それぞれの、抱えるもの
午後の教室には、柔らかな西日が差し込んでいた。
装飾班の作業スペースで、俺はラミネートされたメニューカードのレイアウトを見直しながら、手元の資料に目を通していた。
「春川くん……この配置、もうちょっと右寄りの方がバランスいいかな?」
声をかけてきたのは秋山涼子。
ふんわりとした癒し系の笑顔に、どこか迷いが混じっている。
「うん、たしかに。そっちの方が収まりがよくなるかも」
「ありがと……ごめんね、なんか、うまく決めきれなくて」
「大丈夫。焦らなくていいよ。ひとつずつ、ゆっくり詰めていこう」
そんなやり取りを見ていた白井瑠奈が、頬をふくらませてつぶやいた。
「……てかさ、もう疲れてきたんだけど」
ウェーブがかった髪をかき上げて、机に画用紙をぽいっと投げ出す。
「白井、あと少しで大枠は完成するよ。我慢じゃなくて、ラストスパートって考えてみて」
落ち着いた声でそう言ったのは佐伯夏目。
音響を担当しながら、班全体の進行にも自然に目を配っている。
「でもさ……なんか最近、ガチすぎて息詰まるっていうか」
白井のつぶやきに、俺は静かに隣へ腰を下ろした。
「無理はしなくていい。でも、手伝えることがあったら、俺も一緒にやるよ」
「……ありがと。春川くんって、ほんと優しいよね」
瑠奈の言葉に、俺も少しだけ肩の力が抜けた。
装飾班の作業がひと区切りついたタイミングで、佐伯がこちらを振り向く。
「春川くん。台本の修正できてたら、動画班にも共有お願い」
「……うん。今、持っていく」
資料をまとめて、動画制作をしている別教室へ向かった。
ドアを開けると、動画班のメンバーたちはすでに作業を始めていた。
教室奥の机では、東雲拓海がノートPCと絵コンテを睨み合い、隣では佐伯夏目がヘッドフォン片耳でBGM候補を確認している。
「……イントロ、もうちょっとテンポ落とした方が、雰囲気に合うかも」
「了解。じゃあバージョン2に切り替えてみる」
そんなやり取りを横目に、俺は空いている席に資料を広げて、台詞の順序を再確認しながらメモを取っていった。
しばらくして、主人公役の村上真哉がやってきて、動画の進行表を覗き込む。
「セリフの間、この順番の方がよさそうだな。テンポが滑らかになるし」
「うん、俺もそこ気になってた。ありがとう」
真哉は軽く頷き、そのまま黙り込んだ。
部屋の中には、静かな集中の空気が流れていた。
――けれど、やがてその空気に、ひとつの声が割り込む。
「動画ってさ、“パッと映える”シーンがないと、印象に残らなくない?」
不意に教室がわずかにざわついた。
言ったのは、真鍋怜央。
普段は陽気なムードメーカーだけど、その言葉には苛立ちがにじんでいた。
「文化祭って、見せ場が大事じゃん? 雰囲気重視だけじゃ、印象薄くなる気がする」
俺が何か言おうと口を開きかけたそのとき――
「その空気感って、逆に“削っちゃいけないとこ”な気がするけど」
挟まれたのは、美佳の静かな声だった。
真鍋をまっすぐ見つめるその瞳は、穏やかだけど強い。
俺は手を止めて、ゆっくりと顔を上げる。
「そのまま派手にしたら、この話の意味が薄れる。伝えたいことが、全部こぼれて消えてく気がするから」
抑えた声。でも、それはずっと自分の中で温めてきた気持ちだった。
(……この物語、ちゃんと届けたい)
そのとき、隣の教室から明るい声が響いてきた。
「美佳〜! 試着組の人数、確認できたって!」
みつばの声だった。
美佳がふっと笑って立ち上がり、進行表を手に返事を返す。
「ありがとう、今すぐ行くね!」
彼女が部屋を出ていったあと、教室の空気はほんの少しだけやわらかくなっていた。
言葉で交わす意見が、本気の証なら。
この教室で交わされたひとつひとつの声も、きっと物語の一部なんだと、そう思った。




