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第10話 ダンジョン実習

 カランコロン、と地面に転がった魔石を拾い上げる。

 ダンジョンを歩いていると、早速現れた一匹の魔物をすかさず切り払ったところだ。

 ウサギ型で頭にたいそう立派な一本角を持つ魔物、バニコーンである。


 魔物はその命を失うと、魔石を残してその体が霞となって消滅する。解体とかしなくていいので、非常に楽だ。倒して石を拾うだけでお金になるのだから。


 ついうっかり手を出してしまったのだが、俺はこのダンジョン実習では何もしないで二人に俺の悪口で仲良くなってもらわねばならないことを思い出し、俺はこう吐き捨てた。


「相手にならないな。おい、平民とエルフ、後はお前たちでやってくれ。この程度のことはできるだろう?」


 剣を収めて腕を組む。

 俺はもう戦わないぞ、という意思表示だ。


「はあ、わかったよ。ファスタフ、いいかな」


「えっ、うん。私はいいけど」


 二人ともほとほとあきれ果ててございますと言った表情を俺に向けている。まあそうだろう。俺でも同じことをされたら同じ顔をすると思う。

 グードベルグ顧問には申し訳なさを感じるが、これも魔神を倒すため、リアンとファスタフには個別ルートに行こうと思えば行けるくらいに好感度を高めてもらう必要があるのだ。


 歩き出したリアンとファスタフに続いて、俺はダンジョンを闊歩する。このダンジョンには先ほど俺が倒したバニコーンと、後は作品によって強かったり弱かったりするスライムが出現する。この世界において、ただのスライムは雑魚中の雑魚だ。剣で切れば死ぬし、なんなら石を投げてぶつけても死ぬ。

 バニコーンは動きが緩慢なので、角に気を付けてさえいればそうそう怪我を負うこともない。その存在に気付かず近くに寄ってしまわない限り、このダンジョンに出てくる魔物にやられてしまうようなことはない。


 それも今歩いている一階層に限るが……。このダンジョンは全部で六階層まであるので、階層を下れば下るだけ魔物も強くなる。授業で降りるのは三階層までで、四階層以降は隠しダンジョンになるので行くこともないだろうが。


 ファスタフはダンジョンが初めてなのでおっかなびっくりといった様子で歩いているが、周囲への警戒を怠っていないのでこの分なら問題は起きなさそうだ。リアンについてはそもそも心配していない。ギルドにいたときからダンジョン探索をずっとやっていたから慣れているのだ。


 本編でもファスタフをリードするのはリアンの役目だった。


 俺から五歩ほど先を進む二人は、こちらに声が聞こえないように小さく声を交わしていた。残念ながら俺は耳がいいので前を歩く二人の会話は漏れ聞こえているのだが。


「ね、ねえ、あの、グードベルグ先生が言うみたいに本当に悪い人じゃないのかな……?」


「どうだろうね。僕にはなんとも言えないけど……嫌なことを言ってくる人ではあるね」


「そうだよねっ。ちょっと嫌な人だよね」


 よし、いいぞ。俺の悪口で話が弾んでいる。

 くくく、人は共通の敵を持つと協力できるんだ。もっとだ。もっと俺の悪口を言え。



 ◇



 リアンは、自身の背後に少し距離をとってついてくる男のことを掴みあぐねていた。

 オーレウス・バン・バルバード。この辺り一帯の領主であり、アルバンダー魔法学園最大の出資者の令息。

 いつも何かと平民上がりだのなんだのと突っかかってくる男だが、リアンにはその瞳の奥にある親愛にも見える色に、常々困惑させられていた。言葉の端々どころか頭の天辺から足の先まで刺々しい物言いをする割には、自分で口に出しておきながら時折傷ついたような表情をするのである。


 今話している内容も、声を潜めてはいるものの彼に届いている、とリアンは確信していた。普段の振る舞いから察するに彼がこれを許すとは到底思えないものだが、聞きとがめる素振りもない。一体全体、何を考えているのかが理解できなかった。

