第6話 剣術学実践
入学してからしばらくして、だいたいクラスでの立ち位置が決まってきた頃。
なんだかんだ近くの席の奴らでつるんでみたり、ちょっと離れてても気の合う者同士がくっちゃべっていたりしている。
さてさて、そんな中で俺はと言うと、一人ひっそりと窓の外を眺めていた。一応これでも貴族なので、対面上机に突っ伏して周りの声なんて聞こえない~あ~なんてことができず、物憂げに外を見るくらいしかやることがないのである。
バルバードの人間と仲良くしよう、と考えて声をかけてきた人たちもいたのだが、どうにも俺があんまりにも愛想がなさ過ぎたようで苦笑いしながらどこかへ行ってしまったのである。というか、たぶん俺がリアンに事あるごとに突っかかっているのが原因だろう。
とはいえ、そんな中でも奇特な人間がいるというもので、
「オーレウス! 飯行こうぜ飯」
などと快活な笑みとともに肩を組んでくるのは、アランだ。
俺がバルバード家の人間ということもなんのそのと、無邪気に接触してくる彼の人柄には好ましさを覚えていた。
「ああ、行くか」
アルバンダー魔法学園の食堂は、日ごとに決まったメニューを出してくれる。パンとスープ、後は肉だとか魚だとかメインになるものだ。豪勢な食事、とはいかないものの十分にすぎるほどであり、量もある程度までは融通をきかしてくれるので不満に思うこともない。
俺はアランとテーブルを囲んで、くだらない話に興じる。
貴族の子女だなんだと言っても、やれ面倒な授業がどうとか、あの教師が気に食わないだとか、あるいは二人そろって楽しみにしている
「この後の剣術学実践は、もちろん俺とやってもらうぜ?」
「当然だな」
学内で堂々と剣を振り回していい授業で打ち合うための話し合いだとかについて語らうくらいだ。
「俺も剣はちぃっとばかり自信があったのに、お前には負け越しだからな」
「俺が剣じゃ負けれんだろ」
「ま、言うだけのことはあるぜ」
俺にとっては魔法が苦手な分、剣術くらいは勝っていなければならないという気持ちが非常に強い。
アランとは、件の剣術学実践で初めて模擬戦をしてからの付き合いだ。この授業は純粋な肉体作りと、最低限の護身術を身に着けるという趣旨で剣の扱いを学ぶことになる。実践と名の付くように、刃引きしている剣を実際に振るし、生徒同士で競うように戦うことになる。
当然、俺のように生家で教師をつけて剣を学んできた者もいるため、そういう者はそういう者同士で組んで模擬戦を行う。
危険な授業だが、経験豊富な騎士が顧問として様子を見てくれるし、大怪我のないように魔法で加護をかけた上での戦闘になるため、見た目よりもずっと安心安全に戦うことができる。
剣術には結構な自信があったというのに、そんな中で初めて剣を打ち合ったこのアランと言う男は俺の背筋に冷たいものを這わせるほどの剣士だったのだ。
身体強化はルールで禁止のため、純粋な剣の技量のみが問われる。となれば、魔法のほとんどを捨てて剣に打ち込んできた俺が有利なのは間違いないと高を括っていたとはいえ、それでも俺に肉薄するほどの技量を身に着けているのは素直に賞賛に値する。なにより彼には魔法の腕も加わるのだから、本気で戦うことになれば俺よりも遥かに高みに立っているのは間違いない。
本編では名前さえ出て来ないキャラなのに、すごい。なんなら序盤ボスを務めてもなお余るだけの戦力があるかもしれない。序盤ボス、代わってくれないかな。ダメかな。ちょっと聞いてみよ。
「アランはリアン・ストルカートをどう思う?」
「あいつを? まあ、オーレウスにしちゃ面白くねーだろうが……」
言いよどむ。そして、目線だけであたりを見回して、声を潜めた。
「あのやる気のなさを除けば、結構すごい奴だと思ってるぜ。ギルドの肝入りってのも納得する程度には剣も魔法も使える。どこで習ったのか知らねーが、教科書くらいならスラスラ読んじまえるようだしな」
この頃には俺のオーレウスロールプレイも板についたもので、そこそこ偉そうで主人公たちに対してそこそこ嫌味な奴として振舞えるようになっていた。だから、アランは俺に対してリアンを褒めるようなことを言うのをためらった。
「ギルドが教えたんだろう。さすがに字も読めないのに学園に送り込むわけがない」
