第16話 覚醒
実は俺にも隠された超凄いスーパーハイパーウルトラアルティメットカイザーな秘められしパワーがあってなんとかならないかな。
リアンがやられてしまった俺は、そんなことを考えて現実逃避するしかないのだった。
にこにこと空恐ろしい笑みで必殺の威力を持った通常攻撃を繰り出してくるファスタフから俺は逃げ出したくてたまらなかった。腕の一振りで鋭い風が吹くほどの力が俺の顔のすれすれを通っていくのだ。
幸い、彼女は魔法を使えない物理一辺倒のステータスだから魔神の力を宿していてもなんとか対応できているが、魔法も使える相手だったらひとたまりもなかっただろう。
「あは」
にっこり笑顔で迫るファスタフは、本当に可愛いんだけど今だけは本当に許してほしい。
リアンの姿を盗み見るが、戦線復帰には期待できなさそうだ。
ゲームならともかく、ポーションは気付け薬ではない。傷はびっくりするほど簡単に塞がるのだが、失った意識にはまったく効果がないのだ。
なので、俺はこの魔神の力に侵されたファスタフを一人でなんとかしないといけないという使命を負うに至ってしまった。
いきなりルート崩壊待ったなしだが、大丈夫、まだ大丈夫のはずだ。
ここはまだ主人公が戦闘中に覚醒状態を使えるというチュートリアルだ。それが後回しになってしまうだけなら、たぶん後からなんとでもなるだろう。俺が序盤ボスとして立ちふさがったときに、彼が覚醒状態を披露してくれるように誘導すればいい。
また、主人公にとってファスタフが重要なヒロインであるものの、今後のストーリー展開において彼女の貢献による魔神の力の目覚めというのは個別ルート以外にないこともある。
さらには、まだチュートリアルの段階であるからして、今後のストーリーでリアンとファスタフがもっと親密になる余地は残されている。今、ここで、この瞬間にリアンがファスタフを救えていないとしても、そういう点でもまだまだ挽回できる。
俺の目的はリアンに魔神の力を全部集めてもらって、そうして完全復活した魔神を滅ぼしてもらうことで平和な世界を享受することである。
そして、ファスタフの個別ルートで目覚める魔神の力は、他のヒロインたちの個別ルートでも目覚めさせることができるものだ。ハーレムルートではその中の一人がきっかけになって目覚めることとなる。
つまり、ファスタフの好感度をここで稼げなくても大丈夫だ。
なのでヨシ。まだまだ全然大丈夫なのだ。
「よし、よし。やるしかないぞ、俺」
自分を鼓舞するために呟く。
いい加減、ファスタフの動きにも慣れてきた。息の切れ間を感じ取れる。どのタイミン往なしてグで力を入れるのか、いつ踏み込むのか。目線の動き。身体能力が遥かに俺を上回っているが、剣の技量だけならオーレウスだって負けちゃいない。往なして、躱して、弾く。
なんだかんだいって俺は、それだけは本当に真剣だったのだ。
だからこそ、魔神の力に飲まれたファスタフとこうしてまともに打ち合えている。
まずは、彼女の身に纏う魔神のオーラをどうにかすることから始めよう。
今の俺にとってそれは、彼女の体を覆うどす黒く濁った魔力が渦巻いているように見える。ファスタフがその身に留めておけないほどの力の奔流が外に漏れ出たものであり、これがある限りは彼女に大して有効な攻撃がない。
簡単に言ってしまえばバリアだ。一定以上のダメージを与えると壊れるタイプの。
守勢から攻勢に転じる。
とん、とん、ととん。ファスタフの動きに合わせて、足と手と目と、俺の動きのリズムをずらす。
魔法剣が吸い込まれるように彼女の体に吸い込まれて、魔神のオーラにそのダメージを吸収されるときの、手ごたえがあったんだかなかったんだかわからない不思議な感触が伝わる。
