誰の言葉で、誰の物語を読むのか
昼休みの教室。
陽真は開いたノートの上にペンを走らせながら、周囲のざわつきに気づいていた。けれど、それが自分に関係あるとは思っていなかった。
「クロノス、知ってる? 最近伸びてる新人VTuber」
「めっちゃ声いいんだよな。あれ自分で台本書いてるんでしょ? すごくね?」
「ミスティとコラボしてほしいってコメントめっちゃあったよ」
名前を聞いたとき、陽真の手がぴたりと止まった。
クロノス――どこかで見た気がする名前だった。深夜、ふと開いた動画サイトのおすすめ欄にいた、静かな語り口の男性VTuber。
「雰囲気合うよね、ミスティと。あっちも朗読系だし」
「声の相性もよさそう。コメント欄ざわついてたよ。“並んで話してるの見たい”って」
言葉のひとつひとつが、胸の内を微かにくすぐった。
誰も悪くない。ただ、ふとした会話に、自分の居場所が削られていくような感覚があった。
放課後。
陽真が図書室でノートをまとめていると、扉が静かに開いた。
「……陽真」
みつばだった。制服の胸元を少し緩め、手にしたスマホを見せる。
「クロノスって人、知ってる?」
「うん。……最近、見かける」
みつばは陽真の前に歩み寄り、机の端にスマホを置いた。画面には、クロノスとミスティのコラボが期待されているコメント欄が表示されている。
「ちょっと、びっくりした。こんなに言われてるなんて……」
「嫌だった?」
問いに、みつばは少しだけ視線を落とした。
そして、ほんのわずかに口元をゆがめる。
「……なんかね。言葉って、誰が書くかで違うって、私は思うの」
「同じ台詞でも、どんな気持ちで書いたかがにじみ出る。……陽真の書く言葉、私、そういうとこが好きだったんだよね」
陽真は返す言葉を探しながら、机の上のノートを閉じた。
「……俺が書いたって、誰も気づいてないけど」
「そうだね。でも、私は知ってる。だから、少しだけ悔しいって思っちゃった」
窓の外、夕暮れが校舎の影を長く伸ばしていた。
静かな教室に、微かに風の音が通り抜ける。
「次の配信の台本……」
みつばが、ぽつりと口にする。
「……また、お願いしてもいい?」
「……うん」
言葉は短かった。けれど、そこに込められたものは確かだった。
“あなたが書いた言葉を、私は誰にも渡さない”
その気持ちは、声に出さずとも、陽真の胸にまっすぐ届いていた。




