光が落ちる、その前に
放課後の教室には、日の傾きにあわせて西日が差し込んでいた。
窓辺のカーテンがゆるく揺れて、陽真のノートの端をかすかにめくる。みつばは、それを指で押さえながら、再びスマホの画面に目を落とした。
「退場のときって……何か、曲とか、入れるの?」
「いや、むしろ音を止めるつもり。無音に近いくらいの静けさを作って、歩く足音だけが聞こえるようにする」
「……そっか。余韻で見せる演出なんだね」
「うん。最後にふっと照明を落とすことで、ステージの“終わり”をちゃんと観客に感じさせたい」
「なるほど……」
みつばの指がスマホの画面をゆっくりスワイプする。けれど、視線はもうそこにはなかった。彼女の目は、陽真のノートにある言葉に、どこか吸い込まれているようだった。
そのとき。
「なになにー? ふたりして、文化祭前にデートですか?」
おどけた声とともに、ひょいと顔を出したのは、装飾班の白井瑠奈だった。
「違うよ。ただの演出相談」
「そーなの? でもなんか雰囲気よかったけどなあ?」
「春川くん、何照れてんの~?」
「いや、してないって」
みつばが少しだけ唇を尖らせると、瑠奈はひらひらと手を振って退散していった。
その姿を見送りながら、陽真は小さく息を吐いた。
「……なあ、みつば」
「ん?」
「さっき、スマホで何か見てた?」
問いかけると、みつばは一瞬だけ目をそらした。
「……うん。配信用のアカウント。こっちのこと、最近ちょっと止まってて」
「ああ……」
「演出とかの準備があるのは言い訳で、本当はなんか、どうすればいいかわかんなくなってた」
彼女の声は、ミスティとして配信していたときのものとはまるで違っていた。
「前にさ、リスナーの一人が“声、違う?”って言ってきたことがあって……ちょっとだけ、怖くなった。バレるとかじゃなくて、“演じてないといけない私”に縛られてる気がして」
みつばはゆっくりと背もたれに寄りかかり、天井を見上げた。
「“自分で決めた”って言ってもさ、やっぱり、怖いよ。ファンの子たちに、ほんとの私が届くのかなって」
陽真は、少しだけ視線を落とし、言葉を選ぶように口を開いた。
「俺、さ。最初に気づいたとき、正直めっちゃ驚いた」
「うん……そりゃそうだよね」
「でも、それよりも、すごいと思った。あんなに多くの人の前で、自分の言葉で話して、誰かを元気にして……本当に、尊敬した」
「……」
「だから、演出だって応援したいと思ったし、一緒に考えたいって思った」
みつばは、しばらく黙っていた。
けれど、その瞳の奥には、わずかに光が戻っていた。
「……ありがと。春川くんの言葉って、ずるいくらい真っ直ぐだよね」
「そうか?」
「うん。だから、まっすぐ受け取らなきゃなって、思える」
微笑んだその表情に、陽真の胸の奥が少し熱を持った。
だが、その空気を割るように、教室のドアが開いた。
「やっと終わった~!」
大きな声とともに入ってきたのは、衣装班の桃井千花だった。肩までのオリーブブラウンの髪が、ふんわりと揺れている。
「こっちの衣装、なんとか完成しそう! あとは本番の朝に最終チェックするだけだって!」
「本当? それは助かる……ありがとう、千花!」
「どういたしまして。で、なにしてたの? 秘密の演出会議?」
「まあ……そんなところ」
みつばが少し照れたように笑うと、千花はにやにやと陽真を見た。
「じゃあ春川くんの名前も、ミスコンの演出スタッフ欄に入れておかないとだね!」
「い、いや……そこは目立たないほうが……」
「うそうそ、冗談だってば。けど、ほんとにすごいよね。みつばとちゃんと話して、演出とか一緒に考えてさ」
「……そ、そうかな」
「うんうん。ふたりとも、本番楽しみにしてるね!」
賑やかな声に、教室の空気がふわりと和らいだ。
陽真は、机に置かれたノートを閉じる。手元に残るのは、演出のメモと、ほんの少しだけ勇気をくれた誰かの言葉。
文化祭は、もうすぐそこだ。
陽真とみつばの、小さなステージの準備も、ようやく“幕が開く”寸前だった。
そしてこの先に、どんな景色が広がっているのか――それを知るのは、あと二日後の本番だけだった。




