キリギリスはバッドエンド(冬)を回避したい
オレはキリギリス。毎日歌って踊って暮らしてる。
「お、働きアリくん! 今日も社畜かい? ご苦労さま!」
駅前で歌っていると、通勤途中の働きアリと目があった。睨んでくるし、からかってやろう。
「うるさいな、キリギリス族こそ働けよ、ニート!」
「えー、働くのなんてやだぁ。働いたら負けだって。税金も取られるし、不健康になるし、上司にいじめられそうー!」
「ふん、そうして毎日遊んでればいいさ。でも冬になって困った時に福祉や我々に頼るなよ。もし生活保護になったら不正受給だって役所に通報すっからな」
「おぉ、こわ! さすが堅物な働きアリだねぇ」
「うっさい!」
働きアリはプンプン怒りながら出勤していった。あんな風に怒るなんて。やっぱり労働は心を削るんだなぁ。ちなみにキリギリス族はみんな穏やかでいい奴が多い。オレみたいなお調子者も多いけど、心に余裕があるからな。
夏の日々はこんな感じだった。毎日遊び続け、たまに働きアリを揶揄い、キャンプや海水浴に行き充実した日々。
そうして八月三十一日になった。学生の働きアリは憂鬱そうでかわいそうだなぁと思いながら就寝。いつもみたいにぐっすり眠れるかと思ったが。
夢を見た。しかも冬の夢。容赦なく北風が吹き、地面はツルツルに凍り、ボタボタと雪が降り続ける。果実や野菜も枯れ果て、川も凍った。水すら飲めない。何より寒くて、手足が固まってしまう。歌どころか、まともに身体すら動かせない。
「だ、誰か助けて!」
雪道を彷徨い、ようやく働きアリの家を見つけたが助けてくれなかった。
「君は労働をバカにし、冬のために備えてこなかった。自業自得では?」
働きアリの正論、ぐうのねも出ない。
「あぁ、その通りさ」
「寒空の下だと音楽なんて役に立たないね」
働きアリはチクリと嫌味を言うと家に帰って行ってしまった。
そんな夢。目覚めは最悪だ。九月一日の朝、たぶんオレが世界で一番憂鬱だ。窓を開けると、ちょっと風が冷たい。秋が近いのか。だとしたら冬も近づいているってこと。
「やばい……。このままで行ったらオレ、バッドエンドを迎えて死ぬやん。どうすんの?」
顔は真っ青だ。背中も冷えて仕方ない。今までは未来が漠然としたものだったが、バッドエンドまであと何ヶ月?
「やばい、やばい。とにかく仕事を探そう!」
そう決意したオレ。スーツを買い、見た目も清潔感を出し、動画サイトで面接講座を履修し、もちろんハローワークにも行った。
「へぇ。今まで職歴はなしですか」
「フリーランスで音楽やダンスの仕事はしていました。少し生徒をとって教えていたことも」
「ダメダメ、そんなの職歴にも職務経歴書にも書けんよ」
ハローワークの職員は工場、介護、飲食、宿泊、土木、警備を勧めてきた。
「これぐらいしか内定でそうな求人ないね。保育も人手不足だけど、資格が必要だから」
「そんなぁ。俺は子供たちに音楽を教えるのは得意です」
「それは資格じゃないでしょ」
ハローワークの職員にばっさりと切られた。仕方ないので一番面接がゆるかった警備の仕事を始めたが、ずっと立ちっぱなしだし、通行人にクレームは言われるし、上司は厳しい。散々だ。給料は比較的良かったが、非正規だし、冬まで続けられるかも不明だ。
そんな時、同じ警備の働きアリから福祉に頼るのがいいんじゃないかという。もし発達障害や精神障害があれば、障害者雇用で比較的配慮も受けられるという。
「君、ずっとニートだっただろう。何か障害があるんでは?」
「そうか。そうかも?」
ということで、病院に行って検査を受けたが、何一つ異常は見つからなかった。知能だけはギリギリ健常者って感じだが、音楽活動もやっていたこともあってか医者の反応はしょっぱい。一応役所に出向き相談もしたが、オレよりもっと酷い立場のキリギリス族がいるらしく、対応は雑だった。現状をいくら訴えても暖簾に腕押しっていう。
「どうすんの、オレ……」
警備の仕事で疲れた身体をさする。まだバッドエンド確定とは言えないが、この仕事もいつまで続けられるかわからない。働きアリってすごかったんだ。もう毎日仕事に行けるだけでも、立派そのものじゃんか。舐めた発言をしていた過去が恥ずかしい。
「それでも、やっぱり音楽やりたいなぁ……」
気づくと、駅前に出向き歌っていた。今までは恋愛ソングやバラードを中心に歌っていたが、そんな気分になれない。警備の仕事の辛さを歌詞にしたフォークソングを哀愁たっぷりに歌う。
「あぁ、社畜♪ おいらは社畜♪ 現代の奴隷階級〜♪」
歌いながら涙が溢れる。塩っぱい。とても塩っぱい。
「あ〜♪ どうしてもおいらは働くのか〜♪ 3k職場の闇は深い〜♪ 人手不足は奴隷不足〜♪」
気づくと働きアリが聞いていた。パチパチと拍手まで響く。
「え?」
驚いた。変な声も出た。
「その社畜哀歌はいい歌じゃないか。底辺職場で働く主人公の想いが胸に迫るねぇ」
働きアリに褒められてしまった。どういうことか。
「よし、投げ銭やろう。がんばれよ」
しかもお金まで頂いてしまった。数百円だったが、キラキラした宝物に見えた。また視界が滲む。口の中が塩っぱい。
その後、なぜか働きアリに歌が受けてしまった。投げ銭も増えてきてる。警備の仕事と歌を両立すれば、少し貯金もできる。冬を越せそうだ。
「キリギリスくん、ありがとう。こんな社畜の想いを表現できるのは君だけさ。君の歌を元気が出るね」
何よりも歌を聞いてくれた働きアリの言葉が一番嬉しい。宝物だ。どんな季節が来ても絶対に腐らない宝物。




