見えない距離、見えてくるもの
放課後の「動画制作教室」には、文化祭準備の熱気がじんわりと満ち始めていた。
私は接客班としての実演練習を終えたあと、確認のためにこちらの教室を訪れていた。
教室の奥――脚本の修正デスクに、春川陽真くんの姿がある。
ノートパソコンとプリントを広げ、文化祭動画『顔の見えない教室』のセリフ修正に集中していた。
シーンの順序や台詞の間合いを何度も確かめては、ペンを走らせている。
……あの脚本を初めて読んだときの衝撃は、今も胸の奥に残っている。
静かで、優しくて、言葉のひとつひとつが心に染み込んでくるような物語。
それがいま、こうして動画作品として形になろうとしていることが、なんだか奇跡みたいに感じられた。
「動画ってさ、やっぱ“パッと映える”シーンがないと印象に残らなくない?」
動画班の中央で、真鍋怜央が言った。
普段は盛り上げ役だけど、今日はどこか苛立ちをにじませている。
たしかに彼の言うことにも一理ある。
でも、思わず私は口を開いていた。
「あの空気感って、逆に“削っちゃいけないとこ”な気がする」
自分でも驚くほど、自然に出た言葉だった。
柔らかく、けれど気持ちはちゃんとこもっていた。
教室奥の席で作業していた陽真くんが、ふと手を止め、こちらを見る。
「そのままじゃ、この話の意味がなくなる。――伝えたいこと、全部こぼれて消える気がするから」
静かで控えめな声。でもその言葉には、確かな芯があった。
(……この人、やっぱり物語と向き合ってる)
その姿に、私は改めて気づいた。
――ああ、やっぱりこの人の書くものが好きだ。
たぶん、その気持ちはただ“物語が好き”ってだけじゃない。
彼の真っ直ぐな視線や、書き手としての在り方すべてに、心を惹かれているのだと。
「美佳〜! 試着組の人数、確認できたって!」
隣の教室から、みつばの明るい声が響いてくる。
艶のあるロングヘアを揺らしながら、にこっと笑って手を振る彼女は、やっぱり目を引く存在だった。
派手すぎないのに華があって、優雅な雰囲気がある。
“学年一の美少女”なんて呼ばれるのも、きっと自然なことなのだと思う。
「ありがとう、今すぐ行くね!」
私は笑顔で手を振り返しながら、手元の進行表を見直した。
彼女の明るい声が、動画班の緊張すら、どこか和らげている気がした。
あの日、推薦文をお願いされたとき――
交わした言葉の重さが、思った以上に自分の中に残っている。
「南條さんって、小説とか読むの、好きなんですか?」
背後から、そっと声をかけてきたのは一条陽菜ちゃんだった。
黒髪のボブカットに、グレーのカーディガン。
控えめだけど、どこか芯の強さを感じさせる優しい子。
「うん、好きだよ。誰かの気持ちが見える気がして……すごく惹かれるの」
「わかります……私も、ちょっとだけ書いてみたんです。推薦文のとき、気持ちが届いたらいいなって思って」
陽菜ちゃんの微笑みは、静かで、まっすぐだった。
言葉って、力がある。
目には見えないけれど、人と人の間をつなぐ、橋みたいなもの。
私も、いつか誰かにとっての“言葉”になれたらいいな――
そんな気持ちを胸に抱きながら、私は接客班の準備が進む教室へと戻っていった。




