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マイクの前で、もう一度

土曜日の午後。


 春川陽真は、静かな自室でベッドに寝転びながら、スマホをいじっていた。


 文化祭が終わって一週間。教室の空気も落ち着いてきたが、どこか“終わってしまった”ような静けさが、逆に少しだけ物足りなく感じる。


 そんな中、陽真の指がピタリと止まった。


 SNSのトレンド欄に、ある名前があった。


 ――#ミスティ復帰

 ――#おかえりミスティ

 ――#ミスティ待ってたよ


 心臓が少しだけ跳ねた気がした。


(……ミスティ、戻ってきたのか)


 そのハッシュタグをタップすると、人気VTuber・ミスティのチャンネルページが表示される。

 そこには、新しく投稿されたコミュニティ更新があった。


 『久しぶりの更新です。読んでくれてありがとう。

  配信から、少し距離を取っていました。

  でも、いろいろなことがあって、また話したい気持ちが生まれました。

  “ちゃんと立てた”って思えたからだと思います。

  来週、短い雑談配信をやります。

  誰かが待っていてくれたなら、うれしいです。

  ――ミスティ』


 コメント欄は、わずか数時間で何千件もの応援メッセージで埋まっていた。


 《ミスティの声がまた聞けるの、うれしい!》

 《ほんとにずっと待ってた》

 《あなたのペースでいいから、また笑ってほしい》

 《海外ファンも待ってました! We love you, Misty!!》


 海外ファンアートや切り抜き動画の投稿もすでに拡散されていて、彼女の影響力の大きさを改めて思い知る。


(……あのミスティが、教室で隣に座ってるって、やっぱりすごいことなんだよな)


 そう思いながら、陽真はスマホのメッセージアプリを開いた。


 《ミスティの投稿、見たよ。

  配信、楽しみにしてる。……無理せずにね》


 送信ボタンを押して、ほんの少しだけ息を吐く。


 それは“ファン”としての気持ちでもあり、

 “近くにいる誰か”としての気持ちでもあった。


 一方そのころ、一ノ瀬みつばは自室で配信の準備を進めていた。


 カーテンを閉め切った部屋の中。机の上には、小さなリングライト、スタンドマイク、そしてモニターに映るミスティのアバター。


 録画ソフトのカウントダウンが始まると、心臓がどくんと鳴った。


 それでも、逃げたいとは思わなかった。


「……久しぶり、だね」


 ぽつりと、マイクに触れながら呟く。


 以前は、もっと肩の力を抜いていた気がする。

 でも、今は少しだけ違う。


 “演じる”んじゃなくて、“話す”ためにここにいる。


 カウントがゼロを示し、ライブ配信がスタートする。


 画面に映るミスティの笑顔とともに、コメント欄が一気に動き出した。


 《キターーー!》《本物だ…!》《泣いてる…私…》《声が、変わってない……好き…》


 リアルタイム視聴者数は、開始数分で一万人を超える。


 切り抜き用アカウントが一斉に動き出し、ファンの描いたサムネイル付きの告知ツイートが爆発的に広まっていく。


「こんばんは、ミスティです。……ひさしぶりの声、ちゃんと届いてますか?」


 最初の一言は、ほんの少しだけ震えていた。


 けれど、それでも大丈夫だった。


 コメント欄からは、無数の“おかえり”が返ってくる。


 ああ――自分は、ここに戻ってきたんだと、やっと実感できた。


 配信を終えると、みつばはそっとヘッドホンを外した。


 部屋には自分の呼吸だけが静かに響く。


「……やっぱり、ちょっと緊張したなあ」


 ふっと笑って、机の上のスマホに手を伸ばす。


 そこには、陽真からのメッセージが届いていた。


 《配信、楽しみにしてる。……無理せずにね》


「……ほんと、そういうの……ずるいんだから」


 ぽつりと呟いて、画面をそっと胸元に抱えた。


 さっきまでの緊張が、少しだけやわらぐ気がした。


 配信を再開すること。

 それは、もう一度「自分の声」で話す勇気。


 みつばはモニターに映ったミスティのアバターに向かって、少し照れくさそうに笑いかけた。


「……また、がんばってみようかな」


 その声は、小さいけれどまっすぐで、

 きっともう、迷ってはいなかった。


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