静かに、隣で
中間テスト初日。
月見ヶ丘学園の校舎には、いつもの賑やかな空気はなかった。
朝からどこか緊張した雰囲気が漂い、廊下を歩く生徒たちも、みんな静かだった。
2年C組も例外ではない。
教室に集まったクラスメイトたちは、カバンから参考書やノートを取り出し、最後のあがきに必死になっている。
「うう……やっぱ、昨日もっとちゃんとやっときゃよかったぁ……」
机に突っ伏してうめくのは、もちろん拓海。
その横で、千花がふわりと笑う。
「でも昨日、結構頑張ってたじゃん?」
「それでも足りないんだよぉ……クロエさん、昨日あんだけ教えてくれたのに……!」
拓海は、チラリとクロエの方を見たが――クロエは教科書を片手に、落ち着いた様子で黙々と復習している。
そんな様子に、拓海はまた小さく呻いた。
真哉と悠斗は、ノートを見ながらひそひそと何かを確認している。
女子たちはそれぞれのグループに分かれ、最後の確認に余念がない。
陽真も、自分のノートを開きながら、ペンを走らせていた。
隣では、みつばが小さく背伸びをしてから、ふと陽真に顔を向ける。
「ね、春川くん。……これ、まだ覚えられてないかも」
そっと差し出されたプリントには、英単語がずらりと並んでいる。
「どこ?」
陽真がプリントを覗き込むと、みつばは人差し指で一箇所を指した。
「‘perseverance’……これ、意味、忘れた」
「忍耐力、とか、我慢強さ……だったと思う」
即答すると、みつばはふわりと微笑んだ。
「ありがとう。……春川くん、頼りになる」
その笑顔に、陽真はほんの少しだけ、胸が温かくなるのを感じた。
ふと、視線を上げると。
前の席では、陽菜が、静かにノートを読み返していた。
彼女はふとこちらに気づき、ほんの少しだけ目を細めて微笑む。
けれど、それはすぐに隠されてしまった。
(……頑張ってるな、一条さんも)
そう思った瞬間、またほんの少しだけ、胸がぎゅっとなる。
窓際の席では、美佳が指先でリズムを取りながら、覚えた公式を小声で呟いている。
「速度……距離……あれ、公式どうだっけ……?」
瑠奈が顔を出して教えてあげると、美佳は嬉しそうに笑った。
「ありがとう、瑠奈ちゃん!」
「いーよいーよ!」
そんな何気ないやり取りも、今日はどこか特別に感じる。
チャイムが鳴った。
教室の空気が、一気に張り詰める。
「テスト、配るぞー!」
荒木先生が教室に入ってきた。
生徒たちはいっせいに姿勢を正し、配られる問題用紙を待つ。
陽真も深呼吸をして、ペンを握りしめた。
隣を見ると、みつばが小さく拳を握って、気合いを入れている。
その仕草が、なんだか可愛くて、思わず微笑みそうになる。
問題用紙が手元に届く。
名前を書き、問題を一通り眺める。
(……大丈夫。ちゃんと準備はした)
そう、自分に言い聞かせる。
ふと。
そっと横目でみつばを見ると、彼女も真剣な顔で問題を読んでいた。
小さな唇がきゅっと引き結ばれ、ペンを握る手がほんの少し震えている。
陽真は、机の下でそっと拳を握った。
(大丈夫。……隣にいるから)
誰にも聞こえない、誰にも見えない、小さなエールを送る。
カリカリと、ペンの音が響く教室の中。
陽真も、集中し、最初の問題に取り掛かった。
静かに、静かに。
春の日差しが、窓から差し込んでいた。
まるで、誰かの背中を、そっと支えるかのように。




