沈黙の中にいる、もうひとりの誰か
火曜日の昼休み。
教室の片隅、スマホを手にしたまま春川陽真は、何気なく開いたSNSのトレンド欄に目を止めた。
そこには、見慣れたタグが並んでいた。
――#ミスティ朗読回
――#最高裁番長
――#クロノス考察配信
(……また、広がってきてる)
昨日の雑談配信で、ミスティは明言を避けたまま「大切な人が書いた台本」と語った。
それだけのはずだった。
けれど、受け取った側は、ただでは済まさなかった。
「クロノスの昨日の配信、聞いた?」
「“声に宿る背景が変わった”ってさ。」
そんな囁きが、近くの席から漏れてくる。
陽真は耳をそらすように視線を落とし、ペン先で机の隅をなぞった。
(クロノス……あの人も、やっぱり)
――気づいたのだ。最高裁番長の言葉が“再び”ミスティの声に宿っていることに。
そして、放課後。
図書室に誰もいないのを確認した陽真は、ノートを開いた。
書きかけの文章の続きを埋めようとしたそのとき。
スマホに、メッセージ通知が届いた。
【From:Misty_Official】
【クロノスさんが、今夜また配信するって。ちょっと気になること言ってた】
陽真はメッセージを見つめながら、静かに息を吐いた。
その夜、クロノスの配信は始まった。
「こんばんは。クロノスです。
今日は、“言葉の奥にあるもの”について、少し話そうと思います」
チャット欄にはリスナーたちのコメントが次々に流れる。
《最近の配信、なんか深くて好き》
《昨日のミスティさんの配信とつながってる?》
《言葉の奥、って……また考察くるか?》
画面越しのクロノスの声は、どこか穏やかで、それでいて真剣だった。
「言葉って、文体や語彙だけじゃなく、“誰が、どうして書いたか”が大事なんです。
最近、ある台本に、前よりも深く届く“気持ち”を感じました。
同じ人が書いているのかもしれない。でも……きっと、今は“別の気持ち”で書いている。そういう言葉でした」
陽真は、その一語一句を静かに聞いていた。
そして、配信の終盤。
クロノスは、こんなふうに語っていた。
「……最近、ミスティさんの配信を聴いてて思うんです。声の奥に、“背景”が見えるようになった気がして。
だからこそ、その言葉をもっと知りたくなる。……誰が書いたのか、じゃなくて、どうしてそう書かれたのか、が」
ミスティの配信で、直接語られることのなかった“誰が書いたか”。
だが、クロノスは確かにその“本質”を見抜こうとしている。
その配信のあと。
みつばのスマホには、クロノスからのDMが届いていた。
【あなたが読んでいる“言葉”は、どこから来たんですか?……声にのせる前に、その人の気持ち、見えたりしますか?】
――まるで、台本の背後にいる“誰か”に近づこうとするような問いだった。
みつばは、それを見つめたまま、しばらく返信の手を止める。
(……陽真)
彼が書いた“灯り”の物語。
そこに込められていたのは、ただの言葉じゃなかった。
(誰にも奪わせない。これは、わたしと――)
けれど、もしも。
もしも、彼の言葉に惹かれた“誰か”がいたなら。
その人もまた、何かを求めてここにいるのだとしたら――。
クロノスの言葉は、静かな警鐘のように胸に残った。
そして、陽真はノートに新たなページを開いた。
そこに書かれた一文は、まだ短かった。
『背景まで届く声があるなら、
その声にしか辿りつけない場所が、きっとある。』
その物語は、まだ名前も結末も決まっていなかった。
けれど確かに、そこには“火”が灯っていた。




