わかってないのは、どっち?
放課後の階段の踊り場。
陽が傾きはじめた校舎には、足音も少なくなっていた。
一ノ瀬みつばは、手すりに肘をついて、下の階をぼんやりと見下ろしていた。
夕陽が、柔らかく制服の袖にあたっている。
そのぬくもりとは裏腹に、胸の奥はずっと落ち着かない。
たった一言。
「春川くん、面白い人だね」
あのとき、藤井さんが教室から出てきた瞬間に言った、何気ない一言。
それが、ずっと心に刺さっている。
(別に、仲良くするのはいいけど……)
そう思おうとしたのに、あの笑顔が、どうしても頭から離れてくれない。
そのあと。
みつばは、何でもないふりをして陽真に話しかけた。
「ね、今日も図書室?」
「うん。ちょっとだけ、書きたいものがあって」
「そっか……」
会話は、それだけ。
でも、その“ちょっとだけ”の言葉の中に、藤井さんが触れたものがあるんだと思うと、息苦しくなった。
なんでそんなことで? と自分に問いかける。
でも、答えは出ない。
そんな帰り道。
偶然、下駄箱の前で、藤井さんとまた出くわした。
「あ、みつばちゃん!」
「……藤井さん。もう帰るとこ?」
「うん。……あのね、昨日たまたま見かけただけなんだけど……春川くんのノート、ちょっと感動しちゃって」
その言葉に、みつばの背中にピリッとしたものが走った。
「……ノート?」
「うん。教室でちょっと落ちてたやつ、拾ってね。ページが開いてて……すごく繊細な言葉が並んでたの。」
みつばの目がかすかに揺れる。けれど、藤井美咲は気づかずに続けた。
「春川くんって、静かだけど、たくさん想ってるんだなって」
「……へえ」
笑顔で返しながらも、心はざわついていた。
(あのノート、私……見せてもらったこと、あったっけ?)
教室では一番近くにいると思っていた。
ステージだって、一緒に作り上げたはずだった。
でも今、陽真の中の“たいせつ”は、もしかしたら別の場所に――
「……ねえ、藤井さん」
「ん?」
「春川くんのこと、気になってるの?」
自分でも、どうしてそんなふうに聞いたのか、わからなかった。
でも藤井さんは、意外なほど素直に答えた。
「うん。……ちょっとだけね?」
その“ちょっとだけ”が、冗談じゃないってことは、みつばにだってわかった。
夕焼けの中、下駄箱の前に立つふたり。
どちらも笑っていたけれど、笑顔の奥では、たしかに何かが静かに変わりはじめていた。
恋が始まるときって、もっとキラキラしてると思ってた。
でも、今のこれは――
少しずつ、胸の奥を焼いていくような、
どうしようもない“焦り”だった。




