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探る視線と、揺れる境界線

次の日の昼休み。

 春川陽真は、珍しく教室に居場所を感じられなかった。


 黒田玲の言葉が、ずっと耳の奥に残っていた。


 ――“あの朗読、“お前の言葉”だったろ”


 問い詰めるでも、探るでもない。

 ただ、事実を確認するようなその口調が、逆にじわじわと効いていた。


 (俺が“最高裁番長”だって……なんで、そう思ったんだ)


 陽真はみつばの方をちらりと見る。

 彼女は変わらず席に座り、スマホをいじっているようだった。

 けれど、ほんの一瞬だけ、目が合った。


 みつばの視線が「大丈夫?」と問いかけてきている気がして、

 陽真はそっと目をそらす。


 ――言えるはずがなかった。

 彼女の存在があったから、自分は言葉を続けてこられた。

 でも、それと同時に、彼女が“ミスティ”であることを唯一知っている自分だけの場所を――

 誰かに割り込まれるのが、怖かった。


 放課後。

 陽真は、図書室の一番奥の席にいた。

 誰にも気づかれない場所。声が届かない空間。


 けれど、椅子が引かれる音がして、静けさが破られる。


「探した」


 ――黒田玲だった。


「……俺、別に話すことないけど」


「そっちはそうでも、こっちはある。……確認したいだけ」


 そう言って、黒田は一冊の文庫をテーブルに置いた。


『静かに燃える、その紙片』


 それは、かつて陽真が“最高裁番長”名義でネットに載せた短編集。

 今はすでに削除されたページのスクショを印刷したものだった。


「……俺、これの読者だった。ずっと」


「……なんで、今さらそれを?」


「単純に。知ってる人が“届いてる言葉”を持ってたなら、それを誰が書いたのか、知りたくなる。

 ……でも、それだけじゃない」


 黒田の瞳が、わずかに揺れた。


「俺、ミスティの配信――ずっと聴いてた。

 あの人が読んでる“言葉”の声色と、文章の癖と、間の取り方で……これは、あんたの言葉だって確信した」


「……」


「問い詰めたいわけじゃない。

 でも、もしあれが本当に“あんたの”だったなら――俺は、少しだけ、羨ましかったんだ」


 黒田は、机に両肘をつき、手を組む。


「俺の言葉は、誰にも響かなかった。

 でもあんたは、声になって、届いてる。……それが悔しかった。

 だけど、それ以上に、羨ましかった」


 沈黙の中で、陽真はようやくペンを置いた。


「……それでも、俺は名乗るつもりはないよ。

 “誰の言葉か”なんて関係なくて、誰かに届いたなら、それでいいと思ってる」


「……そうか」


「でも、君が羨ましいって言ってくれたことは、嬉しい。

 誰にも届かないと思ってたから」


 黒田は静かに立ち上がる。


「……あんたの言葉、まだ燃えてるよ。静かに。でも、確かに」


 そして去り際、ふと振り返った。


「ミスティって、あの声で“あんたの言葉”を読むとき……たぶん、すごく自然だった。

 ――だから俺、彼女のファンでもあるんだよ」


 その背中が見えなくなったあとも、陽真はしばらく動けなかった。


 心の奥が、誰かの言葉に、初めて火を灯されたような感覚。


 燃やしたくて、燃やし尽くしたくなくて――


 それでも、書きたくなる。


 夜。

 帰宅後、ノートを開いた陽真は、ペン先を滑らせながら、短い一文を書き始めた。


『僕はまだ、名前のない火を抱えている。

 けれど、それを灯してくれる声を知っている』


 その言葉が、誰に向けたものか――

 自分でも、少しだけわかっている気がした。


第三章は終了です。いつも応援ありがとうございます。

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