを浮かべながら、矢馬鍋は手を差し出していた。
「よろしく頼むよ。君は、きっと歴史上とても素晴らしい人物になれる。……どうしたのかな? 聞きたかったのだろう? 聞けて良かったじゃないか。もっと、嬉しそうな顔をしたらどうだ。ん?」
穴渕は、自分のした事に嫌悪感を覚えながら、矢馬鍋の言葉の意味が理解出来ずに、困惑と不安の表情のまま、立ち尽くしていた。