表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/197

それぞれの、抱えるもの

 午後の教室には、柔らかな西日が差し込んでいた。


 装飾班の作業スペースで、俺はラミネートされたメニューカードのレイアウトを見直しながら、手元の資料に目を通していた。


「春川くん……この配置、もうちょっと右寄りの方がバランスいいかな?」


 声をかけてきたのは秋山涼子。

 ふんわりとした癒し系の笑顔に、どこか迷いが混じっている。


「うん、たしかに。そっちの方が収まりがよくなるかも」


「ありがと……ごめんね、なんか、うまく決めきれなくて」


「大丈夫。焦らなくていいよ。ひとつずつ、ゆっくり詰めていこう」


 そんなやり取りを見ていた白井瑠奈が、頬をふくらませてつぶやいた。


「……てかさ、もう疲れてきたんだけど」


 ウェーブがかった髪をかき上げて、机に画用紙をぽいっと投げ出す。


「白井、あと少しで大枠は完成するよ。我慢じゃなくて、ラストスパートって考えてみて」


 落ち着いた声でそう言ったのは佐伯夏目。

 音響を担当しながら、班全体の進行にも自然に目を配っている。


「でもさ……なんか最近、ガチすぎて息詰まるっていうか」


 白井のつぶやきに、俺は静かに隣へ腰を下ろした。


「無理はしなくていい。でも、手伝えることがあったら、俺も一緒にやるよ」


「……ありがと。春川くんって、ほんと優しいよね」


 瑠奈の言葉に、俺も少しだけ肩の力が抜けた。


 装飾班の作業がひと区切りついたタイミングで、佐伯がこちらを振り向く。


「春川くん。台本の修正できてたら、動画班にも共有お願い」


「……うん。今、持っていく」


 資料をまとめて、動画制作をしている別教室へ向かった。


 ドアを開けると、動画班のメンバーたちはすでに作業を始めていた。


 教室奥の机では、東雲拓海がノートPCと絵コンテを睨み合い、隣では佐伯夏目がヘッドフォン片耳でBGM候補を確認している。


「……イントロ、もうちょっとテンポ落とした方が、雰囲気に合うかも」


「了解。じゃあバージョン2に切り替えてみる」


 そんなやり取りを横目に、俺は空いている席に資料を広げて、台詞の順序を再確認しながらメモを取っていった。


 しばらくして、主人公役の村上真哉がやってきて、動画の進行表を覗き込む。


「セリフの間、この順番の方がよさそうだな。テンポが滑らかになるし」


「うん、俺もそこ気になってた。ありがとう」


 真哉は軽く頷き、そのまま黙り込んだ。


 部屋の中には、静かな集中の空気が流れていた。


 ――けれど、やがてその空気に、ひとつの声が割り込む。


「動画ってさ、“パッと映える”シーンがないと、印象に残らなくない?」


 不意に教室がわずかにざわついた。


 言ったのは、真鍋怜央。

 普段は陽気なムードメーカーだけど、その言葉には苛立ちがにじんでいた。


「文化祭って、見せ場が大事じゃん? 雰囲気重視だけじゃ、印象薄くなる気がする」


 俺が何か言おうと口を開きかけたそのとき――


「その空気感って、逆に“削っちゃいけないとこ”な気がするけど」


 挟まれたのは、美佳の静かな声だった。


 真鍋をまっすぐ見つめるその瞳は、穏やかだけど強い。


 俺は手を止めて、ゆっくりと顔を上げる。


「そのまま派手にしたら、この話の意味が薄れる。伝えたいことが、全部こぼれて消えてく気がするから」


 抑えた声。でも、それはずっと自分の中で温めてきた気持ちだった。


(……この物語、ちゃんと届けたい)


 そのとき、隣の教室から明るい声が響いてきた。


「美佳〜! 試着組の人数、確認できたって!」


 みつばの声だった。


 美佳がふっと笑って立ち上がり、進行表を手に返事を返す。


「ありがとう、今すぐ行くね!」


 彼女が部屋を出ていったあと、教室の空気はほんの少しだけやわらかくなっていた。


 言葉で交わす意見が、本気の証なら。

 この教室で交わされたひとつひとつの声も、きっと物語の一部なんだと、そう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