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物語にしたくなる瞬間

翌週の金曜日。

文化祭本番まで、いよいよ残り二週間を切った。


 装飾班の作業が一段落し、陽真は演出ノートを手に動画班の教室へと向かった。


 机の上には資料の山、撮影スケジュール、キャスト表。動画班の中心に座っていたのは東雲拓海だった。


 黒縁メガネをかけた目がキラキラしていて、タブレットを操作する手つきには、いつも通りの無駄のない熱量があった。


「春川、お疲れー。メニューカードの装飾、だいぶ進んでたな」


「うん、あとは最終調整くらいかな」


 拓海は少し首をかしげると、演出ノートを覗き込みながら指で数カ所をトントンと叩いた。


「このシーンなんだけどさ……光の入りが思ったより弱くて。撮り直すか、編集でなんとかするか迷ってる」


「どの場面?」


「凛が教室の黒板に一人向き合うカット。ここ、静かな強さが出てたら最高なんだけどなぁ」


 拓海はタブレットの画面を陽真に見せながら、声に抑揚をつけて言った。


「感情、動かしたくないけど、ちゃんと伝えたいっていう……あの絶妙なやつ。演出でどうにかなると思う?」


「ナレーションで補強するのはアリかも」


「やっぱり? じゃあ、セリフは抑えて、間と余白で勝負するか……。そういうの、春川得意だよな。小説でも、空気の流れが読めるって感じ」


 そのやり取りを聞いていた佐伯夏目が、ペンを回しながらひとこと添える。


「セリフ少なめにするなら、環境音も拾えるように調整しとくよ。空白が生きるなら、音の間もちゃんと作る」


「……助かる。よろしく」


 陽真は照れ隠しに目をそらしながら、演出ノートの角を軽くなぞった。


「……俺は、ただ書いてるだけだけど」


「でも、それが“伝わるもの”を作ってるんだと思うよ。動画も、そういう“余白”を大事にした方がいいって、春川の作品読んで思ったし」


 拓海の言葉には悪意がなく、ただ純粋にそう信じているのが伝わってくる。


「ありがとう」


 陽真が小さく返したそのとき、動画班の教室のドアがノックされた。


「……失礼します」


 入ってきたのは、黒崎クロエだった。


 金髪をきっちりとまとめ、制服の襟元を整えた凛とした姿。その手には、メイド喫茶の進行表が挟まれたバインダーがある。


「美佳、いる?」


 ナレーションを担当している美佳が、タブレットの操作をしていた手を止めて振り返る。


「うん、ここにいるよ。どうかした?」


「みつばが呼んでる。接客フレーズの確認、一緒にしてほしいって」


「あ、オッケー。今ちょうど手が空いたところだったから行くね」


 美佳が立ち上がり、タブレットとメモを片付けながらクロエのもとへ向かう。


「また後で戻ってくるから、何かあったら連絡して」


「わかった。行こ」


 クロエと美佳が教室を出ていくのを見送りながら、陽真はふとその背中に目を向けた。


 光を受けて揺れる金髪、静かな足取り、凛とした背筋。クロエはいつもと変わらず、ただ自然体で歩いている。


(……ああいう姿って、何かを書きたくなる)


 特別なことをしているわけじゃない。ただ、そういう“瞬間”に立ち会うことで、生まれる言葉がある。


 陽真は演出ノートを開き、小さくペンを走らせた。

 そこにはまだ言葉になっていない感情が、静かに、でも確かに息づいていた。

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