わたしは、続きを想像している
放課後。
陽真が廊下に出ると、目の前を通り過ぎたのは――藤井美咲だった。
彼女は気づいたふうにこちらを振り返り、小さく笑ってから立ち止まる。
「春川くん、ちょっとだけ時間ある?」
その声は、どこか少しだけ――昨日よりも近づこうとする気配をまとっていた。
向かったのは、校舎裏のちょっとした休憩スペース。
ベンチに落ちる夕日の影が長く伸びていて、人気はなかった。
無言のまま並んで座ったあと、美咲は制服の袖を軽く引き寄せるように組み、静かに口を開いた。
「この前、クラスの子が話しててね。……文化祭で動画を作ったって」
陽真は少しだけ目を動かす。
「うん。クラスで協力して作ったやつ」
「それで、春川くんが台本とか、ナレーションの演出をしたって聞いたの」
そこで美咲は、小さく微笑んだ。
「……ちょっと意外だった。春川くんって静かな人なのに、言葉で何かを伝える役だったって聞いて」
「クラスの子たちも“すごく良かった”って言ってて……それ、ちょっと素敵だなって思ったの」
「……そうかな。ありがと」
「うん。なんだか……ちょっとだけ、知りたくなったんだ。春川くんが、どんなこと考えてたのか」
風が、ゆっくりとベンチを撫でる。
美咲はポケットに指を入れて、けれど何も取り出さずに言った。
「そのナレーションにあった、気づかれたくない顔と、気づいてほしい気持ちを、ずっと重ねて生きている。ってフレーズ……すごく印象に残ったって」
陽真の視線が、少しだけ揺れた。
その言葉は、たしかに自分が書いたものだ。
「ねえ。……もし、春川くんが“その物語の続き”を考えるなら、どうなるの?」
「続き……?」
「うん。たとえば、あのナレーションで終わった子が、その後どうなるのか。
物語って、いつも終わり方で“その人の考え方”が見える気がするんだ」
陽真は一瞬だけ沈黙し、それからぽつりと答えた。
「……ステージのあとも、日常は変わらないかもしれない。
でも、歩くスピードとか、立ち止まるときの気持ちとか……そういうものが少し変わってると思う」
「そういうの、好きだな。……すごく、春川くんらしい」
その言葉に、陽真は少しだけ視線を落とした。
否定でも、照れでもない。むしろ――どこか、嬉しさに近い感情。
「変なこと聞いてごめんね。ただ……なんとなく、“続きを聞いてみたい”って思っただけだから」
そう言って立ち上がる美咲の声は、
“あなたが書いたんでしょう?”と問いかけるものではなかった。
ただ、“あなたの考える物語に、私はもう少しだけ触れてみたい”――
そんな静かな好奇心と、やさしい気持ちが込められていた。
「……ありがとう」
「うん。じゃあ、また明日ね」
彼女が夕暮れの中に歩き出す。
その背中を見送りながら、陽真は胸の奥に、言葉にならない感情がひとつ――
静かに芽生えかけているのを感じていた。