 ファスタフは、あれだけのことを言われているのだから当然オーレウスに苦手意識があるようだった。しかし、彼が言うこと自体はあながち間違いというわけでもないので、その言葉選びだけが問題だった。


「私が魔法を使えないのはそうだけど……何もあそこまで言わなくたってって思っちゃうんだよ」


 恨めしげに背後を盗み見て、ファスタフが言った。


「彼だって、私と同じはずなのに」


 魔法の才能がない、というのはよくわかっていた。ファスタフ自身がそうであるし、ファスタフやリアンから見たオーレウスがそうであるということも。

 アルバンダー魔法学園は、その名の通り魔法を学ぶための園だ。そこに魔法の才能もなく入学しようというのは、正気の沙汰ではないか、あるいはそれでも学園に行く事情があるかのどちらかでしかあり得ない。


 オーレウスは間違いなく後者だった。そして、ファスタフもそうだった。

 ファスタフにはこの学園でなすべきことがある。そのためには、自分に与えられた類い稀なる身体能力を活かして認めてもらうことが重要だった。しかし、その第一歩は入学初日にして、オーレウスに話しかけたことですっかり踏み外してしまったのだ。


「同じ、ね」


 オーレウスと一度剣を交えたときに、リアンは一つ確信していることがあった。

 それは、オーレウスが剣を振るということに対して真摯に向き合っている、ということだ。

 ファスタフは剣が本来の獲物ではないというのを加味しても、オーレウスが剣にかけるほどの情意を持っているかというと、明らかにそうではなかった。もちろんリアンも彼ほどの情意を剣に向けてはいない。そもそも剣を使うよりも魔法を使うほうがよほど強いというのも理由だ。しかし、あのオーレウスと本当の本気で打ち合ったとして、果たして今の自分が彼に勝っているかどうかはリアンにはわからなかった。


「ファスタフ、そこに魔物がいるから気を付けてね」


 岩の後ろに気配を感じて立ち止まり、注意を促す。ファスタフも遅れて立ち止まり、本当だと呟いた。


「どうやって気付いたの?」


「こればっかりは慣れかな」


 ダンジョンの中は魔力で満ちている。だから、危険度の低いダンジョンだとかえってその魔力に魔物が紛れてしまう。この環境で上手く魔物の気配を捉えるというのは、最初のうちは結構苦労するものだ。


「へえ、なんだかまとわりつくみたいな、この空気に慣れたらわかるようになるのかな」


「そうだよ。僕も最初のうちはわからなかったものさ」


「リアン君が?」


「うん。と言っても、僕が初めてダンジョンに入ったのはもう五年は前だから、そのときにどう感じたかは思い出せないけど」


「五年前!? そんな小さい時からダンジョンになんて、すごいねっ」


 ファスタフはキラキラと尊敬のまなざしでリアンを見た。

 その顔にむず痒さを感じて、リアンは頬をかいて、その間も目線だけは外さなかった岩向こうにいる魔物の姿を捉えた。


「あはは、でも、まずはあっちをどうにかするのが先かな。話の続きはその後にしよう」


 二匹のバニコーンが現れたので、リアンは剣を、ファスタフはメイスを取り出した。

 勝負は一瞬だった。リアンがスパンとバニコーンを切り払うのに一拍遅れて、ズガンと鈍い音が響いた。ファスタフの振り下ろしたメイスは足元の地面を盛大に陥没させて、その下敷きになったバニコーンは無残な姿になってから消え去る。


「あぁ……!」


 メイスを地面から抜いたファスタフが悲しげな叫び声をあげた。

 バニコーンを殴殺するにとどまらず、ファスタフが渾身の力で振り下ろしたメイスは魔石を砕いてしまったのである。

 この授業は魔石を集めるのが課題。せっかく出てきた魔物一匹分の成果をみすみす失ってしまったので、ファスタフが声を上げるのも当然だった。


「そういうこともあるよ。残念だったね。次は気を付けよう」


 リアンはがっくりと落ちた彼女の肩に手を置いた。

 そして、思う。こういうときには、何も言ってこないんだよな、と。

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