静かなやりとり、交わる視線
昼休みの終わりを告げるチャイムが、もうすぐ鳴る。
教室のあちこちでは、それぞれの班が打ち合わせや準備作業に取り組み、にぎやかな声が飛び交っていた。
陽真は装飾班のプリントを折りたたむと、席の脇にあるファイルへ丁寧に差し込む。
そのとき――画用紙を手に、白井瑠奈がぷいっとした顔で近づいてきた。
「春川くん、これ……次の案で使えると思って」
童顔で明るい性格の彼女は、気分によってテンションの差が激しいタイプ。ウェーブがかった髪を片手でかきあげ、軽くため息をついた。
「装飾って意外とやること多いよね〜。最初、もっと楽できるかと思ってたんだけどな」
「そんなこと言って、結構センスあると思うよ。配色とか」
「うそ、マジ? もっと言っていいよ?」
瑠奈がにっこり笑って画用紙を机に放り出し、陽真も苦笑いを返す。
ふと、教室の奥に目をやると、金髪の少女――黒崎クロエが、接客班のメンバーと資料を囲んでいた。
肩にふわりとかかる金髪が、無造作にまとめられた髪からこぼれるように光を受けている。
言葉少なに耳を傾けながらも、その一挙手一投足に自然と目が引かれた。
誰かにアピールしているわけでも、特別な動作をしているわけでもない。
ただそこに在るだけで、空気の密度が変わる気がした。
(……演技じゃなくても、人ってあんなふうに惹きつけられるんだな)
言葉にならない感情が、静かに胸の中でかたちを成していく。
こうして生まれる“瞬間”を逃したくない。そんな気持ちが、陽真の中にじんわりと広がっていった。
そのクロエが、班の確認を終えると、まっすぐこちらへと向かってきた。
揺れる金髪のたびに、教室のざわめきが、ふっと遠のいていくような気がする。
「春川くん」
その静かな声に、陽真は顔を上げた。
「時間、大丈夫? 演出の相談、少しだけしたくて」
「うん、今なら大丈夫だよ」
二人は教室の隅に移動し、クロエが手にしていたメモ帳を開く。
「私のシーン、セリフは少ないけど……動きとか目線とか、ちゃんと伝わるようにしたくて」
「大丈夫。君の立ち位置や仕草、少しだけ工夫すれば、表現としては十分強いと思う。むしろ言葉が少ない分、周囲との対比で映えるよ」
「そっか……ありがとう。春川くんって、台本だけじゃなくて、空気を読むのも得意なんだね」
「……褒められてる、のかな?」
クロエはふわっと笑って、少しだけ首をかしげた。
「うん。たぶん」
それだけの短いやりとりだった。
けれど、陽真の胸には、言葉以上のものが確かに残った。
クロエはメモ帳を閉じ、ふと陽真をまっすぐ見つめて言う。
「……私、このクラスで、何か残せるかな」
「……みんなが本気なの、わかるから」
「残せるよ。もう、ちゃんと物語の中にいる」
その言葉に、クロエは一瞬だけ目を見開いた。けれどすぐに、いつもの落ち着いた表情に戻り、静かにうなずいた。
「……そっか。うん。じゃあ、もうちょっと頑張ってみる」
陽真も、深く頷いた。
チャイムが鳴る。
文化祭本番まで、残された準備期間はあとわずか。
けれどその中で――
言葉にならない想いが交わされ、誰かの心が静かに変わっていく。
教室の光は、そんな“物語の兆し”をそっと照らしていた。




