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君の声で、言葉が生きていた

都内某所。

 マンションの一室、壁際に設けられた簡易防音スペースで、みつばはヘッドセットをつけていた。


 モニターの前、ミスティのアバターが穏やかに瞬いている。

 その表情はいつもと同じ、けれど中に宿る“言葉”は、誰のものでもない。


 ――春川陽真が、彼女のために書いた台本。


 配信開始まで、残り十秒。

 カウントダウンの数字が、無音の部屋に点滅する。


 5、4、3、2、1。


「こんばんは、ミスティです。……今日の配信、ちょっとだけ、特別です」


 声は自然体だった。

 それでも画面の向こう側に伝わる空気には、いつもと違う“芯”があった。


「今日は――“言葉の力”について、お話したいと思います。

 私たちは毎日、たくさんの言葉に囲まれていて。

 でも、その中で心に残る言葉って、ほんの少しだけ。

 たとえば、誰かの書いた小説だったり。誰かがくれたメッセージだったり」


 モニターに流れるコメントが増えていく。


《なんか雰囲気違う…?》

《ミスティってこういう語り、やっぱ好きだわ》

《言葉が静かに沁みる……》

《ミスティの声、落ち着く》

《こういう配信、もっとやってほしい》


 みつばは一呼吸置いて、言葉を重ねた。


「今日の朗読は、少し前に“とても静かな誰か”が書いてくれた言葉です。

 私は、その人の言葉に……たぶん、ずっと救われてきました」


 モニターには、陽真の文章をもとにした短編朗読が始まった。


『わたしは、気づかれないままでも、かまわない。

 それでもこの言葉が、いつか誰かの胸に、小さな火を灯すなら。

 それだけで、わたしはこの声を届け続ける理由になる』


 ――まっすぐで、優しくて。

 どこまでも“ミスティ”に似合う、けれどそれ以上に“みつば”そのもののような言葉だった。


 言葉を読みながら、彼女は心の中でつぶやいていた。


(ありがとう。……わたしが“わたし”でいられるようにしてくれて)


 コメント欄には、感動や共感の言葉が次々に流れていた。

 けれど、彼女がいちばん見ていたのは、ただひとりの――見えていない、でも確かに存在する視聴者の顔だった。


 配信終了後。

 マイクを外し、モニターを落としたみつばは、そっとため息をつく。


 そしてスマホを手に取り、メッセージアプリを開いた。


【ありがとう。今日の言葉、すごく好きだった】


 送り先は、もちろん――“最高裁番長”だった。


 一方その頃。

 自宅のデスクに座っていた春川陽真は、

 部屋を照らすモニターの明かりの下で、静かにヘッドホンを外した。


 そして、机の上にあるノートの余白に、そっとペンを走らせる。


 『君の声で、言葉が生きていた』


 少しだけ迷ってから、スマホを手に取る。

 そこには、みつばからのメッセージ。


【ありがとう。今日の言葉、すごく好きだった】


 陽真は、スマホのキーボードにゆっくりと指を走らせる。


【それは、君の声だったからだよ。読んでくれて、ありがとう】


 送信ボタンを押すと、画面がほのかに光った。


 その明かりの向こうに、彼女の笑顔があるような気がした。

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