婚約者に「君は一人でも大丈夫だろう」と云われたのですが…
『一人で大丈夫だろう』という言葉を考えた時、一人で何とか出来る人はいるのだろうかと思って書き進めました。
「ルーシェお嬢様、おかえりなさいませ」
屋敷に戻ると執事のロバートが出迎えてくれた。私はルーシェ・ハルトマン。男爵家の長女で18歳です。つい先日までこの国、サイネリア王国の王立学園に通っており、領地経営科を次席で卒業しました。
この国では女子でも爵位を相続できるので、卒業後は後継として領地経営を学んでいる最中です。今回は領地の視察を父から頼まれて行ってきたところです。
「ただいま。変わりはないかしら」
「はい。ただ、本日はロス子爵令息様がいらっしゃっています」
「あら、ユーリ様が?」
ユーリ・ロス子爵令息。私の婚約者です。ロス子爵の三男でハルトマン男爵家に婿入する予定です。あまり自己主張されない静かな方で将来、男爵となった私の補佐をする為、時折男爵家に来て父から領地経営を学んでいます。
「なら、お父様の執務室にいらっしゃるのかしら?」
「いえ、応接室の方でシレーネ様と歓談中でございます」
「シレーネと?」
シレーネ・ハルトマン。私の3つ下の妹です。幼い頃は病弱でよく発熱し、その度に症状が重篤化し15歳まで生きられないかも知れないとドクターに覚悟はしていた方が良いと言われていました。長く生きられないかも知れない妹を不憫に思って両親が付きっきりで看病し、希望は何でも叶えるようになりました。
幼かった私は両親に構ってほしくて足元にくっついて話しかけましたが、「妹が病気なのよ!お姉ちゃんなんだから静かにして!看病の邪魔よ」と一蹴されました。それからは私のことは乳母に任せきりで、関心を寄せられることがなかったですね。
妹は体が成長するのに従って、体調を崩すことは減ったのですが、マナーやダンスの授業になると「目眩がする」「貧血かも…」と言って病弱をアピールして授業を受けないのです。その為、王立学園に入学するまでに必要なマナーが身に付きません。このままだと入学自体できなくなるのですが、解っているのでしょうか…?
…うちの親なら学園に行かなくても、大丈夫とか言いそうです。学園を卒業しないと貴族として認められないという不文律があるのを覚えていらっしゃらないのかしら?
それはさておき、ユーリ様ですね。家に来るのは良いのです。お父様に領地経営を習う為なのだから。ですがシレーネと二人でお茶というのに引っかかりを覚えます。あまり親しく話しているところを見たことがないのですよね。一体どのような話をしているのかしら?
「応接室に行ってみるわ」
「わかりました。お茶の準備をしてまいります」
私は応接室に向かいました。すると応接室の扉はしまった状態でした。未婚の男女が2人切りて密室にいるのは倫理的に宜しくありません。年上であるユーリ様がしっかりと対策し、扉を開ける。侍女や護衛を同室させるなど対応を取らないとシレーネの評価が下がってしまうわ。
コンコンコン
ノックをするも中から反応がないので、仕方ないですが扉を開けようと思います。
「シレーネ、ユーリ様、入りますね」
声を掛けて扉を開けると…
入口正面からよく見える二人掛けソファにシレーネを押し倒し、キスをしているユーリ様がいました。ふとユーリ様が視線を扉の方に向けたのでバッチリ目が合いました。目があった瞬間、飛び起き顔を青くしています。
シレーネの方はどうしてキスを止めたのか理解できず、不思議そうな表情でユーリ様を見返します。ドレスの胸元が開きそうになっており、ドレスの裾もたくし上げられ太腿まで顕にしていました。なんて破廉恥な!!
