声の主と、書き手の正体
月曜の昼休み、教室にいつもとは違うざわつきがあった。
「昨日のミスティの配信、聴いた?」
「“灯り”って朗読、やばかった……コメント欄でまた“最高裁番長”説出てたよ」
「てかさ、クロノスの配信でも“台本の背景が見えるようになった”って話してた。あれ、暗にミスティのことじゃない?」
春川陽真は、自分の席で箸を動かしながら、聞こえてくる会話に小さく息をのんだ。
(……またか)
心のどこかで覚悟していた流れだった。
けれど、クロノスの名前まで出るとなると、背筋にひやりとしたものが走る。
「“書いてる人の気持ちが、前よりもよく伝わってくるようになった”って、クロノスが配信で言ってたよ」
「つまり……関係性が深まったってこと? ミスティと、最高裁番長?」
その言葉に、陽真の胸の奥がじんと熱くなる。
――関係性が深まった。
まさに、ミスティとしてのみつばと、自分のあいだに起きていた変化だった。
その日の夕方。
みつばから、ひとつのメッセージが届いた。
【今夜、ちょっとだけ雑談配信するね。
クロノスさんがまた、気になること言ってて……話しておきたくなった】
そして、夜。
モニター越しに映るミスティは、淡い照明のなかで静かに笑っていた。
「こんばんは、ミスティです。
今日は、ちょっとだけ特別な話をしようと思ってます」
コメント欄には、待機していたファンのメッセージが流れる。
そのなかに、見慣れた名前があった。
《【クロノスOfficial】:配信、楽しみにしてました。前よりも“深く響く言葉”が増えた気がしてます》
ミスティの視線が、一瞬だけ止まる。
けれど、動揺は見せない。
「……言葉って、不思議ですよね。
同じようなセリフでも、“どんな気持ちで書かれたか”によって、全然伝わり方が変わる」
そして、少しだけ言葉を選ぶように、続けた。
「私が使っている台本は……大切な人が書いてくれたものです。
その人の気持ちが、私の声を通して、ちゃんと届いたらいいなって、思ってます」
《【クロノスOfficial】:その人の気持ちが、前よりも“近く”にあるように感じました》
コメントの文字に、一瞬だけ沈黙が落ちる。
「……そうですね。たぶん、前よりも“書いてる人の気持ち”が、私にもよくわかるようになったからかもしれません」
ミスティの声は、やさしく、けれど芯があった。
「だから、聞いてる人がたとえ誰が書いてるか知らなくても、その人が大切にしてることを深く知ると時、きっと声にも宿るって、信じてるんです」
配信を聴いていた陽真は、ヘッドホンの奥でそっと目を閉じた。
言葉にすることはできない。
けれど、ミスティは――みつばは、確かに“守ってくれている”のだと感じた。
配信の終わり、みつばのスマホには、ひとつのメッセージが届いていた。
【クロノス:あなたの声、やっぱりあの人の言葉に合ってます。
……もし、あなたがまたその“言葉”を読み続けるのなら、もっと知りたくなりそうです。
台本だけじゃなく、その背景ごと】
みつばは、そのメッセージをしばらく見つめたあと、深く息をついた。
(……ここから、また始まるかもしれない)
誰かに知られること。
誰かと、言葉の奥で向き合うこと。
けれどそれは、もう――怖くなかった。




