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静かな火種と、重なる影

昼休みの教室。

 2年C組に新しい空気が流れていた。


「黒田くん、ちょっとカッコよくない?」

「クール系だよね。話しかけづらいけど」

「てか、今日から来たんでしょ? どこからの転校?」


 クラスのあちこちで、新たな転校生・黒田玲の話題が上がっていた。

 黒髪短髪、鋭い眼差し。口数は少なく、誰かに興味を示すそぶりもほとんどない。


 けれど、教室の空気をほんの少しだけ引き締めるには、十分な存在感だった。


 陽真は、自分の席で静かに弁当の蓋を開けながら、何気なく斜め前の席に目をやる。

 黒田玲は一人で教科書を読んでいた。ページをめくる手は乱れず、視線はずっと同じところに留まっている。


 その視線の先には――国語の副教材、詩とエッセイを集めた小冊子。


(……珍しいな。あのページ、誰も読まないのに)


 陽真はそれだけのことで、少しだけ気になった。

 けれどその瞬間、黒田の目がこちらを捉えた。


「……春川陽真、だったよな」


 唐突に名前を呼ばれ、陽真は箸を止める。


「昨日、廊下で声をかけたの、覚えてるか」


「……ああ。君が、黒田くん?」


「うん。……あれ、やっぱりお前が書いたんだよな。“最高裁番長”の、初期の投稿」


 陽真の指が、ほんの一瞬だけ止まる。


 だが、それは一瞬だけだった。


「何のことだか、わからないけど」


「ふーん。まあ、そう言うなら、それでもいいけど。

 ……ただ、俺は、あの作品が“誰の言葉”かって、読むだけでだいたいわかる」


 黒田はそれだけ言って、また視線をノートに戻す。

 それはまるで、問いかけるでもなく、脅すでもなく――ただ、感想のように聞こえた。


 放課後。

 陽真は図書室の隅に座り、しばらく筆が止まっていた。


 (黒田玲……。なんであんなこと知ってるんだ)


 「最高裁番長」はごく限られた界隈でしか知られていない。

 陽真の投稿名義は伏せてきたし、学校で明かしたのも――今のところ、みつばだけ。


 けれど、黒田は明らかに“知っている”口ぶりだった。


 部室を出ると、校舎の裏手に人の気配があった。

 木陰に立っていたのは、黒田だった。

 風に揺れる枝の音だけが、ふたりの間を満たしていた。


「……なんで、あんなことを」


 陽真が静かに尋ねると、黒田はわずかに肩をすくめる。


「別に。俺も……昔、投稿してたんだ。書いてた。

 でも、あるとき気づいた。自分の言葉は、誰にも届かないって」


「……」


「だから、届いてたお前の言葉が気になった。それだけ」


 それは、意外なほど率直な言葉だった。


「……でさ」


 黒田は続けた。


「ミスティって配信者、知ってる?」


「……まあ」


「アイツの配信、たまに聞いてる。……あの朗読、“お前の言葉”だったろ」


 陽真のまなざしが、静かに揺れる。

 黒田は、続けなかった。ただ、それだけを置いて帰っていった。


 沈黙の中に、火種が落ちる。

 言葉にしなければ守れるものがある一方で、言葉にしなければ届かないものもある。


 陽真は、ノートを開き、再びペンを取る。


 その手は、ほんの少しだけ震えていた。


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