「今すぐ服を整えて正座なさい!!」
「「はいっ」」
「ルーシェお嬢様、どうされましたか?」
執事のロバートがお茶の準備を整えワゴンを押して応接室に来ました。
「至急お父様を呼んできてくれるかしら」
「かしこまりました」
父を呼んでくるように伝えたけれど、母にも話が行き、2人が応接室にいらっしゃった。
ひとまず、上座に父と母、下座に私、斜向かいの二人掛けソファにシレーネとユーリ様が座りました。応接室でのシレーネとユーリ様の二人の様子を説明し、どういうつもりか尋ねると。
「ごめんなさい。お姉様。わたしユーリ様を愛してしまったんです」
「シレーネが悪いのではない。僕が心変わりをしてシレーネを愛してしまったんだ。僕は真実の愛を見つけたんだ。だからルーシェ、婚約を解消してくれないか」
「病弱なシレーネを外に嫁がせるのは心配だから、やっぱり後継者はシレーネにしようと思う。婿はユーリ君のままで婚約者の挿げ替えをする」
「シレーネがずっと家にいられるのね」
この三文芝居的な展開は何でしょう。誰一人、私の婚約がなくなる事に無頓着です。申し訳なさも感じません。
「わかってくれるね。ルーシェ。それにシレーネは僕がいないとダメだが、君は一人でも大丈夫だろう?」
ユーリ様の一言でプツッと私の中で糸が切れる音がしました。
「もともとお慕いしていた訳ではないので、婚約解消には応じます」
私の答えを聞いてシレーネとユーリ様はお互いを見つめ合って抱き合い、喜びを表します。
「ですが、私個人に対しての慰謝料を請求はさせて頂きます」
「何を言ってるんだ。姉妹での婚約者挿げ替えなんだから家同士の契約は変わらないだろ」
「だから私個人への慰謝料ですよ。長年の婚約者に婚約を解消されて何の落ち度もないのに瑕疵が付いたんです。良縁の結婚という道は狭まりました。あとは修道院に入るしかないのですよ。修道院に入るのにもお金はいるんです」
「大丈夫よ。結婚先は見つかるわ」
「何を以てそう考えるんですか?健康で領地経営にも携わっているのに、後継者を外され、代わりに後継についたのは学園に入学していない病弱な妹ですよ。どこかしら問題があると思われるのが関の山です。だから結婚は絶望的なんですよ」
「わしがちゃんと結婚相手を探す。結婚が無理なら家でこのまま生活すれば良いだろう」
「性格に難のある方ですか?お父様世代の方の後妻ですか?それに家に残るなんて、元婚約者と妹を見ながら生活しないといけませんよね。そんなのごめんです。だから修道院へ行きます。私の持参金、用意して下さいますよね」
「いや、しかし…」
「ユーリ様にももう一度言います。慰謝料、払って下さいね。私の結婚の道を潰したんですから誠意を見せて下さい」
「…わかった。ただ、僕の両親と相談させてくれ」
「構いませんよ」
話は終わったと私は席から立ち上がる。
「どこへ行くんだ?」
「修道院へ行く準備をしに。失礼します」
無言な4人を置いて私は応接室を後にしました。しかし、本当に腹立たしいです。家に残るということは領地経営を知らない妹の仕事を肩代わりさせる気、満々じゃないですか。都合のいい駒なんて絶対にごめんです。
自室に戻ると専属メイドのミミに声を掛けます。
「ミミ、私は修道院へ入ります。荷物をまとめて」
「何をおっしゃってるんですか、お嬢様!お嬢様はハルトマン家の後継者ではないですか」
「後継はシレーネにするそうよ。いま、そう決められた」
「旦那様は何を考えていらっしゃるんですか?」
「シレーネを家に残すことしか考えてないわよ。ユーリ様がシレーネと恋仲になったのをこれ幸いにして後継者交代を告げてきたの。もう良い所に嫁げないだろうから修道院へ入るつもりよ。だから準備して頂戴」
