教室に響いた カット
教室の中央には、日常とはまるで違う熱気が満ちていた。
机や椅子は後方に寄せられ、その代わりに三脚のカメラ、照明器具、ピンマイクといった撮影機材が整然と配置されている。文化祭動画――クラス全員で挑む初の映像作品が、ついに本格的に動き出していた。
カメラ脇では、東雲拓海がモニター越しに画角を確認していた。黒縁のメガネの奥にある視線は鋭く、ふざけた調子を封印した、職人の顔だ。
「構図、あと十センチ左。背景が空きすぎる」
「了解、三脚動かすよ」
照明係が即座に対応し、角度を微調整する。細かな呼吸の合わせも、積み重ねた準備の証だった。
一方で、音響を担当する佐伯夏目はワイヤレスマイクの感度をチェックしていた。短髪を後ろでひとつにまとめ、インカムを通して拓海と連携を取る。
「台詞テスト、クリア。ノイズも許容範囲。……本番、いける」
そう言って一歩下がると、手元のリストを淡々と確認していく。無駄のない動きには、信頼と経験がにじんでいた。
陽真は教室の隅に立ち、脚本を手に全体の流れを見守っていた。役者の立ち位置、間の使い方、表情の揺れ――そのすべてが彼の中で、台本に描いた物語と重なっていく。
「次のカット。凛が背を向けて歩き出すところから入る」
陽真の指示に、演者たちが頷いて動き出す。
みつばは教室の奥で立ち位置を確認していた。彼女の動きはどこまでも自然で、まるで“凛”という役そのものが、最初からそこに存在していたかのようだった。
真哉も台詞カードを持ち、歩く位置とセリフのタイミングを入念に反復している。
「拓海、録画スタンバイ。夏目、音合わせ頼む」
「カメラ準備完了。ピント問題なし」
「音響OK。入り任せる」
そのとき、クロエが陽真の隣で手を挙げた。
「春川くん、ひとつだけ確認いい? ……わたしの登場シーン、主人公の視線とタイミングが重なっちゃいそうで」
陽真は台本を見直し、すぐに頷いた。
「……台詞のあとに一拍置こう。主人公の言葉が“届いた”余韻の中でクロエが動けば、自然につながるはず」
「わかった。やってみる」
クロエは襟元を整えると、静かに演技位置へ戻っていく。その背には、迷いを振り切った人だけが持つ静かな強さがあった。
陽真はもう一度、台本をめくる。
(ここからが、“物語の核心”――誰かの言葉じゃなく、“選んだ視線”で伝えるんだ)
「よし、スタート!」
拓海の合図とともに、カチンコが軽やかに鳴った。
凛役のみつばが静かに歩き出す。彼女の足音を追って、主人公役の真哉が動く。セリフはない。ただ静かな時間の中に、感情が流れていた。
やがて、みつばが足を止め、振り返りながら口を開く。
「……わたしのこと、知ったような顔しないで」
真哉が低く返す。
「知りたいって思っただけだよ。全部じゃなくていい。ほんの少しでいいから」
数秒の間。
そのタイミングで、クロエがゆっくりと振り返り、言葉を繋いだ。
――その一連の流れが、紙の上の脚本を超えて、教室の中で“生きて”いた。
「……カット!」
陽真の声と同時に、クラスの空気がふっと緩む。息を詰めていた誰もが、安堵と静かな興奮を共有していた。
「これ……きたな」
拓海がモニターを見ながら、小さくつぶやいた。
夏目が無言で頷き、クロエも遠くから静かに笑った。
陽真はその場にいた誰よりも強く、確信していた。
(ここに、“本物の物語”があった)




