色づく準備と、交わる視線
放課後の教室には、文化祭準備の熱がまだ色濃く残っていた。
動画撮影が無事に終わり、装飾や接客といった他の班の準備が本格化し始めている。陽真のいる装飾班も、出力済みのPOPやメニューカードの整理に追われ、静かな集中が教室の一角に漂っていた。
「春川、こっちの台紙、カットだけお願いしてもいい?」
声をかけてきたのは佐伯夏目。長身でボーイッシュな雰囲気を持ち、髪は今日も後ろで束ねている。装飾班の作業にも積極的に関わってくれていて、今は手にラミネート前のメニュー台紙を数枚持っていた。
「ああ、大丈夫。これ、出力済み?」
「うん。拓海が早めに仕上げてくれた分。あとで色味もチェックするつもり」
夏目は手際よく台紙を机に並べると、ペンを回しながらひと言付け加えた。
「間に合わすよ。こういうとこ詰めないと、全体の仕上がりに響くから」
「……さすが」
陽真は小さく笑いながら、丁寧にカッターを走らせる。
装飾の一部として扱われるPOPや案内表示は、店の雰囲気を決める重要な要素だ。陽真は横で話すクラスメイトたちの声に耳を傾けながら、リズムよく台紙を切り分けていった。
「クロエ、立ち位置確認してくれる? 接客の導線、ちょっと被りそうで」
接客班のリーダーが呼びかけたのは、制服の上に白いエプロンを重ねた黒崎クロエ。ハーフらしい鮮やかな金髪を後ろでまとめ、普段はクールな彼女も、今はきびきびと動いている。
「……いいわ。あとでシミュレーションしながら決めましょう」
クロエがそう答えると、周囲の数人がすぐに動き出した。
(なんだかんだで、みんな本気なんだな……)
陽真は内心でつぶやきながら、カッターを一度置いた。
そのとき、教室のドアが勢いよく開いた。
「すみませーん、陽真いる?」
ひょっこり顔を出したのは、同じクラスの大谷樹。短めの黒髪に緩いウェーブがかった前髪、スラリとした体型に気さくな笑顔を浮かべた男子だ。文化祭ではクラス内のムードメーカー兼アナウンス担当として盛り上げ役を務めている。
「伝言だぜ〜春川隊長! 衣装班からの緊急ミッション!」
「……なにそのテンション。で、なに?」
「メニュー看板、明日の朝までに提出だってさ」
「了解。装飾班でまとめてから、朝イチで出すよ」
「おっけー、伝えとくー!」
そう言って大谷が軽く手を振って去っていくと、陽真は軽く息を吐いて、再び手元に目を戻した。
文化祭本番まで、残された時間はあと三日。
その日の夕方。陽真が自分の席に戻ろうとすると、すっと隣から声がかかった。
「ねえ、春川くん。ちょっとだけ、時間ある?」
振り返ると、そこに立っていたのは一ノ瀬みつばだった。
制服のリボンを少し緩め、汗を拭ったばかりのように前髪が額に貼りついている。けれど、目元の強さはいつも通りで、視線だけで相手を惹きつける何かがある。
「演出のことで、ちょっとだけ相談したいことがあるの。……ミスコンの方でもね」
「ミスコン?」
「うん。うちの演出、けっこう本気じゃん? だったら、ステージも手抜きできないなって思って」
「なるほど……。じゃあ、後で屋上行く?」
「行く。どうせなら、ちゃんと形にしたいしね」
みつばの頷きは迷いがなく、でもどこか楽しげだった。
陽真は、手元のカッターを丁寧に仕舞いながら、思う。
(本当に、クラスの誰もが、主役みたいに動いてる)
そんな空気の中に、自分がいることが不思議で、そして誇らしかった。