「わっ」
俺の魔法剣が当たったことにファスタフは笑みを深めるばかりだった。
魔神の力に溺れているときの記憶は曖昧になるらしかったが、曰く夢見心地らしい。こんな戦いを繰り広げてみる夢は、一体どんな夢なんだろうか。
俺は続けざまにファスタフを切り払った。
その剣戟のたびに、ファスタフを取り巻く魔力の波動が段々と薄れていく。リアンがかなり削ってくれていたらしい、六度目に切りつけた時にはバキリ、と何かが折れるような音が耳を打った。
「ぐ……ぅぅううううぅぅぅ」
ファスタフが胸を抑えて、うずくまる。
魔神の力が彼女の身に収まる程度に弱まった証拠であり、そして第二形態へと移行する合図だった。
ばさり、と。真っ黒な翼が彼女の腰から生えた。蝙蝠のような飛膜が伸びた翼だ。さらに、尾骨から真っ黒で先がハート形に膨らんだ尻尾が伸び、額にはねじくれ曲がった角が鎮座している。
魔神の力が彼女の中にきちんと収まったので体がそれに適応して姿が変わった、というのが設定だったはず。
しかし、今の格好も相まってほとんどサキュバスだった。これのおかげでファスタフがヒロインの中でも人気が高かったと言っても過言ではない。えっちな女の子が嫌いな男はあんまりいないのだ。
しかし、ゲームならともかく現実では目の前にしたくなかったなぁ。
「ああぁぁぁぁぁぁっ!」
ファスタフが右手を伸ばして俺に突っ込んでくるのを躱す。
その先にある壁に、その腕が肘の辺りまでずぶずぶと壁に埋まった。盛大な亀裂を伴って。
第二形態のファスタフの大技は食らうとそこそこステータスが育っていてもHPが全損するのは常識だが、確かにHP全損も納得の威力だぁ……。
通常攻撃もかなり痛くなっていて、本編でも初心者のうちにはずいぶん苦しめられたものである。
どうせリアンは気絶しているし、ファスタフは夢うつつ。
俺は震える足を誤魔化すように叫んだ。
「魔神がなんぼもんじゃおらぁぁぁぁぁっ!!」
「あははははぁっ」
魔法剣を叩き付ける。
笑いながらそれを片手で受け止めるファスタフ。魔力が実体をもって掌を覆っていた。魔法とも呼べない、莫大な魔力にものを言わせた芸当だ。しかし、そこにあるのが莫大な魔力であることには間違いなく、俺の魔法剣は押し負けて消滅した。
すかさず、もっと魔力を注ぎ込んで魔法剣を再構築する。ちょっとくらい打ち合えないとこの先厳しいぞ。
あちらに攻められたら一巻の終わりだろう。防ぐことに思考を回してはいけない。
一歩、踏み出す。その半歩先で剣を振り切る。一刀ごとに魔法剣を作り直す。
右手、左手、左手、右手、両手。
交互に、あるいは同時に、ファスタフが攻撃に移ろうとする呼吸の隙間を突き続ける。
とにもかくにもファスタフを弱らせる必要がある。より正確には、彼女の内の魔神をだ。
この第二形態は、パワーの代わりに体力が低いという特徴があった。攻撃すればがっつりとHPゲージを減らせるのだ。こうして目の当たりにすると体力が低いようには見えないのだが、魔法剣で切りつけると体に傷一つつかないのに、顔をしかめて小さく呻いているので確かに体力が低いらしい。
魔神の力が弱まれば弱まるだけファスタフの意識が浮上する、はずだ。
「……お……オー……レウス……」
先ほどまでにこにこと笑っていたのが嘘のように滅茶苦茶睨まれた。
ブルっちまうぜ。
本編では、リアンが弱ったファスタフへと戦闘中に語り掛けることで意識を取り戻させていた。語り掛けてそれに応えるだけの信頼関係を築けていれば、あるいは俺にも可能なのかもしれない。しかし、俺は彼女に対して信頼を得られるような行動をとってこなかった。俺自身のために。
