静かなはじまり
土曜日の午後。
駅前で待ち合わせたメンバーは、顔をそろえてクロエの家へ向かっていた。
普段の学校とは違う、私服姿。
いつもより少しだけ砕けた空気が、歩く列に漂っている。
「クロエんち、ここから歩いてどのくらい?」
拓海が荷物を揺らしながら尋ねる。
「十分もかからないわ。すぐそこ」
クロエは、涼しい顔で答えた。
その横顔を、陽真はちらりと見る。
制服姿とはまた違う、シンプルで上品な私服。
無駄のない動きや、通り過ぎる人たちの視線を自然と集める佇まいに、思わず息を呑む。
その隣では、みつばが陽真に近づきながら、こっそり囁く。
「……クロエさん、やっぱりオーラすごいよね」
「ああ……」
陽真は曖昧に頷くが、隣にいるみつば自身も、
ラフなカーディガンに柔らかなワンピース姿で、道行く人の目を惹いていた。
(……いや、ほんと、みんな眩しすぎる)
陽真はそっと視線を落とし、荷物の紐を握り直す。
後ろからは、美佳が、少し緊張した様子で歩いてくる。
「……なんか、こういうの、久しぶりかも。みんなでどこか行くの」
ぽつりと漏らす声は、少しだけ弾んでいた。
そしてその隣には、一条陽菜。
彼女は静かに、けれど陽真の背中を見失わないように、少しだけ距離を詰めて歩いている。
(春川くんと、同じ場所に向かってる――)
心の中で、そう何度も繰り返しながら。
そのまま小さな坂道を抜けると、
目の前に、クロエが足を止めた。
「ここ」
指さしたのは、白を基調にした高級感のある一軒家だった。
広い敷地に、整えられた植え込み。
門構えだけで、明らかに「別世界」だとわかる。
「うっわ……」
拓海が口を開けたまま固まる。
「映画みたい……」
瑠奈も、きらきらとした目でクロエを見る。
クロエは、特別なことではないように電子キーを操作して、門を開いた。
「さ、どうぞ。遠慮しないで」
促されるまま、みんなはぎこちなく門をくぐる。
広い玄関ホールに、一同はまた圧倒された。
「う、うちの十倍くらい広い……!」
「どこがリビングで、どこが廊下かわかんない……」
騒ぎながらも、誰もが少し緊張している。
そんな中、クロエが軽く手を叩いた。
「リビング、こっち。机も用意してあるから」
案内された先には、大きなテーブルと、広々としたソファ。
窓からは、手入れの行き届いた庭が見える。
「……ほんとに、すごい」
陽真も、自然と漏れた声を隠せなかった。
みつばは、陽真の隣に立ち、くすっと笑う。
「ねえ、ちょっとだけ、私たち“ドラマの中の人”みたいじゃない?」
その言葉に、美佳がすかさず乗った。
「わかる! なんか、特別な日って感じ!」
みんなが荷物を置き、自然とそれぞれの場所に座りはじめる。
クロエは冷蔵庫からペットボトルのお茶を何本も持ってきて、みんなに配った。
「さあ、勉強始める前に、ルール決めときましょう」
場を仕切るクロエの姿に、
陽真は、クラスでは見せない彼女の“リーダーシップ”を感じていた。
――そのとき。
「ねえ、陽真」
すぐ隣で、みつばが小さく声をかけてきた。
「……今日、隣、いい?」
その一言に、陽真は一瞬だけ戸惑ったが、すぐに頷いた。
「もちろん」
みつばはぱっと笑うと、嬉しそうに鞄を置いた。
その光景を、ほんの少しだけ離れたところで、陽菜が静かに見ていた。
(……でも、私だって)
陽菜は、自分の席にそっとノートを広げる。
声には出さないけれど、心の中では――負けたくない、そんな気持ちがわずかに芽生えていた。
こうして、
それぞれの想いを胸に抱えながら。
クロエ邸での、にぎやかで少し特別な勉強会が、静かに幕を開けた。




