第14話 本編にいない奴には本編にいない奴をぶつけんだよ
悪の女幹部って感じの衣装に身を包んだファスタフと相対する俺とリアン。
やっぱりこのちょっぴりすけべな衣装は最高だぜ。普段なら胸元とか鎖骨とかに視線が吸い寄せられるのは間違いないのだが、そんな余裕のある状況でないことは間違いない。
今のファスタフは、『魔神の血』というアイテムによって強制的に魔神の力を取り込まさせられている。肌身に感じる力は、凄まじい。俺より格上であることは間違いないだろう。
ちなみに序盤ボスのオーレウスはこの時点のファスタスより強いので、俺はもうちょっと頑張って特訓しないといけないことが確定したのだった。
しかし、それは今考えることではなかった。
ファスタフの目が俺に向いた。
「あは」
そんなに情熱的に見られると照れちゃうな―、なんて思う間もなく、気付いたらファスタフが俺の目の前にいた。
速すぎだろ。
咄嗟に剣を突き出して、俺の頭めがけて横薙ぎに払われたメイスを防ぐ。魔力で紡いだ魔法剣を纏わせているのに、剣に思い切りヒビが入ったし、俺は勢いのまま吹き飛ばされた。人間技じゃねぇ……。
体勢を整える間もなく、壁に叩きつけられた。
息が止まる。が、動きを止めては死ぬしかない。呼吸も忘れて、跳躍してきたファスタフへの対処を迫られる。
振り下ろされたメイスに剣を沿わせて、受け流す。地面が陥没し、蜘蛛の巣状の亀裂が走った。受け流したというのに、俺の手にはジンジンと鈍い痛みが残る。
追撃は足だった。
ファスタフの足が、俺の腹部を強かに打ち付けた。肺に残っていた空気を全部吐き出して、ついでに空っぽの胃の中身までぶちまけながら背中から壁にぶち当たった。
こひゅう、と音を立てながら息を吸い込む。
口の中に滅茶苦茶血の味が広がっている。
身体強化は、全力でやらねばならないだろう。身体強化で肉体の限界を遥かに超えることができるが、その反動はいずれやってくる。常なら反動の出ない範囲で強化をするものだが、そんな状況ではない。
剣は完全に砕けたので、柄だけ握って刀身を魔法剣で担う。砕けた刀身が魔力で継ぎ接ぎの芯となった青白く光る魔法剣の切っ先を向ける。
ファスタフが俺に向かって一歩を踏み出したところで、その真横の空間が黒く染まって震えた。そして、その黒染めの水面に波紋が生まれ、逆再生のごとく波紋から水滴が昇り、それがファスタフを吹き飛ばした。
闇属性魔法、ダークインパクトだ。どうやらリアンが隙をついてくれたようで、俺には息を整えるだけの猶予が与えられた。
「大丈夫かい?」
そう言うリアンに応える。
「助かった」
この戦闘は、本編ではチュートリアルボス戦だ。戦闘中に溜まるゲージを消費してリアンを覚醒状態にしてファスタフを倒す、という筋書きである。
この戦闘でクリアしないといけないポイントは二つある。
一つは、リアンに覚醒状態になってもらうことだ。覚醒状態とは、つまりリアンが右目に封印した魔神の力を解放するということであり、彼はファスタフを救うために決死の思いでその力を発揮するのだ。
もう一つは、ファスタフに正気に戻ってもらうことだ。これにはファスタフを倒した後にリアンが彼女の内の魔神の力を自分自身に取り込む必要がある。そして、その方法はなんとキッスである。リアンが内なる魔神の助言を受けて、ファスタフから魔神の力を奪い去るのだ。魔神の力はより馴染むほうに流れていくとかなんとかで、キスをするとその繋がりを辿って魔神の器としての適性が高いリアンがその力を奪ってしまえるのだとかなんとか。
この二つをクリアするにあたって、一つ問題がある。
それは、俺という存在が死ぬほど邪魔ということである。
なにせリアンの覚醒状態というのは魔神の力の解放なので、当然俺がそれを目撃しているとリアンに躊躇いが生まれるだろう。だから、どこかで都合よく気絶したフリをして戦線離脱する必要がある。
