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いつの間にか、あなたの隣で

翌朝、登校してきた陽真が教室のドアを開けると、まだ生徒は数人しか来ていなかった。


 みつばの姿も、美咲の姿もない。


 席に着いて、鞄からノートを取り出すと、ふと、昨日の出来事が脳裏をよぎった。


 ――ノートを読んだ美咲の、あの驚いたような目。


 “春川くんって、たくさん想ってるんだなって”


 誰にも見せるつもりがなかった言葉が、他人の中で動き出してしまった。

 それが怖いようで、少しだけ嬉しい気もして。

 そんな感情の混ざった感覚を、うまく言葉にできずにいた。


 やがて、みつばが教室に入ってきた。


 いつもと変わらないように見えて、その目線は一瞬だけ陽真から逸れる。

 声はかけずに、自分の席に座ると、鞄を開く音だけが静かに響いた。


「……おはよう」


 陽真がそう声をかけると、みつばはほんの少し間を空けて、返す。


「……おはよ」


 それだけ。


 ほんのわずか、壁のようなものができている気がした。


(……気のせいか?)


 昼休み。陽真は食堂の混雑を避けて、校舎裏のベンチでパンをかじっていた。

 すると、そこに影が落ちる。


「やっぱり、いた」


 顔を上げると、美咲が立っていた。

 手には紙パックのミルクティーと、小さなパン。


「となり、いい?」


「……うん」


 美咲は迷いなく隣に座ると、包みを開けながら話し始めた。


「……昨日、ノート拾ったときね、なんか不思議だったんだ」


「不思議?」


「文字だけなのに、ちゃんと気持ちが伝わるのってすごいなって。わたし、そういうの弱いんだよね……」


 陽真はそれに答えず、手にしていたパンの包装を少しだけ強く握った。


「……話すより、書いてるときの方が、自分のこと……ちゃんと向き合える気がして」


「うん、なんか……そういうところ、いいなって思う」


 美咲はにっこりと笑ったあと、ほんの少しだけ、陽真のほうへと体を寄せた。


「ここって、静かで……春川くんがよく物語を考えてる空気、わかる気がする」


「……たしかに。こういう場所、落ち着くんだ」


 そして、もう一つの影がゆっくりと現れたのは、それから少ししてからだった。


「……あれ、ここにいたんだ」


 声の主は、みつばだった。


 陽真と美咲が並んで座っている姿を見て、一瞬だけ、表情が止まる。

 でも、すぐにいつもの笑顔を作った。


「昼休み、なんとなく探しちゃった。……癖かも」


「あ、ごめん。ちょっと静かな場所で食べたくて」


「ううん、別に。……邪魔だった?」


「いや、そんなことは」


 みつばはそのまま数歩だけ近づいて、でもベンチには座らずに立ち止まった。


 一瞬だけ、陽真と目が合う。

 その視線に何かを伝えかけて――やっぱりやめたように、そっと目を逸らした。


「じゃあ、また教室で」


 それだけ言って、みつばは踵を返した。

 背を向けたその表情は見えなかったけれど――

 ほんの一瞬、手のひらがぎゅっと握られていたのを、陽真は見逃さなかった。


 隣に誰かがいること。それだけで、こんなにも誰かを遠ざけてしまうなんて――思ってもみなかった


 そしてその夜。

 みつばは、自分の部屋でスマホを開きながら、ため息をつく。


 タイムラインには、ミスティへのコメントがいくつも並んでいる。


 その中のひとつに、目が止まった。


 〈ミスティの“台詞回し”って、最近少し変わったよね。なんか、前より……リアルというか〉


 みつばは、その投稿を見つめたまま、画面を閉じて、そっと目を伏せた。


(……それって、たぶん)


 思い当たる節がある自分が、少しだけ苦しかった。


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