まだ納得がいってないようでしたが、ミミは準備に取り掛かってくれました。私は王都の修道院へ手紙を書き、修道院へ入りたいとの旨をしたためました。それから腹立たしいので友人に今回の顛末を綴って手紙を書き連ねます。手紙を封して執事を呼び、手紙を出してもらいます。
手紙を出して数日間、修道院に入ったら1人で生活のあれこれをしないといけないのでミミに教えてもらいながら過ごしました。何度か両親が修道院に入ることを考え直すよう説得に来ましたが、全て無視しました。
そんな日々を過ごしつつ、自室で読書をしている時に執事のロバートが私の部屋を訪ねてきました。
「お嬢様にお手紙が届いております」
「ありがとう。あら、スフェン修道院から返事が来たわ」
「本当に入られてしまうのですか?」
「ええ。ここにいてもシレーネの尻拭いをさせられるだけですもの」
修道院の手紙を確認します。
「あら、まずは体験入会を半年くらい行いましょうですって」
「体験入会ですか」
「ええ、そこから志願期を設けて本入会になるみたい。ようは修道女としてやっていけるか試用期間ね。3日後に伺うと返事をしたためるわ」
「かしこまりました」
3日後、私はスフェン修道院へ出立しました。両親は最後まで考え直すよう説得してきましたが、私の考えは変わりませんでした。最後は諦めて持参金も用意してくれました。また、ユーリ様からも慰謝料を貰えることになりました。これで修道院へ入る準備ができました。
修道院では院長様にも入会に至る経緯を説明しました。その為、まだ若いですし体験入会後に考えを改めて還俗しても良いとお話をして頂きました。今のところ還俗するつもりはないのですが…
入会して1ヶ月。1日に8回の礼拝と手仕事、手習いに来ている子どもたちの指導をして過ごしています。読み書き、計算、刺繍、立ち姿など指導をしています。
それと、ハルトマン家で私の専属メイドだったミミも修道院に来てくれたのです。お嬢様1人では心配だからと私の身の回りの世話をしてくれています。穏やかに修道院の体験期間を過ごしているとある日、一通の手紙が届きました。
「アネッサ・フェルレート公爵令嬢から?」
アネッサ・フェルレート公爵令嬢は、学園では私の1つ先輩に淑女科で在籍されていました。その為、関わりを持っていなかったので何故彼女から手紙が来たのかわかりませんでした。ひとまず、内容を確認してみます。
「院長様に相談しなくては!」
急いで院長様のところへ向かいます。
コンコンコンコン
「院長様、ルーシェです。今よろしいでしょうか?」
「ルーシェさん、ちょうど良かった。貴女に話があるの」
「お話ですか?」
「ええ。先程、フェルレート公爵家から手紙が届いたのだけど、ルーシェさんを雇いたいと申し出があったの」
「私もお手紙を頂きまして、院長様にご相談しようと思い参りました」
そうなのです。フェルレート公爵令嬢から自分の秘書として働かないかとお誘いが来たのです。なんでも私が友人にあてた手紙から、婚約解消の顛末を知った友人が領地経営科次席の成績優秀者をこのまま、修道院に入れるのはもったいないと考え、フェルレート公爵令嬢に相談したそうなのです。フェルレート公爵令嬢も学園での成績と領地経営に携わっていた経験があるなら自分の侍女にスカウトしたいと言うことになり、手紙を下さったそうです。
「ルーシェさん、フェルレート公爵令嬢の誘いを受けてみてはどうですか?貴女は若く、まだ他にも道があるのですから、一通り経験してみてはどうですか?」
「私は修道院での生活、大変ですけど楽しいし、やりがいがあると感じます。ですが、今までの経験を活かせるならこの申し出を受けてみたいと思うのですが、公爵家に仕えるのは畏れ多い気もして…」
「大丈夫。貴女なら出来ますよ。この話、受けてみませんか?」
「はい。背中を押して頂き、ありがとうございます」
その後、フェルレート公爵令嬢に侍女の件、承ることを手紙に綴って従僕に出してきてもらいました。修道院で過ごすと思っていたら公爵家からのスカウトで人生何が起こるかわかりませんね。