「そりゃそうだが、付け焼刃ってわけじゃなさそうだしよ。いつから目をつけてたのかって話にもなる」
リアンが元貴族であることを、俺はゲーム知識で知っているので不思議ではなかった。しかし、それを知らないアランが不思議がるのも無理からぬことだった。
現段階でそれを知っているのは学園上層部の一部くらいのものだろう。ギルドも把握しているが、ギルドにとっては大した問題ではない。幸いと言うべきか、あるいは不幸にもというべきか、彼の家はもうこの世にはないのである。
彼が貴族であるということを証明するすべはどこにもなく、貴族に返り咲くつもりもないのであれば、出自はどうあれ今やギルドのリアンなのだ。
「まあ、最初から目をつけていたというのなら、ギルドにも見る目はあったんだろう」
そう言うと、アランは目を見張った。
「意外だな。お前があのリアンにそんなことを言うなんて」
「あの力は本物だ。忌々しいが、剣だけは嘘をつかないしな」
「へえ」
俺には剣しかない、と思って生きてきただけに、剣術学実践で見ることになったリアンの剣技に惚れ惚れするほどの冴えを見出して、そこに疑いようのない好感を持ってしまったのである。この世界の主人公であるということを抜きにした、一人の素晴らしい剣士への敬意と言い換えてもいい。
というかそもそも俺はリアンやファスタフに対して、序盤ボスとしてあるべき道を示すために本編みたいな糞野郎をこなそうと思っているだけで、事実として彼らを嫌っているわけではさっぱりないのだ。
とにもかくにもリアンがハーレムを築いてくれないと世界が魔神に滅ぼされちゃうので、どうにかリアンがハーレムエンドに突入してくれるように序盤ボスムーブをしなければならない。
この感じだとアランにそれを頼むのは無理そうだということだけはっきりした。
まあ、俺がボスを務めるのは序盤も序盤、最序盤なのでもう少し辛抱すれば後は主人公たちに積極的に絡む必要もなくなるはずだ。彼らが踏むべきイベントの中心に俺がいないのだから、ハーレムルートに進めるようにテコ入れしてやればいい。
「さて、そろそろ授業の時間だ。今日も軽く揉んでやるから覚悟しろよ、アラン」
「へへ、吠え面かかせてやるぜ、オーレウス」
剣術学実践では、剣を握ったことのない生徒達に剣を教える教師と、すでに何らかの剣を学んでいる生徒達の模擬戦を見守る顧問騎士との2つのグループに分かれて授業を行う。とはいえ、こういうものは座学とは違って体を動かすので、みな和気あいあいとお喋りしながら進んでいく。
本格的な模擬戦の前に、慣らしのために軽くアランと打ち合っていると、不意に声がかかった。
「オーレウス、アラン。お前たちはいつも同じ相手とばかり打ち合いすぎだ。たまには違う相手とも戦ってみろ」
ごもっとも。
顧問騎士グードベルグの口から出たのは、まあ当然の提案だった。
俺とアランは毎回二人で打ち合っている。実力が伯仲しているというのが大きな理由だが、それ以上に俺たちについてこれるほどの剣を持つ相手がいないというのもデカい。
さっと辺りを見回しても気まずそうに目をそらされるばかりだ。あれ? これは実力とか以前にもしかして俺が嫌われている?
い、いや、そんなことはないはず……きっと、そう、たぶん。
アランと目を見合わせる。
「この状況だけど」
「やる気がないやつとやってもなぁ」
「グードベルグ顧問、しかし我々の相手になるほどの自信家がいないようですが」
言うと、グードベルグ顧問は顎に手を添えて、わざとらしく「ふむ……」などと呟いた。
しかし、その顔にはもうすでに答えを決めていますとありありと書いてあった。
「確かにお前たちは強いが、ついて行けるやつもいるだろ。よし、リアン! オーレウスとやってくれ!」
「うえぇ!?」
嫌そうな声が俺の背から聞こえた。ややあって、了承の返事が飛んでくる。
こーれは絶好の序盤ボスオーレウスムーブのチャンスである。と言うかあれだ、チュートリアルイベントだ。
本編では、散々見下してきた平民ごときにボコボコにされたオーレウスがリアンに逆恨みを抱く重要なところだ。なにせ俺にとって唯一の剣で負けたのだから、その恨みは相当なものになる。
くくく、序盤に向けていい舞台が整ってきている。殺してやる。殺してやるぞ魔神。そして平穏なハーレムエンドを迎えてもらうぞ、リアン・ストルカート。