可能性があるとすれば、やはりリアンだけだ。
再度、リアンの様子を伺ってみると、がっくりと意識を失ったままだった。
が、それがよくなかった。
「いひ」
左肩に激痛。
ファスタフの振るった腕が、俺を捉えていた。
バキバキボキリ、とおよそ人の体からしていいとは思えない音が、耳に届いた。
「――ぁ、ぐぅぅぅああぁぁあぁぁっぁあっ!!」
錐揉みしながら地面や天井にバウンド。ピンボールの玉さながらだった。
リアンのすぐそばに倒れ伏した俺は、しかしすぐに身を立て直す。全身痛すぎる。
「だぁぁぁぁぁぁクソ!」
目前にファスタフの姿。左腕はピクリとも動かない。右腕一本で魔法剣を握り締め、彼女の蹴りを受け止める。身体強化を限界まで重ね、耐える。
俺の足を支える床がその衝撃に耐えかねて砕けて、亀裂とともに沈み込んだ。
それが意図せず力の向きを外したようで、ものの見事に受け流されたファスタフが力のままに反対の壁まで跳んで行った。
そして、壁に足をついた彼女は、ぎりぎりと足を引き絞って跳躍した。その力で壁が崩壊する。
避け――――――られない。
受け止め――――
――――――死。
その判断は覆った。
どうやら運が味方したらしい。足元に溜まっていた血だまりに足を滑らせて、全くの不意で態勢を崩してしまったのだ。その動きは俺にとっても予想外だったが、同時に相手にとっても同じことだった。
ファスタフは俺の背後の壁を突き破って、そのままの勢いでさらに奥まで吹き飛ばしていく。
ほんのわずかだが、息をつく間ができた。
しかし、この状況を打破する手立てが俺にはない。
肝心のリアンは倒れてしまっているし、俺は明らかに力でファスタフに劣っていた。
何か。
何かないか。
彼女を足止めするのでも、なんでもいい。とにかく時間を稼いで、活路を見出すだけの時間を見つけるために必要な何かが。
辺りを見回して、瓦礫と倒れたリアンくらいしかないと思っていたところに、ドロドロと纏わりつくような魔力の気配を感じた。かすかな気配だったが、ファスタフが発する力と同じだった。
それが、ファスタフとは、反対方向から感じられる。
「は、はは」
さっき、ファスタフが跳躍する足場にされて崩壊した壁の向こう。小部屋があった。
衝撃で部屋の中にあったものが乱雑に散らばっている。その中に一際目を引く小瓶が転がっていた。
中には赤黒い、どろりとした液体が入っている。
俺はすぐさま小瓶に飛びついた。
「魔神の血……だよな」
ファスタフが取り込まされて今の力を発揮するに至った、その原因。
言い換えるなら今の彼女の力の源泉そのものだ。
これを取り込めば。
彼女に対抗できるだろうか。
俺は、彼女より後のボスとして出てくる。魔神の力を得て。
当然だが、そのときは俺のほうが高いステータスを持っている。
きっとファスタフより強くなれるだろう。
しかし、オーレウスのその後を考えると小瓶を持つ手が震えた。
オーレウスは魔神の力を得た後、ストーリー中に何度か登場する。そのたびに人の体からかけ離れ、理性を失い、醜い化け物と化すのだ。
これを取り込めば、きっと俺もそうなるに違いない。
だから、俺はこんなものがなくても、序盤ボスを全うできるようにならねばならなかった。
視界の向こう、ファスタフがゆらりとこちらに向かってくるのが見えた。
うっとりとした笑みを浮かべている。
魔神の力の波動が教えてくれる。ファスタフが全くの健在であることを。
「あー、クソ。最悪だ」
小瓶の蓋を開ける。
濃密な魔力が立ち上って、俺に絡みついてくる。
魔神の血、などと称されているがこれが、血でないことは明らかだった。