手紙は3日後、返信があり7日後に迎えの馬車を送るので準備して欲しいと書いてありました。また荷物の準備をしなくては。ミミも今回も私に付いて来てくれるそうなので一緒に準備をします。出ていく前に、院の為の喜捨を私の持参金から2割払い納めました。
7日後、大きな黒塗りの4頭立て馬車が修道院にやってきました。こんな立派な馬車なんて、流石公爵家です。
馭者に荷物を馬車の中に運んでもらい、座席につきます。
「院長様、短い間でしたがお世話になりました」
「体に気をつけて、いってらっしゃい」
こうして私は還俗して一路フェルレート公爵家へ向いました。馬車はスプリングが利いてたのであまり揺れず、快適に公爵家の王都のタウンハウスに到着しました。
「ハルトマン男爵令嬢様、ようこそフェルレート公爵家へ。私、執事のセバスと申します。以後お見知りおきを。着いて早々申し訳ありませんが、アネッサお嬢様の処へ案内させて頂きます」
「よろしくお願いします」
「メイドの方はメイド頭から仕事内容を聞いて下さい」
「は、はい」
私はセバスさんの後について屋敷の通路を歩きます。やはりというか、とても豪勢なお屋敷ですので場違い感が凄いです。とても緊張します。
ある部屋の扉の前で止まり、セバスさんはノックをします。
「アネッサお嬢様、ハルトマン様をお連れしました」
『入って下さい』
セバスさんが扉を開くと大きな執務机の向こうに1人の女性が座っていました。
「はじめまして。ハルトマン男爵令嬢」
「はじめまして。フェルレート公爵令嬢様。私のことはルーシェとお呼び下さい」
「それでは、ルーシェと呼ばせてもらいます。私のこともアネッサと呼んで。それで、本題なんだけど、手紙にも書いたけど私の侍女になって欲しいの」
「私としても願ってもないことなんですが…」
「良かった。私はあと半年で皇太子殿下と婚姻になります。その為、国内外の情勢や各領地の特産品、領地経営を知っている秘書がいると心強いの。貴女の友人のテレサ・ドラン伯爵令嬢から相談された時に私の侍女になってもらうのが良いと考えたのよ」
「光栄でございます。しかし、テレサがアネッサ様に相談していたとは、驚きました」
「可愛い後輩からの相談だったから、私も張り切ってしまったわ」
それから、まず3ヵ月は侍女見習いとして働き、仕事に慣れたら正式に侍女として雇い、婚姻先の王宮へ共に向かう事と説明を受けました。
その後、セバスさんに案内されて使用人棟へ行き、部屋を宛てがってもらいました。扉を開けると応接セットと奥に書棚と文机が置かれた簡易の応接室、隣の部屋は寝室となっており、寝室の隣は専属メイドの控室になっているのだとか。実家の部屋より立派です。
侍女としてアネッサ様に同伴して夜会に何度か参加するようになると、驚いたことに私の婚約解消の顛末が噂されてて、実家と妹たちが大変なことになっていました。まず、妹は姉の婚約者を寝取った阿婆擦れ。婚約者は色欲に惑わされる不貞者と不名誉な呼ばれ方をしていました。彼らの『真実の愛』は貴族の皆さんから受け入れられなかったみたいです。
実家の方も、契約をあっさり変える家と思われており、他家との契約が切られたり、切られなくても不利な条件に変更されたりと没落気味です。
ある日、家族たちと同じ夜会に参加した時に家族皆から訴えるような視線を感じましたが、私はアネッサ様の侍女としてお傍で侍らなければならなかったので、軽く会釈して通しました。
婚約者から『君は一人でも大丈夫だろう』と云われましたが、1人でどうにかなるのは一握りの人だけです。皆様、多くの方のご尽力を賜ったからこそ今の生活が送れるんです。
物語を書くって難しいです。
上手く纏まらないし、ダラダラ伸びていく感じです。
最後まで読んで下さった方、ありがとうございます。




