スポットライトの中で
体育館の天井に張り巡らされた照明器具が、ゆっくりと点灯していく。
客席はすでに満席に近く、生徒や来場者がざわめきながら開演を待っていた。ステージ正面の幕はすでに開かれ、華やかな装飾が視線を引く。左右に設けられたランウェイ状の通路、中央に設置されたスモークマシン、そして天井から吊るされた可動式の照明群。すべては、陽真が班員とともに仕込んできた“見せるための舞台”だった。
体育館の隅、機材ブース。
陽真は無線機を片手に、手元の演出ノートを確認していた。その横には、東雲拓海がノートPCを操作しながら映像確認を行い、佐伯夏目は音響パネルの前でヘッドホンを片耳にかけている。
「音響、準備いいか?」
陽真が問いかける。
「いつでもいけるよ。ナレーションのタイミングは合図してくれたら流す」
夏目が無駄のない動きで親指を立てる。
「拓海、映像のバッファどう?」
「完璧。ステージのラスト、スクリーンにタイトル出すやつも仕込んである」
拓海がモニターに目をやったまま即答する。
「了解。照明班もスタンバイ。青、ピアノ、静音で――」
そう告げると、陽真は深く息を吸った。
もう台本を読み返す必要はない。すべて、頭に刻み込んである。
開会アナウンスとともに、司会のマイクが入る。
『それではこれより、月見ヶ丘学園・ミスコンテストを開始します!』
体育館が拍手と歓声で揺れた。
最初の出場者が、明るい音楽とともに登場する。観客席の反応も上々だ。陽真は演出ノートを軽く指先で叩き、次の演出へと意識を切り替える。
(次が、みつば――)
その瞬間、南條美佳がそっとノートを覗き込んできた。
「タイミング、今?」
「もうすぐ。ピアノが入って、スポットが落ちたらナレーション頼む」
「うん……任せて。ちゃんと“彼女の声”になるように読むから」
美佳はマイクの前に座り、原稿を手に息を整えた。
照明がふっと落ち、場内が静まる。
「音響、切り替え――いける?」
「ピアノ、スタート」
夏目の合図とともに、静かな旋律が流れ始めた。
ステージ中央に一筋の光が落ちる。
美佳のナレーションが、静かに体育館を満たす。
『たった一人で、ステージの光を受けるこの瞬間。
誰かの視線じゃなく、自分の足で立つ強さを。
見つめることしかできなかったその背中に、
今、私は少しだけ、手を伸ばしてみた――』
言葉が終わった瞬間、会場の時間が一瞬止まったかのように感じた
その言葉が終わると同時に、ステージ袖から一ノ瀬みつばが現れた。
まっすぐな足取りで中央へと進み、光の中に立つ。観客は一瞬、息を呑んだ。
ネイビーブルーのワンピースが揺れ、柔らかなレースが照明の下で微かにきらめく。
みつばはポーズを取らず、ただそこに立っていた。
静寂――しかし、それは“間”ではなかった。
圧倒されていたのだ。観客の誰もが、彼女の存在感に。
照明がグラデーションを描き、淡くスモークが立ち込めていく。
その中を、みつばは静かに歩き始めた。
一歩。
また一歩。
そして――ステージの端までたどり着いた瞬間。
音楽が、止まった。
照明が、落ちた。
残ったのは、彼女の足音だけ。
その余韻に、体育館全体が包まれる。
やがて、誰かが拍手を打った。
それをきっかけに、次々と歓声と拍手が巻き起こり、嵐のような音が会場を満たした。
「……やったな」
拓海が思わず声を漏らす。
「……最高だった」
夏目も、ヘッドホンを外してつぶやいた。
美佳はマイクの前で、ほっと肩を下ろして小さく頷いていた。
陽真は、無線機をそっと置き、みつばの退場する背中を見つめていた。
(あれが……“自分で選んだ光”なんだ)
彼女は、もう誰かの期待に応えるためだけじゃない。
自分の言葉と、姿で、ここに立っていた。
そのことが、ただ嬉しかった。
ノートを閉じる陽真の胸には、まだ微かに震える熱が残っていた。
ページの最後――
そこには、彼の手で書き記された文字があった。
〈一ノ瀬みつば ――ステージにて、光る〉




