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光の中の舞台

 ステージの中央には大きなスクリーンが設置され、カメラマンや音響の機材が整然と並ぶ。司会の放送部の声がマイク越しに響き、椅子に座った生徒たちの目が自然と前を向いていた。


 今日は、全学年・全クラスによる動画発表会。各クラスが制作した映像作品を順番に上映し、最後に教員による投票で最優秀クラスが決定する。


 春川陽真は、客席の中央やや後ろの席に座っていた。隣には一ノ瀬みつば。その表情には緊張よりも、どこか期待に満ちた光があった。


「いよいよ、だね」


「……うん。ちゃんと、届くといいな」


 陽真はそう言いながら、自分たちが作った作品のことを思い返していた。すでにいくつかのクラスの動画が上映されていたが、C組の順番が呼ばれた瞬間、鼓動が少しだけ速くなる。


「次は、2年C組による作品です」


 アナウンスとともに、会場が自然と静まり返る。


 画面が暗転し、静かなピアノの旋律が流れ始めた。


 教室の照明が落ち、スクリーンに映像が映し出される。


 セピアがかった色調の画面。まるで古い記憶の中を覗き込むように、モノクロームに近い映像が、静かに物語の始まりを告げていた。


 ――教室の黒板の前。

 一人の少女、“凛”が立っている。

 まっすぐに板書を見つめるその背中には、何かを押し殺すような、静かな強さがあった。


 窓から差し込む光が、彼女の影を長く床に伸ばしていく。


 ナレーションは、まだない。ただ静けさだけが画面を支配していた。


 やがて、凛がゆっくりと背を向けて歩き出す。その足音に、別の誰か――主人公の男子生徒が立ち上がって後を追う。


 セリフはない。静かな足音が、ふたつ。

 そして視線が重なる。


「……わたしのこと、知ったような顔しないで」


「知りたいと思っただけだよ。全部じゃなくていい。ただ、ほんの少しだけ」


「……大丈夫だよ。君が思ってるより、君のこと、ちゃんと見えてる」


 やりとりのあと、ふっと空気がやわらぐ。


 客席の隅では、主人公役の村上真哉が黙ってスクリーンを見つめていた。演じた本人の口からは何も語られない。けれどその視線には、演技以上の何かがにじんでいた。


 場面が切り替わる。


 午後三時、校舎の階段。自然光が斜めに差し込み、静かに腰掛ける凛の姿を浮かび上がらせる。


 再び教室。


 クロエ演じる仮面の生徒が、静かに振り返る。


「……人の顔って、ちゃんと見ると、怖い。でも、それでも……私は、見たいと思った」


 そして、ナレーションが重なる。


 ――あの日の午後、誰もが少しだけ、いつもと違っていた。


 舞台は学校中へ。図書室、昇降口、体育館、階段。さまざまな場所に立つ仮面の生徒たちが、少しずつ周囲と関わりを持ちはじめる。


 ノートを貸す。消しゴムを拾う。目を合わせる。


 その“些細な行為”によって、彼らの仮面が少しずつ、曇りを失っていく。


 教室に戻ると、凛がノートを差し出す。

 それを受け取る生徒の仮面が、ほのかに透明になる。


 ラストシーン。凛がゆっくりと前へ歩き出す。

 無言のまま、まっすぐカメラを見つめ、仮面を外す。


 ナレーションが最後の言葉を紡ぐ。


 ――ちゃんと、見えてたよ。

 ――わたしたちは、気づかれたくない顔と、気づいてほしい気持ちを、ずっと重ねて生きている。


 画面が暗転し、“2年C組 文化祭映像作品『顔の見えない教室』”の文字が浮かび上がる。


 会場に、小さなため息と拍手が広がった。


 音響担当の佐伯夏目は、席の端でゆっくりと目を閉じ、深く息をついた。


「……全部、伝わったよね」


 隣で映像編集を担当した東雲拓海が、無言で頷いた。


 演技に頼らず、構図や間、照明とナレーションで見せる演出。そのすべてを、クラス全員で作ったという実感が、今になって胸の奥で膨らんでいく。


 上映がすべて終わった後、放送部が投票集計の準備を進める。


 そして発表の時。


「第3位……1年B組! 『きみのままで』」


「第2位……3年A組! 『明日も笑って』」


「そして――第1位は……2年C組! 『顔の見えない教室』」


 ステージ上に映る自分たちのクラス名。


 陽真の周囲では、みつばをはじめとするクラスメイトたちが一斉に立ち上がり、歓喜の声をあげた。


「やったぁ!」「マジで!?」「ウソでしょ!?」


 クロエが陽真の方を振り向き、控えめに、でも確かに嬉しそうに微笑んだ。

 みつばは、その場で小さく跳ねるように立ち上がり、真哉にハイタッチを求めていた。

 真哉は驚きながらも、少し照れたように手を合わせた。


 そして、東雲拓海と佐伯夏目。

 ふたりも席の後ろで、ハイタッチを交わしながら顔を見合わせていた。


「地味でも、ちゃんと届いたな」


「地味じゃないよ。あれが、“私たちのクラス”だった」


 物語は、確かに誰かの心に届いた。


 そんな確信が、今、陽真の胸の奥で静かに息づいていた。


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