力の塊、とでも言えばいいのだろうか。魔力をぎゅっと押し固めたときに感じるものに似ている。
選択肢はない。
魔神の力を取り込めば、俺はいずれ本編のように化物になってしまうかもしれない。
魔神の力を取り込まなければ、俺は今ここでファスタフにやられるだろう。リアンともども。
「だったら」
小瓶の中身を一気に呷る。
これは力の塊だ。取り込み方はどうだっていい。そう直感していた。
喉を通る不快な感覚。茨を飲み込んだような痛み。胃が焼けるように熱く、体がこれを拒否している。ぐうっと押し戻そうとするのをこらえて、全て飲み下した。
ぐるり。
視界が回る。
立っているのが億劫で、力を入れるのさえ困難で、小瓶を取りこぼした。
ガラスの割れる音が遠くで聞こえた。
ファスタフの顔が目の前にあった。
焦燥。困惑。恐怖。そんな表情をしていた。
彼女はさっきまでとはうって変わってずいぶんと優しい力で俺を押していた。
そっと壁に押し付けられた気がする。肩を掴む手も、俺の腹へと目掛けて振り下ろされる拳も、すべてが弱々しかった。
なぜだろう。
ファスタフは俺よりずっと力が強いのに。それこそ魔神の力がなくてもパワーに関しては凄まじいものがあったのだ。
「どうした?」
俺は彼女の手を掴んだ。
途端にファスタフは顔をしかめて、逃げようとする。
どうやら俺の手を振りほどけないらしく、空いているほうの手や足で俺を滅多打ちにしてくる。
だが、それは何の痛痒も俺に与えなかった。
なんだこれは。
すごい力だ。すごい力が俺の体中を巡っている。体の奥底からじわりじわりと湧き上がってくる。枯れない湧水がそこにあって、それが今、俺という器を満たそうとしている。
得も言われぬ快感と興奮が同時に駆け上る。腹から指先、髪の一本にまで滾ってくる。
口角が上がるのを抑えられない。
俺はファスタフのもう片方の腕を握ると、そのまま彼女を床に押し付けた。
ミシリ、とおよそ人の体から出るとは思えない小気味いい音が響いた。
「あ、あぁぁぁぁぁっ!!!」
ファスタフの口から美しい悲鳴が漏れ出る。
このまま折りたたんで、骨が砕ける音と彼女の悲鳴を聞けたらなんて素晴らしいんだろう。そうしようとして――――
――――俺は自分の顔面を思い切り殴りつけた。
「いってぇ! クソ! ふざけやがって!」
頭がどうかしていた。
あんな恐ろしいことを考えるなんて。
飛びずさって、俺はファスタフから離れた。
信じられないことをしようとしていた。ファスタフを殺そうとしていたのだ。
「これが魔神の血を取り込むってことなのか……?」
確かに凄まじい力だ。
全能感に酔いしれてしまった本編のオーレウスの気持ちがよくわかる。
立ち上がって、俺を見やるファスタフに感じていた恐れが、全くない。俺のほうが強いと理解できるからだ。
それだけの力を手に入れた反動か、あるいは魔神の力にそういう作用でもあるのか。あるいは、これが本編に出てきた醜い化け物へと至る兆候とでも言うのか。
しかし、それでも俺はこうして正気でファスタフの前に立てている。序盤ボスの時点では、確かに理性を保っていたオーレウスだからこそ、きっと何とかなると思っていたがその目論見通りになってよかった。
全身に漲る力、立ち上る魔力、これらが俺の体の痛みを吹き飛ばしてくれて、頭もすっきりしている。
「あぁっ!」
叫んで突っ込んでくるファスタフを容易にいなせる。
体が軽い。もう何も怖くない。
「ファスタフ、俺の勝ちだ」
勝利宣言を迎えた俺は、確かにファスタフを完封することに成功した。
しかし、一つ問題があった。
どうやってファスタフを元に戻せばいいんだろう……。




