動き出す感情、重なり合う言葉
放課後の教室には、机を移動させる音と、控えめな笑い声が混じっていた。
文化祭動画の演技リハーサルに向け、残ったメンバーが机を片付けている。
黒板の前に立つのは村上真哉。
バスケ部らしい引き締まった体格に短めの黒髪、普段は冗談を飛ばしてばかりの彼も、このときばかりは真剣な表情で台本を見つめていた。
「なあ、ここの“……大丈夫だよ”ってセリフさ。どんな感じで言えばいいと思う?」
問いかけに、陽真は少しだけ考え込み、ゆっくりと答えた。
「……自分自身に言い聞かせるみたいなトーンがいいと思う。不安を隠す感じで。強がらず、でも崩れすぎないように」
「なるほどな。……ちょっとやってみるわ」
真哉が構え直したそのとき、横から一ノ瀬みつばが軽やかに声をかけた。
「さっきより表情やわらかくなったよ。ちゃんと感情が乗ってきてる」
「マジで? じゃあ、もっと見ててくれよ、演技指導」
そう言って笑う真哉に、陽真は少し照れながらも苦笑いを浮かべる。
「……俺、そんな大したことしてないって」
みつばはその横顔を見つめながら、目を細めて小さく言う。
「でも、春川くんの台本って、感情がちゃんと流れてる。だから演じてても、無理なくその人になれるんだよね」
その一言に、陽真は驚いたようにみつばを見た。けれどすぐに目をそらし、照れくさそうに黙り込む。
――褒められ慣れてないの、やっぱりバレバレ。
みつばは心の中でそっと笑った。
「そろそろ、ナレーション合わせてみよっか」
南條美佳が、手元の台本を片手に立ち上がる。
おっとりとした雰囲気の中に、目元にはしっかりとした意思が宿っていた。
「……“あの日の午後、誰もが少しだけ、いつもと違っていた”」
柔らかな声が、静かな教室にそっと降りてくる。
その一言だけで、教室の空気が変わった。
物語が、音に乗って教室を包んでいく。
「……すごい、美佳。いまので一気に風景が見えた」
みつばが感心したように呟き、真哉も静かに頷いた。
「鳥肌立ったわ、マジで」
「声だけだから、ちゃんと届くようにって。ナレーションって、邪魔しちゃいけないし、かといって埋もれてもだめだから……」
少し照れながら答える美佳に、周囲も自然と優しい笑みを向ける。
そんな中、接客班の資料整理を終えた黒崎クロエが、一歩前に出た。
手にしていた資料を静かに閉じると、陽真のほうを見つめる。
「演技は初めてだけど……次の場面、私の立ち位置や表情も確認しておきたくて。いいかしら?」
「もちろん。クロエのシーン、大事なとこだから」
陽真の即答に、クロエはわずかに目を見開いてから、静かに微笑んだ。
金髪が光をはね返し、その瞳には確かな意志が宿っていた。
そのとき、教室のドアが開き、佐伯夏目がノートを手に入ってくる。
「みんな揃ってるな。演出進行、あとで確認していいか? 撮影日までに立ち位置と動線、ちゃんと固めておきたい」
「うん。リハ終わったらやろう」
陽真が答えると、夏目は軽く手を振りながらノートを開いた。
「オフ音、確認できたー。あとで差し込みやっとくから」
教室の入り口から顔を出したのは、東雲拓海。
ノートPCを片手に、いつもながら抜かりなく進行を見守っている。
「怜央、カメラ位置どうする?」
陽真が尋ねると、演出補佐の真鍋怜央が、軽く肩をすくめて言った。
「表情狙うなら、ちょい上から抜くのがいいかもな。でも、あんま凝りすぎてもカタくなるしな」
その軽口に、教室の空気がふっと和んだ。
互いに意見を出し合い、調整し、支え合いながらひとつの作品をつくる。
簡単なことではない。けれど、だからこそ、意味がある。
いま、この教室の空気の中には、確かにひとつの“物語”が生まれようとしていた。