いやぁ、あの感じだと気絶したら普通にトドメを刺されそうで怖いんだが……。
俺から視線を外して、リアンへと獲物を掲げたファスタフ。
口の端から垂れた涎に気を留めることもなく、跳躍。リアンは彼女の攻撃を剣で、魔法で捌きながら後退する。
通常状態だとやはり分が悪いか。
いい感じに横やりを入れて、いい感じにやられるぞ。
そう意気込んで、俺はファスタフに躍りかかろうとした。
「オーレウス!」
リアンが叫ぶのと同時、鋭利なものが目の端に映る。
すぐさま右に跳んで、それを躱した。
鏃だ。
飛んできた方向を見ると、ぞろぞろと黒ローブの集団が姿を現した。四人。
……。
魔神教団だな。
直接戦闘があるのは、もっと後のはずなんだけど……。
中盤から出てくるはずだが、数頼みの雑魚扱いなので確か滅茶苦茶弱かったはず。
滅茶苦茶弱かったはずだが、序盤も序盤、最序盤の今は結構な強敵なのでは? 俺は訝しんだ。
さすがにファスタフと戦いながら魔神教団までも相手にする余裕はないだろう。覚醒したとしても、ファスタフに苦戦して覚醒維持できなくなったら魔神教団四人も相手にリアンが不利なのは言うまでもない。
いや、奴らの目的からするとリアンに手を出すことはないだろうが……。
ローブの奥、顔は隠されて全然見えないが、殺意が俺に向けてビシビシと飛んできていらっしゃる。やっぱりそうだよな。お前らも俺が邪魔だと思ってるよな。
「どうやらこいつらの狙いは俺らしい」
「そうみたいだ。そっちは任せてもいいかな?」
冷汗をかきつつ涼しい顔でファスタフの攻撃を捌くリアンが言う。
「ま、言わなくてもそうなるだろうな。俺が片付けるまでにやられるなよ、平民」
「言ってくれる、ね!」
渾身の力でリアンがファスタフを弾き飛ばして、戦場の距離を開いた。
さて、こっちはこっちで頑張りますか。
後衛二人、前衛二人。
後衛は小型のクロスボウを持ち、前衛は短剣だ。とはいえ、こんないかにも魔法使いでございますという見た目で魔法が使えないわけもあるまい。
確か、炎か氷の魔法がよく飛んできていた記憶がある。そちらにも十分注意する必要があるだろう。
風切り音とともに矢が飛んでくる。が、銃身の動きを見ていれば避けるのはそう難しくない。俺が半身を引くと、そこに向けてもう一人が矢を射出。身を翻して、その先に短剣が待ち受けていた。
魔法剣でそれを弾いたところで、もう一人が腰だめに構えた短剣を俺に突き刺しにかかる。
「あっぶ」
なんとかわき腹を掠める程度で済んだが……。こいつら、こうしてみると思ったより随分と連携がとれている。俺の剣は一対一には滅法強いが、多対一に向いているものではない。こういうときに何かと便利な魔法を使えればと思わないでもない。
とはいえ、ないものねだりをしてもしょうがないが……
「ちっ、さすがに魔法を解禁するか」
「強がりを」
「貴様が」
「魔法を使えぬこと」
「承知の上よ」
四人が息ぴったりでそう言った。
バレテーラ。まあ、三人でダンジョンに潜っていたのを観察されていただろうからな。俺が何者かなんてことは知っていて当然だ。
俺は懐から金属製の小瓶を取り出して、その中身を口に含む。
奴らはこれをポーションの類だとでも思っているだろうな。
俺は瓶を投げつける。狙われた一人はそれを身をひねって躱したが、残りの中身が飛び散って奴らのローブにパタパタと染みを作った。
気付いたのだろう。その液体の鼻をつく臭いに。
酒だ。それも、とびきりアルコール度数の高い。
ダンジョンに潜るのにあたって、ばっちいモノに触れる可能性を考慮して持ってきていたものだ。着火剤にもできるかなと思っていたのと、後はこんな一発芸にも使える。
