黒田玲の過去と現在
黒田玲は、中学時代からずっと小説が好きだった。
その中でも、とりわけ夢中になったのが――
小説投稿サイトで連載されていた『ミステイク』。
独特な言葉選び。
空白の間に、語られない感情を滲ませるリズム。
すべてが繊細で、読むたびに心に沁みた。
投稿者の名前は「最高裁番長」。
ふざけたペンネームだが、その文章はどこまでも真っ直ぐだった。
玲は、更新されるたびに食い入るようにページをめくり、言葉の余韻に浸った。
彼にとって、『ミステイク』はただの小説ではなかった。
孤独だった自分を支えてくれる、大切な居場所だった。
そして月日は流れ、高校2年の春。
家の事情で転校することになり、玲は月見ヶ丘学園にやってきた。
転校を目前に控えたある日――
偶然、SNSのタイムラインで見かけた一本の動画。
『月見ヶ丘学園文化祭・2年C組演劇「顔の見えない教室」』
ふとした気まぐれで再生した動画に、玲は息を呑んだ。
台詞のリズム。間の取り方。
言葉に込められた繊細な「余韻」。
(……どこかで、知ってる)
いや、違う。
これは、ただの既視感なんかじゃない。
これは――最高裁番長だ。
彼の小説『ミステイク』で感じた、あの感覚そのものだった。
転校してすぐ、玲は意を決して職員室を訪ねた。
「すみません。……文化祭で使った、2年C組の演劇台本、見せてもらえませんか」
先生は少し驚いた顔をしたが、事情を簡単に説明すると、台本のコピーを持ってきてくれた。
手に取ったその瞬間、確信に変わった。
ページをめくるごとに感じる、あの言葉選び。
余韻を残す間の使い方。
人の心に静かに沈んでいくようなリズム。
これは、最高裁番長のものだ。
震える指先で、台本の最後に記された「脚本・演出」の欄に目を落とす。
『春川陽真』
その名前を見た瞬間――
玲の中で、全てがつながった。
(……やっぱり、あんただったんだ)
そして、迎えた転校初日のことだった。
クラスの自己紹介も終わり、教室がざわめく中。
玲は躊躇うことなく、陽真の席へ歩み寄った。
黒髪短髪。整った顔立ち。
だが、その瞳の奥には、言葉にできない静かな光を宿している。
立ち止まり、玲は一言だけ告げた。
「……あんた、春川陽真?」
陽真がゆっくりと顔を上げる。
その表情は、どこか静かで、壁を作るようでもあった。
だが、玲は構わず続けた。
「――あんたの書いた“あれ”、読んだよ。……悪くなかった」
それだけを言って、背を向けた。
何も期待しない。ただ、伝えたかっただけだった。
(ここから、俺はお前の物語を見ていく。)
心の中で、そっと、そう誓いながら。




