言葉を、想いごと届けたくなる
水曜日の朝。
一ノ瀬みつばは、いつもより早く教室に入った。
けれど、春川陽真はすでに席に着いていて、ノートに視線を落としていた。
それが“新しい台本”の下書きだと、みつばはなぜかすぐにわかった。
声はかけられなかった。
理由は、わからない。昨日のDMのせいかもしれないし、陽真の表情がいつもより静かだったせいかもしれない。
(……昨日の配信、クロノスさん、やっぱり“近づこう”としてた)
スマホに残された未返信のメッセージ。
開いて、閉じて、また開いて。
でも、何も打てないまま、画面を伏せた。
昼休み。
友達の会話が耳に入るけれど、ほとんど頭には入ってこなかった。
陽真は、窓際で弁当を開いていた。
その隣で、みつばもいつものように座っていたのに――今日だけは、少しだけ距離があった。
「……あのさ」
ようやく声をかけたのは、みつばの方だった。
陽真が顔を上げる。
「昨日の……新しいの、書いてる?」
「うん。……途中だけど」
それだけ。
言葉がそれ以上続かなかった。
でも、机の端に置かれたペンが、彼の言葉を補っているように思えた。
(わかってる。陽真は、誰のために書いてるか、ちゃんとわかってる)
でも、だからこそ。
誰かにそれを“奪われる”ことが、怖かった。
(――クロノスさん、気づいてるかもしれない。
でも、それでも、あの言葉の“奥”までは、まだ……)
放課後。
みつばは、帰り道のコンビニで立ち止まった。
冷たいペットボトルのお茶を選んで、スマホを取り出す。
DMの画面には、まだ返事のないメッセージ。
『あなたが読んでいる“言葉”は、どこから来たんですか?
……声にのせる前に、その人の気持ち、見えたりしますか?』
一瞬だけ目を閉じて、そしてようやく指を動かす。
【書かれた言葉に、“本当の気持ち”がこもっているとき、私はそれを感じることがあります。
……たぶん、それは最近、書いている人のことを、前よりもずっと知るようになったから。
だから、読むときに、その想いごと伝えたくなるんです】
短いけれど、今の自分にできる限りの返事だった。
夜。
配信の予定はなかったけれど、みつばはヘッドセットを軽く手に取る。
(……声にするって、やっぱり怖い。でも、)
スマホに、新しいメッセージが届く。
【From:陽真】
【新しい台本、送るね。“共鳴”ってテーマで書いてみた】
添付されたファイルの下に、ひとこと。
『これも、わたしたちの火です。読んでくれたら嬉しい』
みつばは、その文面を何度も読み返して、そっとスマホを胸元に引き寄せた。
あの日、“灯り”と名付けられた言葉が生まれたように。
これはまた――“ふたりで灯す”物語の、はじまりだった。