俺は口をすぼめて、口に含んだものを噴き出す。霧状に広がるアルコールは、燃え盛る火炎を生み出すのにうってつけの燃料だ。いかに魔法の才能がないとて、種火くらいは起こせる。
俺の口から巨大な炎がうねりを上げて魔神教団どもに襲い掛かる。
炎から逃れようと全員がバラバラに散会した。
「火遁の術、なんちゃって」
一人くらいそのローブに火がついてくれるとありがたかったんだが。
俺は火を噴きながら一番近くの魔神教団員へと急襲をしかけた。前衛の片割れだ。切り上げの初撃を短剣で弾かれたが、もののついでに獲物を巻き取った。無手になったところを返す刀で袈裟切りにする。
どさりと倒れこむ。そこにはローブだけがはらりと残された。魔神教団は、倒すとなぜか服だけ残して消え去るのだ。
しかし、ここで息をつく暇はない。
背後から、同時に二本の矢が足を狙って飛んできた。跳び上がってそれを回避すると、着地狩りだ。短剣を持った魔神教団員が迫っている。
俺は足先に魔法剣を展開し、着地より前に蹴り上げた。足から頭まで綺麗に二分された教団員が、やはりローブだけ残して消えうせた。
「中々」
「やるものだ」
二人になってもその息ぴったりな話し方は変わらないらしい。
「では」
「今度はこちらから」
一人が両手を突き出して、俺に向けてきた。
ごう! と音を立てて炎が渦巻いて、鞭のように鋭く迫る。
わお、本当の炎系の魔法だ。フレイムウィップだったかな。
俺はそれを大きな動きで躱した。火は、脅威だ。俺がさっき狙ったように服にでも燃え移ったら、それだけでお終いだ。
炎の鞭に紛れて、巨大なつららがこちら目掛けて飛んできた。鋭利に尖った先端は、当たれば俺の体を簡単に貫通してしまうだろう。魔法剣を盾のように薄く広く伸ばして、横に逸らす。
後衛から先に始末をつけたほうがよかったかもしれない。
俺に遠距離攻撃の手段はほとんどないのだ。
魔神教団員の魔法をかいくぐりながら、俺は先ほど倒した二人が落とした短剣を拾い上げる。
短剣に強化魔法をかけ、一本を全力で放る。
短剣はぐるぐると円を描きながら、目にもとまらぬ速さで飛んでいったが、二人の教団員はそれを最小限の動きで軽々と回避した。
これだけ距離があると、俺が何か投げようとしたときに動いてしまうだけで簡単に避けることができる。一息で詰められる距離でも、投射物を当てるには少しばかり遠すぎた。
俺は二人の魔法に少しずつ押され始めていた。
炎は大きく回避せざるを得ず、氷は打ち払い、逸らすこともできたが、炎に紛れて飛んでくるものだから、いくつかは避けきれずに受けてしまっていた。
俺はいつでも投げられるように短剣に手をかけていた。しかし、二人はもはや俺の投げる短剣を脅威とはみなしていないようだった。投擲物への対処は、先ほどと同じで問題ないと思っているのだろう。
俺は、短剣に魔法剣を籠める。
もうすぐ後ろに壁が迫っている。追い詰められて絶体絶命。
「ええい!」
俺は叫んで短剣を投げた。
やぶれかぶれの最後の一投。そう見えるはずだ。
現に魔神教団員は二人ともすっと短剣の軌道上から抜け出すだけだった。危なげもなく回避可能だと、そんな動きだった。
くるくると回る短剣の刃先は、その長さゆえに彼らを掠めることさえない。
そこで、魔法剣を発動させた。短剣から伸びる刃が俺の魔力によって伸びる。ぐさり、と炎を放出していた魔神教団員に突き刺さった。俺を壁際に追い詰めていた炎が嘘のように鎮火し、すかさず俺はもう一人のもとへと踏み込んだ。
一突き。
胸の辺りを貫いた剣を、時計回りにねじる。
断末魔の悲鳴を上げる間もなく、魔神教団のローブだけが剣に残された。
「ふぅ……」
結構危なかったな。
だが、無事に魔神教団の奴らを全員倒すことが――
「これほどとは思わなんだ。危険なやつよ」
――虚空から現れたもう一人の魔神教団が、俺へと短剣を突き立てる。




