声に出せない、言葉の続き
午後の教室は、準備を進める生徒たちの活気で満ちていた。
装飾班の机の上では、メニュー表のラミネートが次々と完成し、テーブルに並ぶ装飾用の小物が整っていく。
陽真は一人、スケッチブックを開いて、今後の装飾レイアウトをメモに起こしていた。メイドカフェの世界観を壊さず、あくまで“日常の延長”として自然に魅せる空間にしたい。その思いを、一枚一枚に込めるように。
「春川、ちょっと見てほしいんだけど」
振り返ると、そこには接客班のクロエが立っていた。金髪を低めの位置で結び、メイド服を身に纏っている。その姿は、まるで舞台の登場人物のようだったが、クロエ自身は気取ることなく淡々としていた。
「今、席に飾る花の位置、調整してるんだけど……座ったとき視界に入るか、確認しておきたくて」
「うん、いいよ。ちょっと待って、スケール持ってくる」
そう言って立ち上がる陽真に、クロエは小さく頷いた。
二人で試作品のテーブルを囲み、配置を確かめる。そのやり取りの間にも、周囲の班の会話が賑やかに響いてくる。
「こっちのリボン、もうちょっとピンク濃い方が良くない?」
「てかさ、メイド服の丈、ちょい短くない?」
接客班の女子たちが集まり、鏡の前でポーズを取ったり、リボンの色味を比べたりしていた。中には冗談混じりにカメラ目線を練習する子もいて、笑い声が教室に広がる。
「桜、ちょっと背伸びてない? ポーズ合わせにくいって!」
「ごめんごめん、ヒール少し高めかも。芽衣ちゃん、鏡代わって?」
「あ、うん、全然いいよ。綺梨ちゃん、これリボンずれてない?」
「ほんと? ……ありがと、桜ちゃん、直してー!」
七瀬桜は、少し背の高いスレンダー体型に、落ち着いた雰囲気の女の子。小柄で元気な浅倉芽衣、器用で丁寧な城之内綺梨と、自然なやり取りを交わしながら準備を進めていた。
その様子を横目に見ながら、陽真はふっと小さく笑う。
(……こうして見ると、接客班もけっこう個性派揃いだよな)
そんな中――陽真の目の前で、クロエが不意に呟いた。
「……春川くんって、真面目すぎるよね」
「え?」
クロエは一瞬だけ言葉を選ぶように黙り、それから、静かに視線を重ねた。
「前から思ってた。いつも冷静で、何でも把握してる。でも……そういう人こそ、無理してる時、誰も気づかない」
その声はいつものクールさとは少し違い、どこか柔らかかった。
「……ありがと。でも、今は楽しんでるよ。皆と一緒に、何か作るのって、悪くないって思える」
「……そっか。なら、よかった」
クロエはそれ以上何も言わず、手元のエプロンのリボンを整えると、再び班の元へ戻っていった。
陽真は彼女の後ろ姿を見送りながら、ふとスケッチブックの片隅に目を落とす。
(……誰かの何気ない一言が、思ってた以上に、心に残ることがある)
その時だった。
「春川くん!」
教室のドアを開けて入ってきたのは、装飾班の白井瑠奈だった。肩のあたりでふんわりと波打つ茶色の髪を揺らしながら、少し焦った表情で手を振ってくる。
「さっきのメニュー、ちょっとズレて印刷されてたって!」
「えっ、マジで? 何部?」
「十枚くらい。でも、今から修正すればギリ間に合うかも!」
「了解、今行く」
陽真は椅子から立ち上がり、スケッチブックを閉じた。
――まだ、やるべきことは山ほどある。
でも、不思議と焦りはなかった。
仲間と支え合って動けることが、今は何より心強い。
そんな気持ちを胸に、陽真は装飾班のテーブルへと向かった。




